奥が深い観光学で日本を元気に 里山はワンダーランド 地域の魅力を見いだせ

--森林や里山といった自然を、観光と結びつけて考えるツーリズムはなぜ重要なのでしょうか。

 今、日本の観光施策で求められているのは、たくさんの外国人を迎えて観光で利益を得ることです。昨年インバウンドで1000万人を達成したので、今度は2000万人にといった感じです。観光で外貨を獲得するのです。ただ、今の外国人観光は東京に入り、富士山経由で、京都を散策して関西国際空港から帰国するような「ゴールデンルート」が主流です。お金は、東京や京都に落ちますが、そこから先をどうするかが課題です。

 お金の循環は、血液の循環のようなものです。心臓から毛細血管まで血が巡っているから人は健康に生きられます。ゴールデンルートはいわば心臓や大動脈です。日本が健康でいるためには、毛細血管である片田舎にもお金を巡らせる必要があります。昭和時代にはお金を流すために地方に工場を誘致しましたが、今、期待されているのがツーリズムです。東京で得たお金を、地方に循環させるのです。地域にお金を流して波及効果を生むために森林や里山を活用します。

 もちろん外国人だけではなく、観光で稼いだ都会の日本人が田舎へ国内観光しても、お金が循環します。多くの観光客を引きつける名所旧跡やパワースポットは至る所にはないので、里山に注目するのです。山とそこに流れる川。里に住む人。里山の魅力を明らかにして、一定数の都会人が里山と交流する体制をつくらないと、日本は潰れていってしまいます。

 日本では、明治時代に西洋人が入ってきて、登山やキャンプ、海水浴など自然に親しむ活動を持ち込みました。そして昭和50〜60年代に農家が減って、自然と触れ合うこと自体がツーリズムとして成立し、平成になって加速します。普通の里山でも、アイデアひとつで人が訪れるようになりました。里山や森林を観光に結びつける研究をしっかりやって、地域が無理せず疲弊せずに暮らせる基盤を整えるのです。そのためには、目的地の自然を理解し、感じて、面白いと伝える、あるいはその魅力をつくってくれる人材を育てなくてはいけません。一見地味ですが、日本の観光学として強く求められている人材です。

--観光学を学ぶことは、私たちの職業や暮らしとどのように関わってくるのでしょうか。

 都市計画の専門家や企業経営のスペシャリストはたくさんいます。でも、観光に焦点を当て、みんなで手を取り合って地域を管理し、会社経営にアドバイスできるような、全体への目配せがきく良い人材は十分にはいません。例えば、旅館業はいまだに中小企業が多く、経営のノウハウや地域内連携が弱いために次々と消えています。本来であれば日本という文化を最も代表する業種であるにもかかわらずです。観光地や観光産業を、しっかりつくり直さなければいけないのです。

 また、観光学の究極の意義は、人生を豊かにすることです。日本人には、レジャーとかレクリエーションに対して変な心のしばりがあります。先ほど言ったとおり、日本のレジャーは娯楽一辺倒です。でも、レジャーとは実はそうではありません。自分の自由裁量時間に自分をよりよく生かし、いい人生を暮らすためにどうしたらいのかと考えるのは、とても大切なことです。人生80年で約70万時間ありますが、働いている時間はせいぜい10万時間。これに対して余暇時間は3倍近くの30万時間弱あります。自由裁量時間に何をしたら幸せなのか、そのスキルを高めることのほうが、仕事のノウハウ獲得よりも、人生にとってはよっぽど大事ではないでしょうか。

 ところで、5年前にしたパチンコ遊びや宴会は覚えてないけれど、パリやバンコク、香港に行った旅行なら覚えていますよね。人生の中でいつまでも長く記憶に残るレジャーが観光です。観光学を真剣に学ぶと、観光の大切さがわかり、本当に充実した人生を送れるようになりますよ。

--東海大学観光学部・観光学科の特色をお聞かせください

 1学部1学科で、1学年200人以上が学んでいます。「観光文化」「サービス・マネジメント」「レジャー・レクリエーション」「地域デザイン」の四つの分野を設定し、自由に選択できます。3年次からの必修卒論ゼミはある程度の専門性がありますが、1、2年次生はモラトリアムです。入学時に「大手旅行代理店に入りたい」とか「キャビンアテンダントになりたい」と言っていても、モラトリアムの間に「一番やりたかったのは実は地域デザイン」だったと気づく学生も少なくありません。いろいろな科目群から自由に選択させ、最終的にどの分野のスペシャリストになりたいのかを決めてもらいます。自分に合った学びのスタイルがとれると思います。

--2年次生から学外実習があるそうですね。

 アメリカや西表など、国内外を問わず実習・研修であちこち出かけています。インターンシップ先も50社を超えています。インターンシップではありませんが、1年次には夏休みにANA(全日本空輸)グループの職場訪問などができます。体験メニューは豊富です。

--卒業後の主な進路はどのようなところになりますか。

 どこの観光学系大学もそうなのですが、旅行や運輸、宿泊系が多くて3割ぐらいでしょうか。それ以外では、サービス業界や役所、地域コンサルタント、ブライダル、銀行への就職もあります。

--ご自身はどんな学生生活でしたか。

 農学部の林学科にいたので、森に関するあらゆる勉強をしていました。トータルで年に2〜3カ月は山に入って実習や調査をしていました。木の成長を測り、砂防ダムの設計もしました。木の種類を覚え、アブラムシの観察もしました。合宿で寝食を共にした同級生には隠し事もできないので、とても仲良くなります。今もしょっちゅう同窓会で集まっていますよ。

--今の研究分野に興味を持ったきっかけを教えてください。

 自然は好きでした。茅ケ崎の海辺で育ったので、山を目指しました。全く論理的ではありませんね(笑い)。国立公園の自然保護レンジャーになりたくて、国家公務員試験も受かっていたのですが、結局大学院に進んだら研究が面白くなって森の研究所に行きました。研究者に転身したのは、調査したことを論理的に書いて後世に残すことに魅力を感じたからです。研究は積み重ねで、先人の成果の上にちょっと私が載せて、またその上に研究が積み重なっていく。そのダイナミズムが好きです。

--今後取り組んでいきたいテーマは、どんなことでしょうか

 観光学をきちんと体系化していくことですね。本当は、自然地域を観光する「ネイチャーベースドツーリズム」の研究を集中してやりたいのですが。今は放っておくと村が消えてしまう時代なので、「里山資本主義」のように「むら」を総合マネジメントする研究が必要だと考えています。そのために、まず観光学を体系化し、次に日本の里山や過疎地域に、「人」と「お金」と「楽しみ」が循環するシステムどう起こすか、そのためには何が必要なのかを探る研究を進めたいです。

--最後に学生や若者へのメッセージをお願いします

 観光学は奥が深い学問です。観光という活動を通じて人々が幸せに暮らすための仕組みづくりです。コミュニティーに入って人を動かす、そういうことに興味のある人にたくさん来てほしいと思います。東海大学観光学部のキャッチフレーズは「ムーブ:人を動かすって面白い」です。「今まで気がつかなかったけど、ここって本当に面白い」、と地域のすばらしさを発見して、ほかの人に伝えていく。それが観光です。里山は人によっては何にもないつまらない場所に映るかもしれませんが、わかる人にはこの上なく面白いワンダーランドです。そうした地域のすばらしさを見いだす力を養ってほしいですね。

東海大学 観光学部 観光学科教授
田中 伸彦(たなか のぶひこ)
1966年生まれ。東海大学観光学部観光学科教授。東京大学農学部林学科卒業、博士(農学:東京大学)。農林水産省森林総合研究所研究員、林野庁研究・保全課研究企画官、独立行政法人森林総合研究所上席研究員などを歴任し、2010年より現職。専門は、観光学、森林風致計画学、造園学、レジャー・レクリエーション学。
東京都農林漁業振興対策審議会専門員、茨城県つくば市緑の基本計画策定委員会委員、林野庁林業普及指導員資格審査試験委員などを歴任。現在、国際森林研究機関連合(IUFRO)6.03自然地域観光部門副委員長や日本レジャー・レクリエーション学会常任理事、農村計画学会評議員、日本造園学会関東副支部長などを務める。
[主な著書]「丹沢の自然再生」(分担執筆:J−FIC)、「教養としての森林学」(分担執筆:文永堂出版)、「魅力ある森林景観づくりガイド」(編著:全国林業改良普及協会)など

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