映画を見ながらメモを取ります。子どもの頃から。

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 そもそも物語を書き始めたのはいつごろからですか。

 「小学校の高学年でしたか、同級生の女の子が本好きで、自分でも何か書いていたんですね。ああ、読むだけでなくて自分で書くのもあるのかと私も彼女のまねをして、何か物語の一部を断片的に書いた。それから書き続けてきました」

 プロの作家になろうと思ったのはいつごろですか。1999年に「夜空に、満天の星」という作品で第1回ファミ通エンターテインメント大賞の佳作に選ばれていますね。

 「選考委員のうち、中村うさぎ先生一人が推してくれて佳作に選ばれました。でもその後、なんとなくボンヤリした日々が続いて、あっという間に2〜3年がたっちゃって、この賞を取ったままで、もうこれっきりかなあと。その後もちょこちょこっと本は出したんですが、売れなくて。そんな時、少しずつプロの編集者に会うようにして、何とかプロとして生き残ろうと思うようになりました。『ゴシック』シリーズなど出しているうちに、ようやく9冊目にして初めて重版がかかり、作家を続けようと思いました」

 賞を取ったからといって、順調に作家生活が続くわけではないんですね。

 「賞は関係ないですよね。自分の中の問題です。『ゴシック』シリーズを2、3冊出したころ、人気のあるカードゲームを作っている編集者が新人作家に向かって説教している横にいたんですが、業界の厳しさを説明したんでしょう、『ここにいる桜庭さんだって5年後にはいないからね』と。思わず、うっとなって。怖くなりました。夢中で説教していたのですが、今から思うと私へのハッパだったのかもしれません」

 ところで、作家にとって映画は趣味といえるかどうかわかりませんが、桜庭さんは子どもの頃から今までずっと映画好きとか。「キャットピープル」など怪奇ものが好きなんですね。

 「リメークものでなく、昔のバージョンが好きですね。それに『悪魔のような女』、モノクロで不気味な『死刑台のエレベーター』、吸血鬼もの。今でも2日に1本か、3日に1本は見ます。仕事の気分転換に見て、もう一度仕事に戻ります。映画を見ながらメモを取るようにしています。子どもの頃からメモは取っています」

 映画を見ながら?それはどんな狙いで?

 「子どもの頃はいいセリフがあればメモしていました。それに加えて、今は映画の構成をメモします。すべて自分の小説につながっていきますね」

 年間約200本。では2013年に観たベスト3を挙げるとしたら?

 「まず1位は、韓国の映画監督の作品、ショートムービーですが、ものすごくよかった。キム・ジョ・グァンス監督の『少年、少年に会う』『ただの友達?』『愛は100℃』で、俺はゲイだと言って、ボコボコにされたりしながら、最後は自分の殻を破った喜びと悲しみが、セリフ無しでも伝わってくる作品。2位は香港の監督のアクション映画『ブラッド・ウェポン』。3位は大好きな俳優、ジャック・ブラック主演のアメリカ映画『バーニー みんなが愛した殺人者』。不気味でブラックユーモアを感じました」

 ところで、読書好きの女性というイメージと正反対に感じますが、空手をおやりになっていたとか。

 「極真空手初段です。K-1ブームの頃ですか、29歳くらいの時に始めました。といっても、空手も理論なんですよ。この構えで行くと、相手がこう来て、その力をこう逃がすと、こう対応する……相手の力を利用して私より体の大きい人を飛ばす。図式に近い理論ですね。それを研究して実践に移す。戦いながら、肉体がその通りに動くと楽しいです。やはり私、理屈っぽいですね」

 試合もあるんですか。

 「大山倍達さんが亡くなってから女子も試合ができるようになりました。極真は直接打撃制なので、本当に集中しないと危ない。私は関東大会ばかりですが、何度か出場しました。一度、勢いがついて3回戦まで行き、準々決勝戦にまで進んだ時、相手がルール違反で自滅して、私が勝ち上がってしまった。さて準決勝戦。相手は金沢から来ためっちゃ強い人。恐ろしい目に遭いました。ボコボコにされました。ちょっと泣きましたね。その後、帯状疱疹になって倒れました」

 おやおや。空手は今も続けているんですか。

 「4年くらいでやめました。ある日、死ぬのが怖いと感じたので、やめることにしました。でも、空手のおかげで瞬間的な集中力が高まりました。映画化が進んでいる私の小説『赤×ピンク』も格闘技の話です」

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