「やりたくないことはやらない」

読者に新しい感動や感情を発見してもらうこと

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 18歳から選挙権を持つようになった日本だが、成人はまだ20歳。「成人の日」には全国各地で大人への第一歩を祝う「成人式」が催される。19歳のときに最初の小説を執筆して、20歳のときには「作家として生きていく」という決意と覚悟を固めていたという道尾秀介さん(42)。大学卒業後もずっと書き続けて、30歳を前にして作家デビューを果たした。連続5回候補になった末に2011年、小学生の目を通して人間という生き物のもろさ、はかなさ、たくましさを描いた「月と蟹」で見事直木賞を受賞した。東京・浅草にある仕事部屋でのインタビューは、まず青春時代の回想からスタート。

 成人式といえば、会場で暴れる“新成人”の姿がテレビで流されるのが長年お約束のようになっていましたが、道尾さんは成人式には出席されましたか。

 「ええ、でも僕の時は静かでしたよ。東京の北区王子出身で、地元の北とぴあで開かれた成人式に出席しました。でも、式に出るというより、昔の友達と会いたいという気持ちだったので、そこで小中学校時代の友達と会ったら、式の途中で会場を出てしゃべっちゃいましたけど」

 その頃は大学生時代、すでに小説を書いていて、将来は作家になろうという決意というか覚悟のようなものはお持ちだったんですか。

 「19歳のときに、10年間のリミットを定めて、30歳になるまでに作家デビューできなかったらあきらめると決めました。それまでに自分の本を書店に並べたかった。当時からもう、本が売れない時代がすでにはじまっていて、作家の多くが兼業作家だったから、僕もそうなるイメージでいました。まさか専業作家になるとは」

 大学卒業後、しばらく会社勤めをしながら小説を書き続けていたわけですね。

 「デビュー前の数年間は、自分のホームページに小説を発表していました。ショートショートから短編、中編、小説形式の推理クイズまで40編以上。といっても、レベルの低い作品ばかりで、今から再利用するのもできないようなものばかりです。無駄打ちだったとも言えますが、プロになってから無駄打ちがないよう、アマ時代にいっぱい無駄打ちしていたと言えるかもしれませんね」

 自分のホームページ上でなく、いつかは自分の書いた小説が書店に並ぶことを夢見ていた青春時代。将来は売れる作家になりたいという野望があったんでしょうね。

 「いえ、その発想は全くありませんでした。自分が表現したものを、ただ誰かに味わってもらいたい、という気持ちでした。僕は小説を書く前は、メタルバンドを組んで金髪長髪でエレキギターを弾いて歌っていましたし、ゴミ捨て場のガラスや板きれを拾ってきて絵を描いていた時期や、和人形を作っていた頃もあり、ピアノに夢中になったときもありました。自分に何かの才能があるのかないのかもわからず、探してもなかなか見つけられなくて、ただ、何かを作りたい、表現したいというモチベーションだけは一貫してあった。そんな中で、小説を書くことだけはまったく飽きなかったし、自分で何度読み直しても面白いと思えたんです。文学性や文章のレベルは、全くお話にならないかもしれないけど、とにかく自分にしか書けないものが書けている気がした。もっとレベルアップして、人にも読んでもらいたい。たくさんの人でなくてもいい。僕と同じ好みを持った人にだけ読んでもらえればそれでいいという気持ちでした。たくさんの人に受け入れられるようなものを作ろうという発想は、今も昔もないんです。これ、メタルバンドをやっていたせいかもしれません。メタルのライブって、本当にそれが好きな人だけが聴きに来て盛り上がるものでしたから」

 

 ところが、2004年に「背の眼」でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞して作家デビューすると、ミステリー小説などを次々と出版。2005年の「向日葵の咲かない夏」はなんとミリオンセラー、一躍人気作家となりました。

 「自分の本が書店に並ぶようになって、まず分母の大きさを感じました。メタルのライブと比べて、出版というのは全国津々浦々の書店に自分の本が並ぶ。僕の感覚としては、そんなにたくさんの人に受け入れやすいものを書いたつもりはなかったから、はじめは不思議でした。自分のやりたいことしかやっていないのに、と。僕と好みの合う人が世の中にこんなにたくさんいたんだ、ということがわかり、すごく嬉しかったですね」

 次々と書いた本が売れる。そうすると、読者、ファンはこういうものを求めている、といういわばニーズというか、売れ筋というか、テレビ局でいうと視聴率が取れそうなテーマや題材の番組を作るような。小説なら次回作はそれでいこうというふうになりませんか。

 「狙いどころは確かにわかってくるのですが、でも今一番の狙いどころを書いても本が出るころにはもう古くなって、さらに10年たったら全く面白くなくなっているかもしれない。だから僕はそういうふうに狙って書いたことはないし、無意味なことだと思っています。幸い、僕の編集者もそういうことは言わずに、こいつは放し飼いが一番いいんだと思ってくれていて、僕のやりたいことだけやらせてくれています」

 売れるか売れないかという次元とは異なりますが、内容的に読者を一番喜ばすところ、というのはありますよね。感動のツボともいうべきところは、作家側でわかるものですか。

 「僕も作家であると同時に読者でもあるので、感動のスイッチがどこにあるかはわかります。でも、作家の仕事は、そのスイッチを押すことじゃない。こんなところにスイッチがあったのか、と読者に新しい感動や感情を発見してもらうことです」

 ひと頃、マーケティングが大流行して、消費者のニーズやウオンツを探る市場調査をもとに、新製品の開発や販売戦略が打ち出され、ヒット商品が街にあふれるという「売れるもの作り」の時代がありました。小説など出版界にもそういう流れがありましたよね。

 「読者のニーズ、ウォンツを先取りせよという時代はありましたが、小説が家電製品と違うのは、消耗品ではないという点です。いい小説は読者の心にずっと残るし、ときには死ぬまで一緒に暮らすことになる。普遍性を持つものである必要があります」

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