「本に書き込みをしない」

本というものは次の人に受け渡すもの

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 大学時代に「ワセダミステリクラブ」に入り、東京都内のすべての古書店を回り、古今東西のミステリー小説をあさったという北村薫さん(67)。博覧強記の読み手としては中でもエラリー・クイーンをこよなく愛し、書き手としてはクイーン作品群の大小のかけらをふんだんにまぶした小説「ニッポン硬貨の謎」(2006年)で第6回本格ミステリ大賞を受賞。さらに戦前のお嬢様学校に通う女学生の周りの人間模様を歴史の波の中で情緒豊かにつづった「鷺と雪」(2009年)で直木賞を受賞するなど、幅広い作品群を持つ。ミステリーに限らず、書籍好きの半生と持論を物静かに、かつ力強く語った。

 今日は、趣味というよりご自身のポリシーについてお話しいただこうと。

 「ごく平凡に思われますが、読書が好きですね。でも読書は趣味じゃないよと言われそうで。本を読むことは受け身な行為で、書く行為が能動的と言われますが、大間違いです。読書という行為をみると、本の書き手が半分ですが、本の読み手が半分作るもの。読書は能動的なものです。いかに良い読者になるかが大切なことなんですよ」

 いつごろから本好きに?

 「生まれて最初に父親に買ってもらった本が川端康成訳の『イソップ』でした。兄がよく漫画雑誌を読んでいたので、漫画の本を買ってもらえると思っていたのですが、そうじゃなかったので泣いてしまった。イメージが違っていたんですね。泣きやんだ後に、母親がその本を読んでくれました。それが面白かったので、その時のイソップの1に次いで2、3とそろえて読むうちに、本そのものが好きになりました」

 長い読書歴で培われたポリシーは何ですか。

 「本に書き込みをしない、ということです」

 傍線を引いたり、要点箇所に自分の意見を書いたり……。

 「もちろん、本を大事に扱うということもありますが、古書店で手に入れた本にはよく傍線が引かれていたり、トンチンカンな書き込みがあったりする。ああ、この人は本の内容を全然読めていない、これはいかんな、という気になって、ストレスがたまるんです。まあ、音楽でいえば、調子っぱずれの歌を聞かされるようなものですね」

 でも、自分が買った本なら、どういうふうに使おうと本人の勝手では、という考えの人も多いでしょう。

 「わたくしは年齢も年齢ですので、自分の本がいつか誰かの手に渡るということも考えますが、本というものは次の人に受け渡すものだと考えています。自分の書き込みなどなく、次の持ち主に受け渡したいと」

 そうすると、一冊の本の中で自分が大事だとか、忘れちゃいかんという箇所はノートに筆記しておくのですか。

 「いやいや、この中に……(と頭を指さす)。でも、ひと頃は書き込みをしない代わりに、本全体に白い紙のカバーをかけて、そこに何ページには何々が書いてある、というふうに一つひとつ書いたこともありますが、だんだん面倒になって来て、いつしかやめましたけど」

 古書店巡りなどいつごろからですか。

 「小学校に入ってから江戸川乱歩などを読んでいましたから、ミステリー小説には早くから関心がありました。中学生の頃には新刊では読みたい本がないときなど、古書店に行って昔の本を探すようになりました。高校生のころは(埼玉県の自宅から)神田神保町の古書店街まで行っていました。大学に入って、ミステリクラブの先輩や仲間たちと、古書店地図を手にして、東京中の古書店を一軒一軒つぶしながら、ほぼ回りましたね」

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