自分では小説家より読書家だと

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 大学卒業後、一般の就職は考えなかったんですか。

 「私、事務能力も計算能力も全くないし、営業や接客もだめ。もし医療系の仕事に就いたら、ミスして人を殺しかねないから、一切就職は考えませんでした。そういう意味で、まったくぶれずに小説家になろうとしていました」

 書きながらも、たくさんの本を読み続けた。そして今も?

 「読書が一番の趣味というのも作家としてはいかがなものかと思いますが、自分では小説家より読書家だと。私、25歳で結婚しましたが、今でも朝起きてからまず本を読まないと何も始まりません。この一章を読んだら家事、そして次の一章読んで、また家事……という繰り返しです」

 小説の執筆はいつですか。

 「昼間は家事をしたり、電話がかかってきたりで、集中できませんから、旦那さんが寝た後、深夜から朝にかけてですね」

 筆記道具は何ですか。

 「私、作家になってから34年間、富士通の親指シフトのキーボードを使い続けているんです。初期のワープロからパソコンに替わってからも、そのキーボードは変わりません。作家や翻訳者には使っている人が多いようですね。でも、親指シフトのキーボードを販売するところがどんどん減って、今は一軒だけ。使う人も一人ひとり減っていくので、私は『裏切り者!』と」

 これから10年後、20年後を見据えた時、どういう小説家になりたいと?

 「自分が70歳代のおばあさんになった時を考えると、作家の横溝正史さんのことを考えます。79歳でお亡くなりになる前に、『病院坂の首縊りの家』を書かれていますね」

 金田一耕介最後の事件、という作品ですね。

 「過去と現在が行ったり来たり、という凝った構成の長編をちゃんと書き終えた、というところがすごいですね。すごく尊敬に値します。死ぬまで現役。私もそれを目指していきたいです。それには、まずは健康から」

 そのために、何をされますか。

 「最近、太ってきてしまったので、まず1日1時間は歩きたいですねえ」

〈次回は3月2日(月) 大倉崇裕氏掲載予定〉

 

新井素子(あらい・もとこ)
 1960年東京都生まれ。77年、高校2年の時に第一回奇想天外SF新人賞で「あたしの中の……」が佳作入選しデビュー。立教大在学中も作家活動を続け、卒業後専業作家に。81年に「グリーン・レクイエム」で第12回星雲賞日本短編部門、82年「ネプチューン」で第13回星雲賞日本短編部門、99年「チグリスとユーフラテス」で第20回日本SF大賞を受賞。最新刊は「未来へ……」。

取材を終えて  網谷隆司郎
 20〜40代のキャリアウーマンと酒席を共にしたときのこと。「今も寝る時はベッドでお気に入りの縫いぐるみと一緒です」という話を何人かから聞いたとき、「おいおい、まだそんな子供っぽいことを」と、オジサンくさい説教をした覚えがある。
 縫いぐるみは子どものもの、という思い込みが強かった私。今回の「白髪三千丈」ならぬ「縫いぐるみ四千以上」の新井素子ワールドには、正直、脱帽いたしました。ここまで徹底すると、「量が質に転化する」か、はたまた「コペルニクス的転回」かのように、一つの哲学を感じた。
 以前から犬や猫のペットを可愛がる家庭は多かったが、今は感情のつながりがさらに深く濃くなり、もはや家族の一員としての存在感を持つと言っていい。失った時の落胆ぶりを何人かの知人に見たが、親しい人間の喪失と大差ないように映った。まさに、アニマルコンパニオンである。
 それに比べると、生き物でない縫いぐるみ(人形や最近のゆるキャラも含めて)への愛玩ぶりは、文字通り、血の通ったものなのかどうか、と一歩引いていた私も、新井さんの「ヌイ哲学」に目を開かれた。
 人は身の回りの世界を自分なりの物語にしながら生きている。そこでは心が通じる仲間、友、相棒がいて、気のおけない会話が楽しめる。動物、植物、鉱物であろうと、布でできたものであろうと、映像の中にだけ存在するバーチャルアイドルであろうと、対話によって自分の世界が明るく活性化するならば、もうそれは自分にとって生きるに必要な、もう一つの魂なのだ。
 アメリカの女流作家、カーソン・マッカラーズに「心は孤独な狩人」という私の好きな小説がある。相手が誰であろうと、あるいは誤解や錯覚だろうと、自分のことを深く理解してくれていると思える他人を、人は求めている。自分という存在が孤独ではなく、誰かの魂とつながっている。少なくとも、心はそういう他人の魂を狩人のような目と耳で探し求めているのだ。
 学生時代に原書で読んだから誤読しているかもしれないが、私には今も人間理解の背骨となっている小説だ。
 縫いぐるみとの日々の対話が、自分の精神世界への明かりになっているのだろうか。真摯(しんし)に自己と向き合う手助けになっているのか。雑音に惑わされず、自分は何をしたいのか、心の声に静かに耳を傾けられるのか。
 ソチ五輪で金メダルに輝いたフィギュアスケートの羽生結弦選手(20)が、くまのプーさんの縫いぐるみを常に身近に保持している。それを、未熟な子どもっぽさとみるか、あの強い精神力を鍛えた源と捉えるか。
 たかが縫いぐるみ、されど縫いぐるみ。う〜ん、深そうだ。それに気づかせていただいただけでも、新井さんとのインタビューは、新年早々、楽しくも有意義でした。では、ダイエットも頑張って!

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