なんでも体験してみたらいい。20歳になったら何でもいっぺんは。

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 さて、松岡さんの作品の多くには女性主人公が登場しますね。「千里眼」シリーズの岬美由紀、「万能鑑定士Q」シリーズの凜田莉子、「特等添乗員」シリーズの浅倉絢奈、「探偵の探偵」シリーズの紗崎玲奈、そして最新シリーズ「水鏡推理」シリーズの水鏡瑞希……と20代の魅力的女性が活躍するストーリーです。ヒロインの造形はどうされているんですか。例えば、最新の水鏡瑞希ですと、どんなふうにして女性像を作り上げたのか。

 「水鏡瑞希については、文部科学省の一般事務官という設定です。これまでもそうですが、僕のやり方はその職業の同年代の女性たちを取材に行きます。手配は出版社の担当編集者がしてくれて、秘書として僕の奥さんと一緒に行って話を聞きます。男の僕だけでなく、同性から見た感想も役に立ちます。好感が持てる人、時代が求めている人、流行に合っている人、それで若い人を書くようにしています。特定のモデルがいるというより、取材した多くの人たちの集合体と言っていいでしょう。決めたヒロインの年齢に近い女性に聞いています。好感を持った女性がいたら、その周辺の人にその女性の評判を聞いて、より深い子細を取材します。若い人を書くのは楽しいですよ」

 しかも、美人で“男前”のキャラクターが多い。

 「いろいろな作家がいて、人間のドロドロを書く人もいますが、僕自身は小説は軽く楽しめる嗜好品でいいと思っています。大病院の待ち時間に読んで楽しめる作品、親子両方が読める作品、健全性があって気持ちよく読める作品を書いているつもりです」

 20代といえば、平成世代、そしてゆとり世代として、あまり芳しい話を聞きませんが。

 「そんなことはありません。生まれて物心がついたころから日本社会は不況が続いてきたという事情はありますが、ものの考え方は僕らとそんなに変わっていませんよ。国会図書館に行って昔の新聞を見ると、『今の若者は……』と今と同じようなことが書いてありますよ。そんな記事のコピーをいくつかシャッフルすると、もういつの時代かわからなくなる。むしろ、今の時代はネット社会になって、新しいコミュニケーションをとる若者がいる。見えないところでステップを上げているのが今の若者だと思う。ゆとり世代は出来が悪いというのは、都市伝説にすぎませんよ」

 報道では、どうしてもいじめとか、引きこもりとか、内向的な若者像が浮き彫りになってしまうようですが、これも先ほどの「とことんやればいい」という話とつながりがありそうで。

 「そうですね。まず、なんでも体験したらいいと思う。20歳になったら何でもいっぺんはやってみる。いや、やらなきゃいけないということにする。ちょっとたしなむ程度のものは、とにかく一回は必ずみんなやる。好きになったらずっとやればいいし、一回で飽きる人もいていい。そこから豊かな選択ができる。趣味も仕事も自分に合ったものが見つかる。とことんやって極める、というのがいい」

 最後に、松岡作品は映像化されるものが多いのでお伺いします。自分の小説が映画やテレビドラマにされる時、今まで何人かの作家に聞いた中では、おおむね2種類に分かれるようです。「全部お任せします」と一切を映像側にゆだねる人と、「これはこうしてください」ときちんと条件を付けるタイプと。松岡さんはどちらですか。

 「僕も作家業を18年やっていますので、そのへんはいろいろ知っていますが、正直、作家の皆さん、本当のことをおっしゃらない。外に対してはそうおっしゃる方はいても、本当に『すべてお任せします』という作家はいないですよ。作家にとって作品は自分の子供みたいな存在ですからね。当然、こだわりはありますよ」

 でも、実際にはあまり注文を付ける作家はいないようですけど。

 「だから、さっき言った『その日から読む本』が必要なんです。文学賞を受賞した若手作家や初めてベストセラーを出した作家は、映像化の話が急に来てもどうしたらいいかわからないですよ。作家は誰しも、執筆中に脳みそに思い描いたシーンがありますし、こだわりはあります。でも、最初の頃は、変なところにこだわりがある場合が多くて、この場面にはモーツァルトの曲を使ってくれとか、脇役にはこの俳優をイメージして書いたから使ってくれとか、それ以外はお任せします、という程度のこだわり。でも、本当はそんなことないですよ」

 と言いますと?

 「作家は地主なんです。映像化の話が初めて来たときなど、ある日突然、知らない人が来て、『いい土地をお持ちですね。ここにスーパーを建てましょうよ』と話を持ち掛けてくる。映像化の話ってこんな感じなんですよ。慣れていないと、どんなスーパーになるか気になりながらも、ついハンコを押してしまう。ところが、いざ完成すると、それはホテルだった。わずかに1階に総菜なんかを売っている店がある程度のホテルなんです。いったん、ハンコを押したらもうおしまいです」

 自分の思い描いていたものと全然違うものができてしまうわけですね。確かに、原作では男性が主人公なのに、ドラマではヒロインに変わっている場合が結構ありますね。

 「直木賞や芥川賞を受賞した作家の原作はそんなにいじくらないですけど、そうでない作家の作品に対しては、映像側は初めからナメてかかってきていますから、そのくらいのことは平気でやりますよ」

 “地主”側の抵抗策はあるんですか。

 「その土地に仕掛けをしておくんです。ハンコを押した後でも、とりあえず工事を進めさせといて、これは許せんということをやったら建物が建たないようにしてやるぞ、と脅すんです。全部ポシャっても仕方ない、だめならだめでいい、と恐れずに言うことですね。これしかありません。ただ、これをやるには、仕掛けを準備できるだけのゆとりと、正直、ホテルだったら建たなくてもいいや、という覚悟が必要ですね」

 松岡さんはたくさんの“地主経験”をお持ちなので、うまくやるノウハウをお持ちなのでは?

 「デビューしたての作家や、本が50万部から100万部も売れた作家のところには絶対、映像化の話がきますから、ぜひ『その日から読む本』に書いておきたいですね。ただ、何度か経験すると、映像作品は他の人の著作物なんだなと思うようになり、いい作品にするために原作者としてできることはしましょう、という気持ちになってきますね」

〈次回は2016年3月7日(月) 神永学氏掲載予定〉

 

松岡圭祐(まつおか・けいすけ)
1968年愛知県出身。小説デビュー作「催眠」がミリオンセラーとなり、当時の小学館文庫の歴代1位の売上を記録。大藪春彦賞候補作「千里眼」と、ブックウォーカー大賞2014文芸賞受賞作「万能鑑定士Qの事件簿」両シリーズを合わせて1000万部のヒットになった。その他に「探偵の探偵」「ミッキーマウスの憂鬱」など著書多数。近著に「水鏡推理」など。

取材を終えて  ジャーナリスト 網谷隆司郎
 作品の多くが女性主人公。しかも20代の美女が登場する。「若者を書くのは楽しいですよ」とおっしゃる松岡さん。
魅力的なヒロインづくりには、その職業に就いている同年代の女性たちに実際に会って話を聞いてイメージを膨らませているという。秘書役で奥様も同行している、と打ち明けたとき、一瞬恥ずかしげな表情がかすめたのがおかしかった。
そんな20代の若者像に関しては、世間の否定的な見方と相反する見方を披歴した。「ゆとり世代は出来が悪いというのは根拠のない都市伝説だ」「むしろネット時代に新しいコミュニケーションをとっている」と古今東西はびこる「今の若者は……」論を一蹴して、気持ちよいほどだ。
その半面、デビュー作がミリオンセラーになり、一躍売れっ子作家になり、しばし羽目を外したご自身の経験から、「若者よ、大いに羽目を外せ」とばかりに、何事も経験せよの大号令を発したのも面白かった。
悪くいえば「依存症」。これらは、みんな中途半端にしかやっていないからではないか。一回、とことん飽きるまでやってみろ。20歳になったら、ひと通りみんなやるべきだ。そこから自分に合うものを見いだせばいい。やらずにぐじぐじ言うより、やり尽くしてみれば、答えは出る。
そんな明快な松岡節を耳にしていると、私の若き日の愛読書だった坂口安吾の「堕落論」と一脈通じるものを感じて、うれしくなった。「堕ちよ堕ちよ」という安吾の叫びが響いてくるよう。私のような凡人にはなかなかできないことなのだが。
松岡さんと同じく私もフリーランスなのだが、平日の朝に起きて思い立ったらスマホで航空機、ホテルを予約して、すぐに旅に出る、という生活はまだできていないのが残念至極。スケールは10分の1ほどだが、今年はドーンと旅に行こうか。そんな壮大な気分にさせてくれた元気はつらつの松岡節だった。テニスプレーヤーにもいるが、松岡という姓の人は、人を鼓舞し応援するのがうまい人間なのだろうか。

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