自分で作る楽しみを知ったのはビートルズに出会ったから

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 ビートルズを神とあがめてからは、どうなりました?

 「音楽ではもう超えられないと思ったものの、いや、映画ではビートルズを超えられるかもしれない、と大学で映画を学ぶことにしたんです。1970年前後は全国各地の大学で学園紛争があった時期。オヤジは僕を青山学院の神学部系に進ませたかったようですが、僕は嫌だった。日大芸術学部で映画を、と思っていたら、当時大学紛争でバリケード封鎖されたりして、入試がなかった。結局、多摩美大の分校のようなところに入り、映画の授業を受けることにしました」

 映画監督になろうと……。

 「でも、すぐわかりました、映画は一人ではできない、それにカネがかかると。映画でもビートルズを超えられないと。当時は素人の自主製作映画がはやっていて、大林宣彦さんが学生映画を作っていた頃です。僕らもそんな風潮の中で、映像詩、シネポエムを作ってはプロダクションに持って行ったり、脚本を書いたり、PR映画や記録映画の助監督をやらせてもらったりしました。そのうちに、仲間3人で映像制作会社を作ろうと。僕は引っ張られた方ですが、カメラマンの男と僕と何だか正体不明の男と3人で。でも1年足らずで会社はつぶれました」

 音楽もダメ、映画も挫折、さてそれから?

 「じゃ、何かしようと、その正体不明な相棒が言うには、探偵小説が好きだから、一緒に書いてみないかと。江戸川乱歩賞に出してみようと。いや、僕は書いたことないよ、というと、これが今年の受賞作だ、これを読んでみろと。そして2人で書いた作品を7年間で4回応募しました。4回目で受賞させていただいて、それから作家になっていったという感じです」

 それが、1982年に第28回江戸川乱歩賞受賞作の「焦茶色のパステル」ですね。共同執筆でペンネームは「おかしな二人」をもじった「岡嶋二人」。その後も、1989年にコンビを解消するまで、「チョコレートゲーム」で第39回日本推理作家協会賞、「99%の誘拐」で第10回吉川英治文学新人賞など受賞ラッシュでした。これはビートルズの影響とどう関連しているんですか。

 「それまでは小説も人が書いたものをただ鑑賞するだけでした。でも、ビートルズは自分たちの音楽を自分で作って世界を変えた、すげえ!と。つまり自分で作る楽しみ、面白みを知ったのは、彼らと出会ったからです。小説を2人で書こうと気楽に考えたのも、ポール・マッカートニーとジョン・レノンの2人が次々といろんな曲を作っていたのを見ていたからでしょう。何の抵抗もなく、じゃあ2人をまねして、僕らも2人で小説を書いてみるかと。今から思うと無謀だったかもしれないけど、当時の自分の中ではあたり前のことでした」

 骨の髄までというか、ビートルズの存在が井上さんの生き方を決めていたんですね。作家、井上夢人としてビートルズの曲名を冠した小説「ラバー・ソウル」(2012年)も書いていますね。

 「あの小説を書くときに、持っていたビートルズの資料をここで一度まとめてみようと思いました。長い間に集めた資料がごちゃまぜになっていたので、系統づけて整理しようと。でもいざ始めたら、思いのほかものすごい量がありました。小説の方は書き上がったけれどいまだに資料整理は続いています。まあ、自分だけが楽しめるエンサイクロペディアみたいなもので、『the Beatles ALMOST COMPLETE』というタイトルを付けて、その中に全部押し込めています」

 レコードからCD、映像、写真、書籍、テキスト類などビートルズに関する資料が集められているんですね。相当膨大な量になると、個人博物館ができそうですね。

 「いや、すべてデジタル化しています。レコード、CD、テープなども相当数ありましたが、音源をパソコンに入れるだけです。フォーマットを統一して、インデックスを付けて並べています。未発表音源などもあります。写真、映像のコレクションもあります。情報容量でいえばテラ単位の、そうですね、総量で2テラまではいかないくらいでしょうか。中2の時からずう〜と集めてきた資料なので、デジタル整理し始めると結構時間がかかりますけど、楽しいです」

 それだけのコレクションだと、いわゆる“お宝”も多いんでしょうね。

 「いや、僕は物に対する執着がないんですよ。だから初めて買った中2の時のドーナツ盤なんかももうないんです。貴重なジャケットなどあれば結構な値段になるでしょうけど、僕は音が欲しいだけなんです。例えば、ジョン・レノンのサインなど実物があれば貨幣価値が生じるけど、僕のコレクションは全部デジタルなので、僕にしか価値がありません。自己満足の塊のようなものです。だから入手困難な貴重な音源があると聞くと、集めないわけにはいかない。つい買ってしまう。これはもう病気みたいなものです」

 今やビートルズの曲も学校の教科書に載るほどの“古典”になっています。半世紀以上も愛好する井上さんにとって、ビートルズ・ナンバーはナツメロみたいな存在ですか。

 「いえ、今もビートルズ全213曲を、こうしてアイフォーンに入れて持ち歩いていて、毎日何曲か聴きながら散歩していますが、懐かしいという気持ちでビートルズの曲を聴いたことは一度もないですね。今聴いても体が動いてノッてしまうし、口ずさみます。まあ、モンキーズやカーペンターズの曲が流れると、懐かしいと思うことはありますけど」

 213曲の中で井上さんの「ベスト3」は何ですか。また、これだけは嫌いだという曲はありますか。

 「ベスト200なら言えますけど、ベスト3はねえ……。嫌いというところまではいかないけど、アルバムの中でその曲がかかったら飛ばすのはあります。ジョン・レノンがオノ・ヨーコと作った実験音楽のような『レボリューション9(ナイン)』という曲です。メンバーの他の3人がアルバムに入れるのを渋った曲です。ナンバーナイン!ナンバーナイン!と延々と連呼するようなものを、聴いていてもあまりノレません」

〈次回は10月5日(月) 新野剛志氏掲載予定〉

 

井上夢人(いのうえ・ゆめひと)
1950年福岡県生まれ。82年、徳山諄一との共作筆名・岡嶋二人として「焦茶色のパステル」で第28回江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。86年「チョコレートゲーム」で第39回日本推理作家協会賞、89年「99%の誘拐」で第10回吉川英治文学新人賞を受賞。同年「クラインの壺」刊行の後にコンビを解消する。92年「ダレカガナカニイル…」で井上夢人として再デビュー。近著に「the SIX ザ・シックス」など。

取材を終えて  ジャーナリスト 網谷隆司郎
 「自分の人生の進路がアレで決まりました」と、ひと言で言える人がずっと羨ましかった。つまり、劇的な出会いである。人でも物でも現象でもいい。一発で自分の進むべき方向が定まり、目指す頂上に向けて疑問なく歩み出す生き方。優柔不断人間の私には、今もまぶしい存在だ。
 井上夢人さんのビートルズとの出会いが、まさにそれだった。しかも中学2年生のとき。思春期の入り口。好奇心の塊、何でも瞬時に吸い取る吸収力と柔軟性。青春時代の第一歩を踏み出したときだ。
 井上さんより一つ年上の私も、同じ時期にビートルズ・シャワーを浴びているはずなのだが、やはり受け取る素地が違っていたようだ。
 三橋美智也や春日八郎の歌を口ずさんでいた私と異なり、バプテスト系キリスト教の牧師を父に持ち、東京・赤坂の路上で父親が弾くアコーディオンに合わせて賛美歌を歌っていた井上少年は、バイオリンを習い、少年合唱団でコーラス曲をボーイソプラノで歌っていた。クラシック音楽一色の環境で育ち、当時の日本の若者が熱狂していたエルビス・プレスリーなどの“不良”音楽、ロックンロールなどとは無縁でいたらしい。
 そんな純粋培養の真っ白いカンバスに、いきなり何の予備知識もなく、ビートルズの曲が飛び込んできた。頭で考える理屈より前に、美しいハーモニーの歌声が心にしみた。優しく歌いかけるバラード曲「If I Fell」!に、ドカーンとショックを受けた。
 「あれで僕の人生は狂いました」という言葉が大げさでなく響く。異質な音楽との出会いというより、もともとなじんでいたハーモニーの魅力の深さに引き込まれたというべきか。「音楽の持つ力に気づかされた」という少年は、さらにビートルズから「自分で創ることの楽しさ、面白み」を体に刻み込んだようだ。
 結果的にミュージシャンにならず作家になった井上さんだが、どの分野でも「自分で創る楽しさ」を発揮する生き方を実践した。
 それ以上に同年代として感心、尊敬し憧れるのは、若者に負けないデジタルじいさんであることだ。収集した膨大なビートルズの資料をすべてデジタル化して保存中という。
 「はい、これにビートルズの全213曲を入れて、いつも持ち歩いています」と、胸ポケットからサッとアイフォーンを取り出すカッコよさ。
 定年退職後、自分の部屋に雑然とたまった本、雑誌、資料類の山をどう片づけようかと頭を痛めている私からすれば、まるで“デジタル神”のようにまばゆい。そんな私の胸に一番痛く響いたのは、「僕は物に対する執着がないんです」という井上さんの言葉だった。
 この原稿を書くために、久々に結構たくさんビートルズの曲を聴いた。その大半がユーチューブなどのネットを通してだった。もう、そういう時代なのだ。レコードもテープもCDも知らない世代が、今の社会の多数派になりつつある。今回の取材を通して、デジタル時代を改めて体感した。
 ただ、団塊の世代の一員として、20代に丸善で買ったビートルズ全曲の英語歌詞集の洋書ペーパーバックだけは、わが本の山から見つけ出したいと思っている。「音楽の力」とともに、「活字の力」を信じる者として。消えゆく紙の雑誌愛好者の一人としても。

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