小説を書くというのは孤独な仕事

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 あのストーリーの構想はどんなところから来たんですか。

 「この世で一番面白い小説は、歴史が動くストーリーだと思っているので、自分で書いてみよう、挑戦してみようと思いました。ナポレオン軍がエジプトに侵入した時代、アラブ世界にヨーロッパが侵入して、文化と文化が衝突した時代ですね。あの頃の文献は少ないので全部読み切れるんです。当時の僕はイスラム教のことが全然わからないので、体ごと理解できるように、コーランを読み上げる声のCDを毎日かけて、部屋中にお香をたいていました。それを1年半続けました」

 それは、それは。頭から理屈でなくて体全体でわかるという……。

 「そうすると象徴的な出来事が、本の刊行3カ月前にありました。2001年9月11日に起きた、アメリカ同時多発テロです。あれで一気に『イスラムは悪だ』みたいな空気が出てきた。そのような風潮から人々を冷静にさせるために本がある、普通の人に感情的な染まり方をさせないためにこの本の刊行があるんじゃないかと思いました」

 まさに、この本の言わんとしていることと世界の出来事がシンクロしていたわけですね。

 「僕自身、9・11の意味がわからなかった。ああいうテロをたくらんでも、成功するはずがないと思っていたし、映像で見た、高層ビルが崩れ落ちる姿も理解できなかったですね」

 アメリカ大統領選挙の共和党候補者となったトランプ氏が「イスラム教徒を入れるな」と叫んでいる現在、でもあります。

 「僕は、物事の意味が分からないなら分からないでいいと思うんです。知らないなら知らないでいい。そういうとき、多くの人の憤まんを吸収して、では簡単にわからせてやるというリーダーがどの国にも登場する。困ったものです。今はヤバい時期です」

 そういう動きにくぎを刺すというか、本の中に政治的なメッセージを入れるということはしないんですか。

 「それは興味ありませんし、僕のやり方じゃない。意識してしないようにしています。それは小説の役割とは違うと思います。東日本大震災の後でも反原発についてデモ、署名、声明発表などがありましたが、それについて何かした瞬間から、反対の立場の人が敵になってしまい、助けられなくなる。小説家の役割ではないと思っています」

 古川作品は長編、有り体に言って分厚い本が多いですが、執筆の際に何かあるんですか。

 「まず小説を書こうというときに、構造を持った作品が浮かんでくるんです。それを実現しようとすると、分厚くなってしまう。僕の作品つくりは家を建てるのに似ていて、柱を何本立てるか、というところから始まります。短編小説だと一部屋を作る感覚でしょうが、長編は一軒家を建てる感じですね」

 長編ですと、書いているうちに紆余うよ曲折があることも……。

 「僕は一つの作品を執筆しているときに必ず4カ所、今の自分の実力では書けないところが出てきます。でもそこを書かないと、他の本と違うオリジナリティーが出せない。逃げずに向き合わないといけない。そんなときは朝から何回もおなかが下るし、大病はしたことはありませんが、体中が痛んだり、歯が欠けたり、じんましんが出たり、極限状態になることがあります。小説を書くというのは孤独な仕事だなと思います」

 そんなハードな日々から自分をリラックスさせる趣味、お楽しみはありますか。

 「僕はこれといった趣味はあまりなくて、今は他のジャンルの人と組んで朗読イベントをしているのが、オフタイムの最高の過ごし方です。2011年3月11日の東日本大震災のあと、詩人、ミュージシャン、翻訳家らと組んで、僕が書いた朗読劇『銀河鉄道の夜』の1時間10分ライブを続けています。すでに20回ほどやっています」

 各地でやっているんですね。

 「被災地の東北だけでなく、東京、大阪、高知などでも上演しました。地方に行って会場となる場所を見て、即座にステージを作りますから、場所によってアウトプットの形が違ってくるのが面白いですね。その会場の持つエネルギーを極力生かして作ります。どうもかみ合わないなあというのもその場の特性だと考えて、試行錯誤しながら創造の苦しみを毎回楽しんでいます」

 いろいろな場所と言いますが、例えば?

 「福島県喜多方市でやったときは、地元の酒蔵が会場でした。50〜100人入る所でエコーがかかって、お客さんは胎内にいるような気持ちになる。京都では叡山電車を借り切って、車内で朗読会をやって、鞍馬まで上がってから駅舎で劇をやって待合室で見えるようにしました。静岡県長泉町にあるヴァンジ彫刻庭園美術館で開催したときには、彫刻作品にも出演してもらおうと、3メートルの巨大な演者がもう一人いるような感じでやりました。どこの会場でも、会場が与えてくれる力を謙虚に受け入れて、その場のオリジナリティー、魅力を引き出す方法でやっています」

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