嗜好と文化2017トークショー

第1部 第70回日本推理作家協会賞の受賞者紹介トーク

 

 第1部の第70回日本推理作家協会賞の受賞者紹介トークは、「愚者の毒」で長編及び連作短編集部門を受賞した宇佐美まことさん▽同部門選考委員のあさのあつこさん▽「黄昏」で短編部門を受賞した薬丸岳さん▽同部門選考委員の道尾秀介さん――の4人が登場した。司会はフリーアナウンサーの海賀美代子さん。(以下敬称略)

 恒例である、受賞作のあらすじを。まずは宇佐美さん。

 宇佐美 舞台は現代と1985年のバブル前期、65年の高度成長期の三つの時代に分かれています。現代の場面は伊豆の高級老人ホームに入っている一人の女性が過去を回想するシーンから始まります。85年に東京で女性の親友ができるんですが、早い段階で「彼女を殺した」という述懐から始まる話。2人の女性の過去があらわになっていくんです。

 執筆のきっかけは?

 宇佐美 はっきりしていて、中3の男の子と女の子の写真が炭鉱の写真集にあり、心を引かれたんです。男の子が射抜くような視線をしてるのに、女の子は男の子の帽子をひょいと取って、あっけらかんと笑っているような写真。物語が生まれてくるような気がして、いろいろ想像していると話が膨らんできて、2人の人生を書こうと思ったんです。

 一番苦労したのはどの部分でしたか。

 宇佐美 舞台が東京の武蔵野と筑豊の炭鉱町ですが、両方行ったことがないんです。資料を読み込んで後は想像力をかき立てて書いたんです。読んだお年寄りから「宇佐美さん、炭鉱で働きよったんかな?」って言われて「違うんです」って言ったら「若いのに苦労しとるなと思ったんよ」って。うれしかったです。

 第2章「筑豊挽歌」では、匂いや温かみ、空気まで感じるようでした。

 宇佐美 自分の中で勝手に作り上げた場面です。怪談ばかり書いてきたんですけど、怪談は書かないところを想像してもらうっていう手法を取ると一番怖いんです。今回も、場面場面を頭の中で映像化してもらえると一人一人の物語が出来上がるなっていう感じで書きました。

 あさのさん、ノミネート5作品から選考した、評価のポイントは?

 あさの 一番、何かその人間の重さみたいなものが、ミステリーと絡んで、ストンと落ちてきたっていうところがあって。ミステリーのからくりというか、殺人の、犯人の割り出し方、殺人方法ではなくて、人を殺さざるを得ない、あるいは殺してしまった人間を、リアルに感じたんです。それで「筑豊挽歌」で書かれた一人一人の人間の存在感みたいなものが、匂いとか、音とかが伴って迫ってきたんです。小説、物語の根幹を成す、人を感じさせる力はすごくあって。小説として、書くべきものがちゃんと書いてある。作者が、人に対するこだわり、書くべき人間を必死に追いかけている感じで、協会賞にふさわしいと感じました。

 宇佐美 ありがたいの一言です。私はとにかく人間に興味があって、人間が好きです。掘って掘って掘り返すといくらでも書ける存在だと思うんです。もっと追求して書いていきたいと思います。

 薬丸さん、「黄昏」のあらすじをお願いします。

 薬丸 あるアパートの一室から、スーツケースに入れられた遺体が発見される。住んでいた華子という40代後半の女性が逮捕され、遺体は華子の母親で、3年ぐらい前に亡くなって部屋に遺棄していた。そこで東池袋署の刑事・夏目たちが遺体をなぜ隠し続けていたのかを捜査する、という話です。夏目シリーズは社会問題を取り込みながら書いているんです。年金を不正に受給しようと思って肉親の死を隠していた事件、介護の問題などが盛んに報じられ、高齢者にまつわるものを題材にと思いました。

 どのように背景を調べるのですか。

 薬丸 今回の作品に関しては、関連本などを読んだぐらいです。今回の作品で夏目刑事は東池袋署から異動になり、東池袋署最後の事件で、新たなシリーズの幕開けでもあり、栄誉ある賞に選んでもらい、特に思い出に残る作品になりました。

 苦労もあったと思いますが。

 薬丸 この作品だから特にという苦労はないです。夏目シリーズでは、トリックをなかなか思いつけなくて、人の気持ち、心の機微みたいな部分が動機とか真相につながっていくことが多いので、毎回大変ですね。

 構想は長くあったのですか。

 薬丸 今野敏代表理事から「推理作家協会で出すアンソロジー、短編を1本書いて」とお願いされて、半年ぐらいです。「シリーズものだとキャラクターが出来上がっているので書きやすいのでは?」という質問を受けるんですが、難しいというか、何か思いついても「前にやったのと似てるな」みたいなのがあったり。やっていないことを精度も完成度も上げていかなきゃいけないのは、大変ですが、やりがいはあります。

 ノミネート5作品から選ばれましたが、道尾さんの評価のポイントは?

 道尾 事件が“実際にありそうなこと”なので、小説として面白くするのが難しいはずなんです。加えて登場人物も、現実に居そうな人たちで、これも実は一番書くのが難しい。読者を引っ張るのに、しっかりとした筆力が必要になってくるんです。例えば古畑任三郎とか刑事コロンボといったエキセントリックなキャラクターが居ると、それがフックになって読者を捕まえてくれるんですけど、普通っぽい人物の場合、ツルツルした真っ平らな所を読者が自分でつかまなきゃいけない。これはなかなか体力が要ることです。それをやらせる筆力が薬丸さんにはある。それから、細部へのこだわりですね。ともすれば読み流してしまうような箇所なのですが、例えば、とても悲しい登場人物の名が「幸田華子」。幸せの華。その皮肉と、そこに込められた希望。説明するのではなく、読者のほうが、読みながらそれに気づく。まさに小説の醍醐味(だいごみ)ですね。

 薬丸 照れくさいですね。一生の思い出になります。地味だという意見もありましたけど。夏目シリーズに関してはやっぱりそういう書き方ですね。

 目標、描きたい題材は?

 宇佐美 人間を深く掘り下げて、重厚な人間ドラマを書いていきたいです。それと、実際の人生で大ハッピーエンドはないと思うんです。ちょっとした幸せを大事に育てていくと一生やっていけると、そんな強さを人間に書いていきたい。

 薬丸 今、取り組んでいる作品を、今までの作品とはガラッと違うものも含まれていますけど、いい形で完成させて本にすることが大きな目標です。今までやってきたタイプの作品もさらに深く、そういうものと全然違う幅のある仕事も、やっていきたいです。

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