海洋学部海洋地球科学科 久保田雅久教授 海を観察すれば気象が見える 浮遊ゴミ 解決の手がかりにも

--海洋の状態を観測するための技術を教えてください。

 海洋の状態を常時観測するシステムに「アルゴ(Argo)」があります。海洋に観測機器が入ったフロートを投入します。まず水深1000メートルにとどまり、時期がくるとフロート自身で水深2000メートルまで落下します。次に海中の水分や塩分を観測しながら再び自動で海面に浮上し、衛星にそのデータを送信します。そしてまた海中に潜っていく、この繰り返しです。これらのデータは海水温や気象の予測に役立てられます。全世界で3000個を目標にしていましたが、2007年にそれを達成しました。フロート数が多いのはダントツで米国が1位です。日本は現在3位ですが、長い間2位でした。気象庁は長期予報の精度を上げることを目的にアルゴシステムを投入しています。

--気候変動の実態に迫るために必要なことは何でしょうか。

 さまざまなアプローチがあります。今の状況でいうと一つは数値モデルの利用でしょう。現在の天気予報は数値予報と言われ、微分方程式を差分方程式に直し、大型コンピューターを使って予報しています。あくまで差分方程式で近似的に計算しているのです。しかし、それだけでは計算結果が間違った方向にいく可能性もあるので観測データを常に取り込んで、数値モデルを走らせています。観測データと数値モデルの両方を活用して、予報精度をあげているのです。

 しかし気候変動のような長い時間に関する研究で難しいのは、過去のデータがあまり存在しないことです。しかしながら、気候研究でも過去のデータが足りないなりに、さまざまな観測データを駆使して、コンピューターを使って調べるというのが主流にならざるを得ないものと考えられます。

--観測データを生かすためにもコンピューターの活用が求められるのですね。

 はい。ただ危惧する面もあります。CG(コンピュターグラフィックス)と同じで、数値計算技術が進歩すればするほど、それが数値モデルだということを忘れ、数値シミュレーションの結果を現実のものと錯覚したり、混同したりするようになることです。

 若い人の中には現実の事柄には興味がないけれど、シミュレーションの中での気候変動の予測には興味を持つといった人もいるでしょう。しかし、真実は現実の中に存在するのですから、現実を知る手段である観測の大切さを決して忘れてはいけません。観測作業はいわば「3K」で、若い人にとって魅力的に映らないかもしれません。しかし、その重要性を十分に認識して、初めてコンピューターの威力が生かされるわけですから「現実を常に意識して数値モデルを走らせる」ということを考えていかないといけません。

 気象予測に数値モデルは圧倒的な力を持っています。だからこそ数値モデルに厳しい目をもっていかないと危険だと思います。

--研究室での活動を教えてください。

 大きな柱は衛星データを使って海面の熱のフラックス(輸送量)を推定することです。海面では大気から海へ「短波放射」、その反対に海(地球)から大気へ「長波放射」「潜熱」「顕熱」といった形で熱のやりとりが行われており、人工衛星はそれを地球規模で測定しています。ちなみに、放射を測れば、物体の温度も測ることができます。すべての物体はその温度によって熱放射をしているからです。この原理を利用したのが放射温度計です。我々の研究室では、主に、「潜熱」と「顕熱」の全球での分布を衛星データから推定し、その結果を解析することによって大気と海洋の相互作用について調べようとしています。

 いろいろと調べてみると、同様の研究をドイツのハンブルグ大学と米国のNASAがすでにやっていました。それを知った時に実は「同じようなことを自分たちが無理してやらなくてもいいかな」と感じたこともありましたが、結果的に見れば3か国で切磋琢磨(せっさたくま)し、いろんな議論ができて、この分野の発展につながったと思います。今ではこの研究室からのプロダクトを世界一にしたいと思って研究を行っています。

--海の実態を解明していくことの面白さはどこにありますか。

 スケールが大きく、夢があることでしょう。しかしながら、率直にいうと、この分野の面白さが時代とともに変わってきたように感じます。海洋物理は元々理学的でしたが、現在はアプライド・サイエンス(応用科学)に近くなってきました。社会の何に役にたつのか、どう貢献するかと求められるのは、サイエンスにとって良い面も悪い面もあります。海洋物理も現実的な学問に近づいて来て、おもしろい面と、ロマンということからするとそれがちょっとつらいこともあります。

--海洋分野に興味を持ったきっかけは何でしたか。

 小学校の時に潜水艦ノーチラス号の冒険を描いた「海底2万マイル」を読んで、自分も大人になったら潜水艦を作って海に潜ってみようと思っていました。しかし戦闘機のエンジンを作る仕事をしていた父から「潜水艦を一人で作れると思うな。一人の人間には潜水艦の一部しか作ることはできない」と言われ、「それなら外側の海のことをやったらおもしろいだろう」と考えるようになりました。それがきっかけかもしれません。しかし私は船に弱く、早い段階で船に乗ってしまったら、絶対にやっていなかったですね。

--今後取り組んでいきたいテーマを教えてください。

 今の時代、定年になってからもウェブなどで世界中のデータを取得できて、自分の家でも研究が可能です。やるとしたら海面のフラックスや大気海洋相互作用がテーマとなります。

 ところで私はカミキリムシに非常に興味を持っています。自然界の中に入り、その空気を吸うだけで生き返った気持ちになります。今はその時間がとても貴重です。定年後にも海洋と昆虫、ちょっと両方やってしまおうかなと思ったりもして、実は迷っています。

--学生へのメッセージをお願いします。

 見かけにとらわれすぎて、失敗したりすることや、無駄が多いように感じます。学生には、すべてのことに対して常に本質を見るようなスタンスを心がけるように言っています。

 研究室でのプロダクトを作るときも、「世界一をめざそう」と話します。だれも知らなかった情報を一つでも見つければ、もうそれだけで研究としては十分だと思います。今の若者は目の前にたくさんの山があったら、山の前をうろうろしているだけで、なかなか登ることをしません。迷っている間に時間はどんどん過ぎていきます。登ろうとする気力も時間とともに減退するかもしれません。それよりは、少しでも高い山にすぐに登ってみることが大事です。若いときは苦しくても、勢いで高い山に登ることができます。高い所からは、周りの山の高さを知ることができ、今までには見えなかったいろいろなものが見えます。それが大事だと思います。自分の登った高さが高ければ高いほど、他の高い山も見えてきます。分野に関係なく一流のものを見たり、聞いたりして感性を磨くことも自分の分野で高いところに登るためには必要に思います。

東海大学海洋学部海洋地球科学科
久保田 雅久(くぼた まさひさ)
1981年東京大学大学院博士課程修了。1981年4月に東海大学海洋学部海洋工学科助手、1982年4月に講師、1987年4月に助教授、1992年4月から教授。1985-1986年にフロリダ州立大学客員研究員。1995年に東京大学気候システム研究センター客員教授。1996年に海洋理工学会論文賞、1998年に松前賞,2001年に日本気象学会堀内賞、2012年にPORSEC Science Awardを受賞。専門は海洋物理学・海洋気象学。著書に「海洋の波と流れの科学」(共著)など。

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