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Promises 2020への約束:仲間導く「司令塔」 両角友佑×吉田亜沙美

五輪の魅力について笑顔で語り合う両角友佑(左)と吉田亜沙美=東京都千代田区で2018年3月30日、根岸基弘撮影

Promises 2020への約束

仲間導く「司令塔」 両角友佑×吉田亜沙美

 平昌冬季五輪が幕を閉じ、2020年東京五輪へとバトンは受け継がれた。競技の枠を超えて思いを語り合う「Promises 2020への約束」は冬季と夏季の両競技の「司令塔」が顔を合わせた。20年ぶりに五輪出場を果たしたカーリング男子のスキップ両角友佑(33)=SC軽井沢ク=と、16年リオデジャネイロ五輪バスケットボール女子代表のポイントガード(PG)吉田亜沙美(30)=JX―ENEOS。仲間を導く手法は対照的だが、高みに至る道のりは一つではない。(対談は3月30日に実施)【構成・田原和宏、小林悠太、写真・根岸基弘】

    ゲーム組み立て 支え

     両角 SC軽井沢クラブで、カーリングをしています。両角友佑といいます。よろしくお願いします

     吉田 JX―ENEOS所属の吉田亜沙美です。よろしくお願いします。

     両角 Wリーグ10連覇、すごいですね。敵なしという感じですね。

     吉田 そんなことないです。

     両角 カーリングやったことないですよね?

     吉田 ないですね。

     両角 軽井沢に来てもらいたいですね。氷の上だと楽しいのですが……。

     吉田 行きたいです。

     両角 これがスイープなどに用いるブラシなんですが。

     吉田 意外と軽いですね。

     両角 どんどん軽くなっています。僕らがカーリングを始めた頃は1キロ弱あった。いまは270~280グラムしかない。

     吉田 もっと重いのかと思っていました。スピードとか方向とか、投げる瞬間に計算しているのですか。

     両角 僕はスキップというポジションで、指示を出す専門。カーリングは4人1チームで順番に投げる。4番目の選手の多くは、サークルのある反対側で指示を出す。1番目の選手が投げる時は2、3番目の選手が氷をゴシゴシ。2番目の選手が投げるときは1、3番目の選手がゴシゴシ。指示を出すスキップが投げる時は、3番目の選手が代わりに指示して、1、2番目の人がゴシゴシ。1、2番目の選手がよくゴシゴシするので、スイーパーと呼ばれます。手を離した瞬間の石を見て、大体どこで止まるよと言う。弱ければ掃く。スイープは距離を伸ばすことしかできない。

     吉田 掃かないのですか?

     両角 僕は実はあまり掃かない。ブラシを持ってきてなんですけど(笑い)。

     吉田 すごく疲れそうですね。

     両角 スイーパーは背中と胸が疲れる。思い切り体重をかけて、なるべく速く動かすのがポイント。基本的に僕は偉そうに指示を出すだけなので(笑い)。ストーンは右か左に回転を掛けて投げる。掃くとその曲がりを抑えられる。だから「掃いて」というのは曲げたくない時。僕はその指示をするだけ。そこはバスケの司令塔とは違います。ただ口を動かすだけ(笑い)。投げる格好をやってみますか? 左手にブラシを持ち、しゃがんで。右手にストーンを持つイメージで、サッと投げる。

     吉田 投げる人もブラシを持つのですね。

     両角 バランスを取るために持ちます。(投げるフォームを見て)やっぱりうまそう。運動している人はうまいです。

     吉田 ブラシのこする部分は換えますか。

     両角 1試合に1個です。汚れると重くなる。ようやく1試合1個使えるようになりました。1個3500円。チームで年間100~200個ぐらい使うので、最初はなかなか毎試合新しいものを買えなかった。

    スタイル曲げない

    平昌冬季五輪カーリング男子代表の両角友佑。スキップとしてチームを引っ張った=東京都千代田区で2018年3月30日、根岸基弘撮影

     ――2人とも司令塔。それぞれの競技で司令塔の役割などについて教えてください。

     吉田 バスケットの司令塔というとゲームを組み立てるほか、パスを他の選手に配球する。自分で攻めることもあります。この場面で、このプレーがいいという状況判断をします。シュートを打つ選手をいかにノーマークの状態にしてパスを出すか。司令塔とはゲームメークだとも言えます。もちろん攻撃だけでなく守備もします。バスケは体がぶつかる競技ですが、カーリングはむしろ頭を使いそうですね。頭が良くないとできなさそう。

     両角 そう思ってもらえて得しています(笑い)。実際はそれほどでもないです。得点のパターンが大体決まっていて、毎回三つぐらいの選択肢から指示を選ぶ。どれが正解というのはなくて、うちのチームらしい作戦を選ぶ。リスク覚悟で、相手のミスを誘うような作戦。答えは決まっているから、それほど頭を使うわけではない。カーリングは、1回のエンドは8投ずつ。10エンドだから80投ずつ。試合は約3時間だが、みんなで集まって考えるようなことは1試合に1投あるかないか。むしろバスケは瞬時に判断して決めないといけない。その方が頭を使うのでは。

     吉田 パッとひらめくという感じですね。

     両角 僕らはゆっくり考えることもできる。みんなで話して、答えを出してプレーできる。

     吉田 私はあまり考えずにやってしまう方です。司令塔なんですが、シュートする時もパスする時も考えてプレーするという感じではないです。だから、「いまどうやったのか教えて」と聞かれても教えられない(笑い)。

     両角 天才じゃないですか(笑い)。僕はどちらかと言えば、説明することは得意。タイプが違うんですね。

     吉田 私は説明するのが苦手(笑い)。バスケは指示を出して、どう動くかが決まります。どのプレーを選択するかは動きながら。若い選手がPGを務めると何を選択するか悩むことが多いですが、私は何も考えず、瞬間的にしたいと思ったプレーを指示するだけ。経験すれば大丈夫なんですけどね。自然とゴールできますよ。例えば、絶対にこの選手にシュートを打ってもらいたいからこのプレーとか。フォーメーションが大体決まっているので、そこの選択肢はありますが。

     両角 何パターンあるんですか。

     吉田 私のチームは結構あります。10パターンぐらいかな。相手の守備によって変わりますが、形としては誰がどこに動くのか私が指示を出す。相手に読まれていたら、ラストパスは別の選手に出す。最後に誰が打つかは相手は分からない。

     ――司令塔として大事にしていることは。

     両角 バスケの司令塔は最初パスを出しますよね。カーリングは指示を出すスキップが最後に投げる。順番が違うなと思って。僕が一番気をつけるのはどんな形で回ってきても、最後は自分が投げる。どの作戦を選ぶかで、自分が投げる局面が決まる。攻め過ぎると難しいショットが最後に求められることになると分かっていても、その作戦を選ぶ。僕らは最後の場面が苦しくなるような作戦をあえてずっとやってきたチーム。そうじゃないと世界とは戦えないから。スタイルを曲げないことは気をつけている。

     吉田 かっこいいですね。

     両角 ただ頑固なだけです(笑い)。融通がきかない。

     吉田 私は迷わないこと。指示を出す私が迷ってどうしよう、何をしようと表情に出したら、みんながそれを見る。私が不安に思うとみんなも不安に思う。私がボールを持って慌てると、みんなも慌ててしまう。迷わないようにすることを一番気をつけます。

     両角 確かに大事ですね。カーリングはリンクの長さが40メートルある。不安な顔も見えない(笑い)。たぶん、不安な顔をしていると思いますよ。たぶんばれていない。

     吉田 他の選手に話しに行ったりしますか。

     両角 どっちかと言えば、みんなを呼んで話すということが多い。そういう時は不安な顔はしていない。不安を見せないのではなく、話し合いだから。時間をゆっくり取れるのがいい。本当に大事な場面では一息ついて、みんなで考えて、納得した上で投げることができる。そこがバスケと違う。カーリングはみんなで「これをやろう」と決めてから動ける。僕は指示を出す側ですが、バスケに比べると気持ちは楽です。

     吉田 迷ったりしませんか。

     両角 自分たちの理想の作戦がベースにあるから。もちろんその日の氷の状態、投げる選手の調子に左右されるが、一番いいのは投げる選手が投げたいもの。今日は、このショットはいけるというのがある。投げたいショットを選べば、ショット率と呼ばれる決定率も上がる。

     吉田 カーリングは3時間。つらくないですか。ずっと考えているのですよね。

     両角 掃いている選手たちが体力的には一番削られる。僕はずっと集中しなくていい。氷の癖を読むために、相手のストーンを見たりしますが、大体の動きが分かればいい。

     ――カーリング男子は20年ぶりの五輪出場だった。どんな舞台でしたか。

     両角 僕がカーリングを始めたのが20年ほど前。長野五輪の翌年の1999年。すごい下手くそで、すぐやめるだろうと思われていたと思います(笑い)。高校で少し勝てるようになっておもしろくなり、そのまま続けています。2009年に初めて世界選手権に出場して、その頃から五輪が見えてきた。だから実質10年ぐらい。20年ぶりと言われるとそんなに頑張っていない。数字負けしている感じ(笑い)。10年だから頑張れたのかもしれません。これまで五輪に出場できなかったが、いまのカーリングの盛り上がりを見ると五輪に出るということがこんなに大きなことだったのかと思いますね。今回の五輪は4勝5敗で8位。4勝を挙げて自分たちの実力は出せたが、それほどいい成績というわけでもない。これまで世界選手権で4位になったこともあるが、これほどの反響はなかった。

     吉田 なぜカーリングをしようと思ったのですか。

     両角 98年長野五輪の時、僕は会場で試合を見たんですよ。タイブレークの試合だったのですが、タイブレークというのは総当たりの予選で勝敗が並ぶと直接対決で順位を決めるもの。だから、その試合のチケットは事前には販売されない。試合があるかどうか分からないから。僕は会場のある軽井沢町に住んでいたので、来てくださいみたいなアナウンスが流れて弟と見に行った。その試合を見ておもしろそうだからとカーリング部に入った。五輪が来ていなかったら絶対にやっていないでしょうね。カーリング場もなかったと思うので。

     吉田 五輪がなかったらやっていなかったかもしれないわけですか。すごいですね。

    迷わないを大事に

    リオデジャネイロ五輪バスケットボール女子代表の吉田亜沙美。東京五輪に向け、チームの柱として期待される=東京都千代田区で2018年3月30日、根岸基弘撮影

     ――女子バスケもリオデジャネイロ五輪は12年ぶりの出場だった。吉田選手としても3回目の挑戦での出場だった。

     吉田 北京五輪の予選は力の差があり過ぎた。アジア予選では中国と韓国が本当に強く、足元にも及ばない状態。だから逆に諦めがつきました。ロンドン五輪の予選はアジア枠が取れなくて世界最終予選に回りました。あと一つ勝てば五輪でしたが、最後の最後で競り負けた。その悔しい思いが翌年の43年ぶりのアジア選手権優勝につながりました。もしかしたら五輪に行けるかもと思い、リオデジャネイロ五輪予選となった15年のアジア選手権でも優勝。中国は本当に強かったが、勝って出場が決まった時は本当にうれしかった。日本代表に選ばれて10年。ようやく手にしたものだから、私はとても長く感じました。リオ五輪で世界の国々と戦い、私たちも8位でしたが、初めてバスケをした時のようにすごく楽しかった。今まで我慢して、悔しい思いをしたが、報われたなという思いでした。

     五輪後、リーグ戦の開幕戦は立ち見が出るほどでした。そんな会場は初めてでした。五輪の影響力はすごいなと思いました。本当に出てよかった。

     ――吉田選手は東京都江東区生まれ。生まれ育った場所で五輪が開催される。両角選手は中学生の頃、長野五輪を観戦して競技を始めた。自国開催についてどう思うか。

     吉田 日本でできることは選手にとって本当に幸せなこと。日本でやるなんてめったにない。両角さんがカーリングを始めたように、バスケを見てやってみたいと思う小学生らが一人でも多くいたらいいな。バスケの楽しさをもっと知ってほしいし、女子バスケもメジャースポーツにしたい。勇気や感動を届けられるのがスポーツの良さだと思うので、そこは選手として追い求めていきたいです。

     両角 僕は自国開催を見た側ですからね。26年に札幌五輪が名乗りを上げていますが、8年後は41歳ですか。カーリングはできるかな。平昌五輪で対戦したノルウェーには46歳の選手がいたが、とてもうまかった。もし自国開催という機会があるならば、まだまだ頑張らないといけませんね。何歳になっても勝ち続けられる練習をしなければいけない。五輪に出場して感じたのですが、20年間も出場できなかったのは本当によくないことだった。もちろん世界のトップ10に入り続けないといけないが、次の五輪に出場できなければ日本のカーリングは終わってしまうという心配がある。

     ――冬から夏へ。平昌の経験を踏まえて東京に向けてのアドバイス、平昌を見て感じたことなどあれば。

     両角 平昌で一番何を感じたかと言えば、やっぱり地元の応援がすごい。韓国ではそれほどカーリングは人気がなかったと思うのですが、どの試合も席が埋まっていて、その8割が韓国の人という感じ。とにかく自分たちの国に対する応援の仕方がすごかった。自国のショットではすごい盛り上がりを見せる。男子はスタートダッシュでつまずいたが、女子は予選1位で通過して銀メダルを取った。地元の応援の力がうまく働いた。カーリングは投げる時、本来は静かにする競技。予選の最初の頃は結構騒いでいたのが、だんだん洗練されてきた。投げる時にシーッと言い合ったりしていた。そういうふうに応援の仕方が分かると、応援がすごい力になった。試合の空気が全部持って行かれるような。20年東京は間違いなく7割、8割の席が日本人で埋まるはず。日本チームだったり、お目当ての選手だったり、みんなで応援するでしょう。それがどういう力になり、どういう結果になるか楽しみです。頑張ってほしいですね。

     吉田 ありがとうございます。冬の競技は球技があまりなかったですが、それでも見ていて感動をもらった。メダルを取る選手もたくさんいて、夏の競技もよりメダルを取れるように頑張りたい。バスケも金メダルを目指しています。高い目標ですが、私たちもできると信じています。平昌で一番印象に残ったのは、スピードスケート女子のパシュート(団体追い抜き)。普段声を出して応援なんてすることはないのですが、テレビを見ながら、ずっと手に汗をかき「行けえ」と叫んでいた。すごく感動した。メダルにはそうやって感動とか、他競技にも何かを与えられる力がある。だからバスケもメダルを取って、皆さんに喜んでもらえる結果を出したいです。

    カーリングのストーンを投げるポーズを取る両角友佑(左)と吉田亜沙美=東京都千代田区で2018年3月30日、根岸基弘撮影

     もろずみ・ゆうすけ 長野県軽井沢町出身。中学1年だった1998年に長野五輪で観戦したのを機に競技を始める。2005年にSC軽井沢クラブを結成。世界選手権は6回出場し、16年には過去最高の4位。平昌五輪では強豪ノルウェーを破るなどして8位入賞を果たした。

     よしだ・あさみ 東京都江東区出身。バスケ選手だった両親の影響で、小学2年から競技を始め、東京成徳大高3年時に日本代表に選ばれた。2016年リオデジャネイロ五輪では主将として8強入りに貢献。JX-ENEOSでも主将を務め、昨季Wリーグ10連覇の立役者となった。