物が違うと思った自分の感覚は間違いじゃなかったんだ

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 文庫本の解説は、私もよく読みますが、筆者によって書き方や内容が異なりますね。西上さんの場合は、どういうスタンスでお書きになるんですか。

 「親本(単行本)のときに読んでいて大体は覚えていますが、仕事を依頼されたときに改めて再読します。解説は批評ではありませんから、その作品のファンの気分になって、作品のいいところを引き出すようにしています。まあ(作家と読者との)お見合いをセッテイングした親戚のおばさん、みたいな存在ですね。わざとらしく褒めることはしませんが、といって冷たい文章もどうかと思うので、ある程度の熱量のある文章を心掛けています」

 これまでに何十冊、何百冊もの文庫解説を執筆されているのでしょうが、自分なりに一番よく書けたなあ、と印象深い作品はどれですか。

 「そうですね・・・・・・。角川文庫から出ている永瀬隼介さんの『閃光』の解説ですかね。実際に起きた三億円事件を題材にした優れた犯罪小説でありながら、異色の青春小説にもなっている。作品そのものが芯から好きになりましたし、解説としてもうまく書けたなと」

 推理小説、ミステリー小説の解説といったら、当たり前ですけど、いわゆるネタバレ厳禁というおきてがありますよね。といって、トリックの巧妙さを解説するとなると、ある程度は話の展開を書かざるを得ない。そのぎりぎりのところは結構難しいんでしょうね。

 「以前、講談社ノベルズの東野圭吾さんの作品の袋とじ解説を書いたことがあります。2人のうち1人が犯人なんですが、『小説には結末が書かれていない』と読者から編集部に電話が殺到したそうです。まだネットが現在のようには広がっていなかった頃の話です。小説が出てから2、3年後に僕に袋とじ解説の依頼が来て、編集者からは犯人当てのヒントを書いてほしいという。そこで、ご隠居と若者の会話体にして、ヒントを書いて原稿を渡したところ、東野さんご自身から、『これではわかりすぎるから、もっとボカシてくれ』と要望がきた。僕としては十分ボカシたつもりの文章だったので、これ以上はボカシようがないと。東野さんからすれば、余分な情報が入ると誤解を招く、ということだったらしい。そんな話を聞きながらメモを取って文章を直した。苦労したけど、思い出になっています」

 ミステリー小説や冒険小説などの解説、評論、エッセーと30年以上もフリーライターとして書き続け、今では新聞、週刊誌、専門誌、PR誌など多くのメディアでご活躍ですが、とくに難しい仕事というと、どれですか。

 「新人作家を発掘する公募の文学新人賞選考の下読み(最終選考に残る作品を選ぶ作業)もやっているんですが、これが大変です。先ほど話した東京創元社が主催する新人賞選考の下読み(最終選考前の審査)をしてくれと頼まれて以来、江戸川乱歩賞などいくつかの新人賞選考の下読みをしてきました。一作品が400字詰め原稿用紙換算で350枚以上のものが多く、40作ほどを読まねばならない。結構大変です」

 メインの仕事として、ミステリー小説を読んで、その評やエッセーを書く。それに加えて、応募作を読むわけですね。まあ、仕事の性質上、日ごろからかなり幅広い読書をしなければならないでしょうが、ざっと年間何冊くらいですか。

 「まあ、新刊、話題作など200冊以上は読んでいますね。ミステリー好きの中には、日本のものだけでなく海外ものまで幅広く読んでいる化け物みたいな人もいますけど」

 素人というかアマチュアというか、プロの作家を目指す人たちの作品は、それこそ玉石混交でしょう。だからこそ、玉(ぎょく)を見つける眼力が求められるわけですね。あ、これは素晴らしい!という作品に巡り合うことがありますか。

 「もちろん、箸にも棒にもかからない、しょうもない作品はありますが、時にはハッと居住まいを正すような作品にぶつかることもあります。下読み作業は何人かで手分けして応募作を読むんですが、自分が担当した“箱”から受賞作が出ると、やはりうれしいものです」

 実際のご経験では?

 「江戸川乱歩賞の下読みを初めて担当した2005年、薬丸岳さんの『天使のナイフ』を下読みしたとき、あ、この作品で受賞は決まりだな、と直感しました。その後、順調に最終選考会でも選ばれて受賞したので、これは物が違うと思った自分の感覚は間違いじゃなかったんだ、とうれしくなりました。それにもう一つ、やがて人気作家となる人の応募作を真っ先に読める、というのもこの仕事をする楽しみです。1995年に鮎川哲也賞に応募してきた北森鴻さんの『狂乱廿四孝』が受賞して、その後、ほとんどの雑誌に連載を持つほどの人気作家になりました。そんな作家のデビュー作をまず第一に僕が読んだんだ、という思いもあります。北森さんは7年前に48歳の若さでお亡くなりになって、残念です。雑誌に連載中だった『暁英贋説・鹿鳴館』は、作者死去のため未完のまま刊行され遺作となりましたが、明治時代を描いた作品で、生きて完成させていたら、大きな広がりを持ついい作品になったはずなんですけどね」

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