自分で言い出して、自分が最初に動き出した方がいい

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 なるほど。確かにその傾向はありますね。「いいね」という高評価がたくさん集積するほど、実際にいいものだという思い込みが昔より強まっている感じがしますね。やはり情報が簡単に集積できるデジタル時代の特徴でしょう。それにもともと日本人はランキングが大好きな民族です。江戸時代から大相撲の番付や美人番付、各地の名物番付など、ランキング作りを楽しんできました。今でも、土産物屋に行くと「これが人気1位」という表示があり、家電量販店では「売り上げ1位」の札がありますからね。

 「まあ、旅先でお土産を買うときや家電製品を選ぶときなど、有効な場合もあるとは思います。でも、小説は人生を変えることがある。他人の評価を判断基準にして本を買うのは、他人と同じ人生をお金で買っているのと同じです。確かに星(他人の評価)を無視するのは難しいとは思いますが、一つしか星が付いていない本をあえて買ってみたり、あるいは名前も知らない作家の本を手に取ってみたり、そういうことをした方が人生が豊かになると僕は思います」

 新聞社のニュースサイトでも他のニュースサイトでも、ネット上では人気ニュースランキングを掲載していて、「多くの人が見たニュース=重要なニュース」と思い込んで、それだけしか見ない人も少なくない。情報が自分で処理できなくなるほど大量に流れ込む現代では、自分で判断することが少なくなってきている。だからランキングがあれば便利だし、「まとめサイト」のような存在もありがたがられる時代なんですね。

 「日本人がランキング好きなのは、完璧主義者だからじゃないでしょうか。例えば、英会話を学ぶとき、日本人は間違いを恐れてなかなか上達しない。ところが、フィリピン人などアジアの国の人たちはめきめき上達する。それは相手とコミュニケーションをとるのが英会話学習のゴールだとわかっているからです。いくら文法が間違っていようと、相手と話すのが最終目標だから、ためらいなく話しかける。逆に日本人は完璧な英語を話さないといけないと思い込んでいるから、失敗を恐れて話しかけない。だからなかなか上達しない。アメリカ人も似ていると聞いたことがあります。やっぱり完璧主義者で、外国語会話の学習が苦手な人が多いんだとか」

 多くの人が読んで高評価を付けた本しか読まないというのも、完璧主義の表れかもしれませんね。たまたま手に取った本を読むと、もちろん外れもあるでしょうけど、意外な大当たりにも出くわす。そんな読書体験こそが深い感動を与えてくれる。多くの人と共有する感動ではなく、自分だけの感動を。

 「誰かが大好きなものは、えてして誰かが大嫌いなものなんです。例えば、大好物は何ですかと聞かれたとき、僕は鮒(ふな)ずしと答えますし」

 確かに、好き嫌いがはっきり分かれますね。

 「親戚が滋賀県にいて、子どもの頃からよく食べていたんです。今でもネットで取り寄せて食べますよ。独特さが、やっぱりいい」

 さて、ここで道尾さんのポリシーをお聞かせください。今までのお話で大体出てきた内容かもしれませんが。

 「一番大事なのは、やりたくないことをやらない、ということですね。例えば、小説のこの部分にこの一行を足せばもっと読者が増えるとわかっていても、書きたくなければ絶対に書かない。書きたいことだけを書く。やりたいことだけをやる。小説以外にも、音楽のほうで仕事をしたり、テレビのクイズ番組の問題を作ったり、出演したり、いろんなことをやっていますが、少しでもやりたくなければ、それは即座に断っています」

 やりたいこと、やりたくないこと、その境は何ですか。

 「自分の判断力、感覚を信じるだけですね。もちろん、成長とともに常識のレベルが上がっていくので、やるべきことのレベルも上がっていきますが、自分の足が着いている場所は変わらない。自分の判断力というベースの上に、いつも立っています」

 やりたくないことを減らす、逆に言うと、自分の周りの環境の中に好きなことを増やす。そのためにどのような生活の工夫をされていますか。

 「言い出しっぺになることじゃないでしょうか。人が持ってきてくれるものに、本当に気に入るものは少ない。だったら自分で言い出して、自分が最初に動き出した方がいい、という単純な発想で」

 仲間の集め方、作り方は?

 「いろいろです。仕事でお付き合いした方が、いつしか友達になったり、飲み屋さんでいきなり知り合ったり、あるいは好きなアーティストのライブに通ううちに、あちらから声をかけてくれて仲良くなったり」

 飲み屋、居酒屋にも行かれるんですか。

 「浅草なので、まわりにいい店がたくさんあります。子どもの頃、北区王子に住んでいて、よくこのあたりには来ていたから、仕事場ならここにと思って浅草を選んだのですが、いまは外国人を含めてたくさんの仲間ができたし、馴染みのお店もたくさん増えました」

 居酒屋となると、有象無象がひしめき、酒癖の悪いやからもいるし……。

 「その有象無象が面白い。飲み屋さんでは、その人のパーソナリティー以外は大事じゃない。年齢とか、何の仕事をしているとか、どこにお勤めですかなんて滅多に聞かない。お互い、ただひたすら人格だけに興味を向けるという、なかなか特殊な場所です」

 お酒はお好きですか。

 「好きですよ。まず生ビール一杯。次にワインだと1本くらい。あるいはスコッチウィスキーをロックかソーダ割りで何杯か。和食なら日本酒や焼酎も。食べることが好きで、和食のお店に行ったら、次は洋食のお店というふうに、飽きないようにしています。ただ、仕事をしていると食べることを忘れることもあります。気がついたら3食くらい食べていなかったことに、手が震え出してからハッと気づいたり。でも、不健康だと思ったことはありません。野菜が好きなので、スロージューサーで野菜ジュースを作って飲んだり、その絞りかすで出汁をとってスープを仕込んだりもします」

 何ですか、野菜といってもいろいろありますね。

 「ピーマン、ニンジン、パプリカ、コマツナ、ホウレンソウ、トマト、キャベツ、それに白菜など旬の野菜やリンゴも入れて絞って、ヨーグルトを足して飲みます。すごくおいしいですよ。溜まった絞りかすで作ったベジブロスも、コンソメスープのようでおいしい。抗がん作用もあると後から聞きました」

 健康のために、何かしていますか。

 「もう長いこと健康診断に行っていませんけど、健康だと思います。音楽の仕事で運動もできていますし。ギターや歌の他に、ボーンズというアイルランドの木のスティックの楽器を演奏するのですが、これがけっこうな全身運動で、いつも汗だくになるんですよ」

〈次回は2018年2月12日(月)深水黎一郎氏掲載予定〉

 

道尾秀介(みちお・しゅうすけ)
1975年生まれ、東京都出身。2004年「背の眼」で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞しデビュー。07年「シャドウ」で第7回本格ミステリ大賞、09年「カラスの親指」で第62回日本推理作家協会賞、10年「龍神の雨」で第12回大藪春彦賞、「光媒の花」で第23回山本周五郎賞、11年「月と蟹」で第144回直木賞を受賞。近著に「風神の手」「満月の泥枕」などがある。オフィシャルサイトhttp://michioshusuke.com

取材を終えて  ジャーナリスト 網谷隆司郎

 「文章は長ければ長いほど肉声に近づいていく」
 道尾秀介さん(42)との2時間近いインタビューの中で、この言葉が今も私の心の中で響き続けている。そうだ、その通りだと。
 かなり前からツイッターやフェイスブックをやらないかと、多くの知人、友人から誘われた。だが、今もってやっていない。単にデジタルに疎いおじさんだからではない。一つには、私がおしゃべり男だからだ。相手から何か言葉が送られてきたら、律儀な?私はほとんど必ず返信を書く。それもかなり冗舌に。当時は現役の新聞記者だったから、毎日たくさんの友人・知人に返事を書く暇はないとハナから関心を持たなかった。
 もっと若かったサンデー毎日記者時代は、取材でお世話になった方に掲載誌を送るとともに、必ず手書きの礼状を便箋3〜5枚書いて入れていた。毎週5〜10人に宛てて、一人ずつ内容を変えて万年筆でサアーッと約1時間で書き上げる。礼状魔と呼ばれた。カナ釘流だったが、手書きの手紙が珍しくなりかけた頃だったからか、後にわざわざ感謝の電話をいただくこともあった。
 取材で顔と顔を合わせ、電話で話をし、手紙で互いの息遣いを確かめ合う。道尾さんのいう「肉声・肉眼」の世界が当たり前の時代が、1990年代半ばまで確かにあった。
 その当時読んだ新聞記事で面白い表現があった。パソコンが普及し始めた頃だろう。世の中に三つの人類が共存しているという内容だ。コミュニケーションの取り方による分け方で、「メン人類、セン人類、テン人類」の3つ。
 顔と顔、面と面を突き合わせての会話を得意とする「面人類」。家庭や職場の固定電話で話す「線人類」(当時はまだ電話線が敷かれていたから声は線を通って流れるものと思われていた)。もう一つは、パソコン、ポケットベル、携帯電話などの液晶画面に出る文字がドット(点)なので「点人類」。
 人類の歴史上、圧倒的に面人類の支配が長く続いていたが、19世紀の電話の発明以来、線人類が地球上に蔓延(まんえん)するようになり、そして21世紀の現在、顔も知らない者同士がネットでつながれて国境をも越えて連絡し議論もできる点人類の天下になりつつある。
 ツイッター、フェイスブック、ライン、インスタグラム……といった次々と現れる文明の利器を操る点人類たち。その主流は若い世代で、おおむね文章は短めだ。何が言いたいのかわからぬ冗長な文章は願い下げだが、100字前後の短文で自分の感情や意見をはっきりと表明できるかどうか。
 だからか、論理より感情をむき出しにした非難の応酬、罵詈(ばり)讒謗(ざんぼう)が続き、揚げ句の果ての炎上騒ぎとなる。匿名だと余計に興奮度が高まり、心の奥深くに秘めているどろどろの負のパワーをどっと吐き出したうえに、相手を公開私刑するようなケースもある。
 「肉声・肉眼を重要視しない人は文章を重要視しない人でしょう」という道尾さんの言葉に、今の文明への危機感が込められているのかもしれない。
 大学1年生の夏、旅先で出会った同い年の女性のことが秋口になって急に恋しくなり、20歳になった夜、一念発起、便箋に万年筆を走らせた。3時間で一気に26枚書き上げ、読み返さずにそのまま投函(とうかん)した。激しい恋情をおくびにも出さず、北国の自然の移ろいを叙して我が恋心を重ねたラブレターだ。2週間後、返事が届いた。ドキドキしながら封を切ったら「あなたの文章が素晴らしかったので……」という書き出しが目に入り「やった!」と跳び上がった。が、そのあと、こう続いた、「一人で読むのはもったいないと思って母と一緒に読みました」と。確かに長い文章には肉声が詰まっていた!

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