21歳の時に小説に出会い完全に魅了されました

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 どんなタイプの剣士でしたか?

 「駆け引きするタイプでした。いなすのが得意で、竹刀の先が触れていると相手が打ってくるタイミングがわかるので、相手のスジを横にそらすのが得意でした。面より小手を取る勝ちが多かったと思います。相手の打撃を受け流しながら機会をうかがうタイプでした」

 いわばカウンター狙い?

 「そうですね。ちょっと積極性には欠けましたけど、カウンターを狙うタイプ」

 二段を取ったくらいですから、相当熱心にやったんですね。

 「高校の剣道部の顧問は高段者で、他校の生徒からうらやましがられるほどいい先生でした。指導は厳しかったですが、面を外すときさくな先生でした。毎日の練習が終わり、自転車でようやく自宅にたどり着くと、もう疲労困憊こんぱい。自転車とカバンを投げ出し、自宅の玄関の前で倒れ込み、やっとチャイムを押して家族を呼び出すのが精いっぱいなほどへとへとでした」

 略歴を見ると、高校を中退しているようですが、それが原因ですか。

 「いや、そうではなくて、当時は若かったんですね。もっといろいろ学べるものがあるんじゃないか、他にできることがあるはずだという若者特有の気持ちが高ぶってきたのが理由でした。高校2年のはじめにやめました。中学校の時から成績は良くて、勉強ができるタイプが多いⅡ類に頑張って入ったので両親が喜んだのですが、中退で悲しませてしまいました。でも担任の先生がいい先生で、『1、2年遠回りしても人生何とかなる、大丈夫だ』と言ってくれて、それで両親もあきらめがついたというか。ただ、担任が『でも、大検は取っておけ。今の学力なら大丈夫だ』と言うので、やめた年に受けて合格しました」

 で、その後は?

 「当時はこれといって目標はありませんでした。毎日過ごしているだけで充実していました。20歳の頃、友人の影響でスペインにひかれるようになって、スペイン語を独学で勉強し始めました。自分が好きなもの、やりたいものがあれば、徹夜してでもやるタイプですから、一日中スペイン語にハマりました。当時、スカパーと契約してスペイン国営テレビを見ていました。まあ、ほとんどわかりませんでしたけど。あの頃は、スペイン語を生かした仕事をしたいと思っていました。それで、ちょうど中級レベルに進みかけた時に、小説と出会ったんです。21歳の時でしたか。それ以来、完全に小説に魅了されました」

 小説との運命的な出会い、ですね。どんな出会いでしたか。

 「ある時、同じ年の近所の幼なじみが突然、『実は告白することがある』と深刻な表情で言うんです。何だろうとドキッとして身構えていましたら、『おれは小説を書いている』と。なんであんなに言いにくそうに話したのか、と思ったんですが、本人も照れ臭かったんでしょうね。実際に書いた小説を見せてもらって、すごいと思いました。というのは、その頃は自分は文章は書けないと思い込んでいたものですから」

 実際はどうだったんですか。

 「読むのは得意でした。幼稚園でも一番早く字が読めたし、小学校の頃は母に寝る前に『海底二万哩』や『宝島』といった冒険小説を読み聞かせてもらっていましたから。でも書くのは苦手でした。小学校の時、日記に『今日もいろいろ楽しかった』と書いて出したら、先生から『いろいろを具体的に書きましょう』と指導された。中学、高校でも国語で文章から感情を読み取るのは結構得意でしたが、書くのは苦手でした。確か、読書感想文も書きましたけど、何を読んでどう書いたか、まったく覚えていません。同級生の剣道部員の仲間が書いた感想文が校内の賞をもらったので、すごいなあと感心したことだけは覚えています」

 それから、小説をすぐ書き始めたのですか。

 「いえ、友人に『お前も書いてみないか』と言われていましたが、自分には書けないとずっと断っていました。そうしたら、友人が『では、俺が小説にするからプロットだけでも作ってみないか』と言うものですから、自分もミステリー好きだったので、『それならできそう』と引き受けました」

 どんなストーリーを作ったんですか。

 「当時見た『スクリーム』の影響を受けて、ホラーを書きました。ミステリーでも、意外性のあるスリラーが多かったですね。高校生の時には、ほのぼのとしたヤングミステリーを読んでいましたが、プロット作りに影響したのは当時好きだったスティーブン・キングの『シャイニング』や『ミザリー』といったスリラーものですね。惨劇があって主人公が追い詰められていくうちに真相が明らかになっていく、というような。日本のどこかの島を舞台にしたものを書いたりしました」

 結構たくさん書いたのですか。

 「そうですね。1週間に1度、友人と2人で会って、これはいいとか、ここはこうしようとか話し合って、それでプロットが決まると、すぐにその場で友人が物語をワープロで書き始めるんです。そんなことを1年ほど続けたころ、友人が『もうお前も一人で書けるだろう』と言うので、今なら書けるかもしれない、いや書きたいという気持ちになりました。自分のアイデアを自ら物語にするのは、すごく楽しいことだと思うようになりました。22歳か23歳の時だったと思います」

 第1作は覚えていますか。

 「短編とショートショートの中間の枚数で、20枚くらいだったのは覚えていますが、タイトルは覚えていなくて。悪魔が出てきて取引をする、『世にも奇妙な物語』にありそうな内容だったかなあ」

 その後はたくさん書き続けた?

 「はい。友人と2人でお互いの作品を見せ合う読書会をよくやっていました。2人の作品を本のようにまとめて、まあ2人だけの同人誌みたいなものです。お互いに悪いことは言わず、ここが面白いなどと言い合って、純粋に楽しんでいましたね。友人とともにいろいろな賞に応募するようにもなり、2人して落ち続けていました。でもある時、友人の作品がライトノベルの賞の1次審査に初めて受かったんです。雑誌で友人の名前が活字になった。それを見て、テンションが上がりました。『自分たちも頑張ればこういうことが起きるんだ』と」

 それから、ますます作品作りに熱が入ったわけですね。

 「短編、中編、長編、いろいろ書いては投稿しましたが、どれも1次審査を通過せず、撃沈でした。20作以上出しました。そんな中で、初めて出した江戸川乱歩賞で一次通過したんです! 小説を書き始めてから2年半がたっていました。自分にとって初めての一次通過でした。え、まさか、あの江戸川乱歩賞で?と喜びよりも驚きの方が強かったです。その翌年、ついに最終選考にも残りました」

 そこで、自信が出てきたでしょうね。

 「そうですね。でもその後、必ずしもいい時ばかりではなくて、落ち込むこともありました」

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