「友達を裏切らない」

気の合う作家同士、仲良く遊んでもいいんじゃないか

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 ハードボイルド小説の新星として34歳でデビューした北方謙三さん(69)。だが、40歳から歴史小説を書き始め、50歳からは「三国志」や「水滸伝」といった中国古典を題材にして、奔放な想像力で壮大な人間ドラマを構築、数多くの文学賞を受賞した。流麗な文章と劇的展開の「北方ワールド」には、まるで上質な講談を聞いて引き込まれるような“語りの世界”の快感に襲われる。ご本人とのインタビューも、その“語りの楽しさ”に満ちたエンターテインメントの2時間だった。

 毎年開催される作家のトークショーでは、北方さんのトークに会場からいつも笑いが起きて、盛り上がります。とくに、進行役の大沢在昌さんとの掛け合いが面白くて、それを楽しみに来る方も多いようです。

 「大沢とは呼吸が合うんですよ。事前に打ち合わせをしたこともなく、その場で大沢からツッコミがあると、こちらはある程度受けてから(ボケを)返す。数寄屋橋のよく行くクラブの開店何十周年かのパーティーの司会を大沢と2人でやった時など、『夢路いとし喜味こいしで~す。わかんねえか』と言って始める。もうすっかり漫才コンビですよ。でも、中には作家同士が仲がいいなんて変だという人もいる。作家は自尊心が強いし、頭を下げるのがイヤなヤツが多い。書く仕事は孤独で一人でやるものだ、という意識がある。それはその通りだけど、仕事以外の時間だったら、気の合う作家同士、仲良く遊んでもいいんじゃないか。大沢とは日本推理作家協会に入ってから、ともに奴隷仕事をやらされたし、まあ性格が合ったんでしょうね」

 その日本推理作家協会も、今年創立70年を迎えました。北方さんが入会した経緯は?

 「初めて本を出して作家デビューしてから、ある日、生島(治郎)さんから、『お前、入っているのか』と聞かれ、『いえ、入っていません』と答えると、『じゃあ、入れ』と、協会に入れられました。有無を言わさずという感じでしたね。当時、大沢はすでに入っていて、生島さんは大沢の大先輩で、協会の理事長だったかな。それで大沢と2人が奴隷仕事をやらされまして……」

 奴隷仕事といいますと……?

 「当時、作家の原稿料を一律に上げろ、という動きがありまして、各出版社に働きかけて、交渉しろと。これには賛否両論あって、原稿料は作家個人の問題で、組織や団体で交渉すべきものではないという意見が一方にありました。売れている作家、そうでない作家、いろいろいるので、原稿料は個人個人が出版社と個別に話し合えばいいという考えです。私も個人的にはそういう意見でしたが、協会としてやるべきだとなって、当時、生島さんの奴隷として2人が各社に遣わされました」

 その成果は?

 「いやいや、なかなかうまくはいきませんでした。そうしたら、生島さんが次にこう言うんです。日本推理作家協会が主催する江戸川乱歩賞は現在、賞金がゼロだ、これに賞金1000万円を出させよう、受賞作の印税を8%から10%に上げさせよう、その交渉を賞を協賛しているフジテレビ、講談社に行ってやって来い、新人作家を大事に育てるためだから、と」

作家自身がお金の交渉をするというのも、なかなか大変なご苦労があるんでしょうね。

 「フジテレビでは、『金だけ出してくれ』というこちらの要求を全部聞いてくれて、最終的に『OKです』と言ってくれました。当時、文学賞とテレビ局とのつながりでは、フジテレビが一番後発だったという事情もあったんでしょう。もう一つ、講談社との交渉の方も何とかうまくいきました。出版社としては作家協会との関係を大事にしておきたいという判断があったんでしょう。『これまでの日本推理作家協会との関係に鑑み……』などという言葉で値上げを認めてくれました」

 すごいですね。

 「それまで私は協会の事業担当で、無能を装って、まあパーティーの司会をやるくらいでよかったんです。ところが、フジテレビ、講談社との交渉が両方ともうまくいって、交渉能力があるということを〝露呈〟してしまい、とんとん拍子に〝転げ落ちて〟渉外担当理事にさせられた。渉外担当というのは、次は理事長というポストなんですよ。結局、阿刀田(高)さんの次の第10代理事長にさせられました」

 就任が1997年で2001年まで4年間、日本推理作家協会の理事長をお務めになりました。

 「そうそう、僕が理事長のときに日本推理作家協会が設立50周年を迎えた。当時は協会に潤沢なカネがあって、アンソロジーを出して、ぼんぼん重版していた頃。それで、作家42人が出演する文士劇をやることになったんです。東京・有楽町のよみうりホールを借り切って1日。当初はさて切符が売れるのかと心配になって、付き合いのある新聞社や雑誌社に頼んで、稽古(けいこ)風景でもいいから記事にして事前PRしてくれと。ところがそんな心配をよそに、いざチケットを売り始めたら、あっという間に完売! いやあ、公演初日には有楽町駅からホールまでずらーっと人が並んで、警官が出てきて整理したほど。講談社の社長まで列に並んだと聞きました」

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