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五輪フィギュア

羽生、走り続ける王者

男子SPを前にリンクで調整する羽生結弦=江陵アイスアリーナで2018年2月16日、佐々木順一撮影

 平昌冬季五輪は第8日の16日、フィギュアスケート男子のショートプログラム(SP)が始まった。

 2014年2月14日。ソチ五輪で当時19歳の羽生は日本男子として初の金メダルを獲得した。この時から羽生は、すでに平昌五輪へ向け走り始めていた。

 ソチでも「絶対、金」と思って臨んだ。ショートプログラム(SP)で当時の世界歴代最高得点を更新して首位発進したが、フリーは2度転倒。それでも他の選手にもミスが続出して1位を守った。「うれしい半面、悔しい」と複雑な気持ちだった。

 ソチを終えた後の春、羽生は関係者から現役をやめるのかと聞かれると、即答した。「やりたいです」

 ソチに至るまでも右足首をけがしたり、左膝を痛めたりと故障の連続。上げた脚を背中に沿わすような姿勢で回転するビールマンスピンで負担がかかる腰にも痛みがある。4年後まで活躍し続けられる保証もない。金メダルを獲得した絶頂のまま現役を退けば、美しい形でやめられるのでは、と気遣う人も少なくなかった。

 それでも羽生は新たな目標を定めていた。

 「次のオリンピックも狙います」

 そこで周囲は、休養を勧めてみた。五輪後にしばらく休んで酷使してきた体をいやしてから、再び次の五輪を目指す選手は世界的には多い。だが羽生は「休んだらダメ」とそれも拒否して、戦いを続けてきた。

 勝負の場から離れることなく常にスケート界の最先端に身を置いたから、男子フィギュア界の変化にも敏感だった。高難度の4回転ジャンプが必要と感じ、自ら挑戦して世界を引っ張った。ソチ五輪の後、世界歴代最高得点はSPで3回、フリーで3回、合計で2回更新。今も当然、すべての世界歴代最高を持つ。

 ソチの頃はトーループ、サルコウの2種類だけだった4回転に、今ではループ、ルッツも加わった。昨シーズンまでグランプリファイナルを4連覇し、昨年は世界選手権も3年ぶりに優勝。「間違いなくソチの時よりも成長した」と自負している。

 けがからの復帰戦でもあり、平昌入りしてからも各国のファンやメディアからの関心が沸騰しているが、それを楽しみ、連覇という自分一人にしかできない挑戦を前に、わくわくしているように見える。

 「たくさんの人々に、自分のスケートをみてもらえる。それがプレッシャーにもなるのかもしれないけど、精いっぱい受け止めたい」。世界の注目を浴びるなか、連覇への一歩を踏み出す。【福田智沙】

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