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月刊パラリンピック

証言 1964年東京パラリンピック/中 バリアフリーの原風景 改修工事驚き、建築の道岐路に

1964年東京パラリンピックの記憶をたどる吉田紗栄子さん=高橋秀明撮影
イタリア選手団と記念写真に納まる吉田紗栄子さん(中央)=吉田さん提供

 バリアフリーの建築設計に携わる建築士の吉田紗栄子さん(75)は、通訳として1964年の五輪とパラリンピックの双方を体験した貴重な証言者だ。64年東京大会は日本社会にどのようなレガシー(遺産)をもたらしたのか。2020年大会では何ができるのか。五輪からパラリンピックへ移行する際の改築工事を目撃したことで自身の人生が大きく変わったという吉田さんの証言から探る。【高橋秀明】

     人生を変えた64年東京パラリンピック。当時の白黒写真は、今でも古いアルバムに残してある。東京・代々木の選手村で撮影されたイタリア選手団との記念写真には、実に人間味のある選手たちの表情が活写されている。人懐っこい笑みを浮かべ、通訳を務めた当時21歳の吉田さんの手を握りしめる青年も、その一人だ。

     「日本では接する機会がなくて、その人たちが初めて会った障害者だった。とにかく明るくてあっけにとられた。それだからかもしれないが、障害がある人たちという捉えかたはしなかった。出会った人がたまたま車いすユーザーという感覚だった」。吉田さんは54年前の出会いをそんなふうに振り返る。

     吉田さんがパラリンピックを初めて知ったのは60年のことだ。高校を休学して国連食糧農業機関の職員だった父親とローマで暮らしていたが、そこで初めて知人から「障害者のオリンピック」の存在を知らされた。その年、ローマでは五輪と第1回パラリンピックが行われていた。

     高校卒業後、日本女子大の家政学部住居学科に進学した。「古代ローマの水道橋を見て建築家になりたいと思って、勉強に励んでいた」時に舞い込んできたのが、東京パラリンピックの通訳の話だった。興味があった東京五輪の通訳アルバイトの公募には合格していたが、パラリンピックは特に意識していなかった。ただ、パラリンピックの存在はローマで知っていた。日本赤十字の翻訳ボランティアをしていた友人に誘われ、「いいわよ」と二つ返事で応じた。

     今やパラリンピックはビッグイベントになったが、通訳から見た64年当時のパラリンピックは、五輪の華やかさとはまったくの別世界だった。「国家プロジェクトだったオリンピックと比べれば、パラリンピックは運動会。それぐらいの違いがあった」

     大学3年で迎えた五輪では、英語の通訳として、駒沢オリンピック公園総合運動場でホッケーを担当した。「学生のアルバイトとしては破格」の報酬が支払われた。パラリンピックではイタリア選手団付きの通訳を務めたが、無報酬のボランティアだった。

     そんなパラリンピックの世界は、驚きの連続だった。特に入村式の前日から選手村に宿泊した時の光景は、目に焼き付いた。「夜中に自衛隊の人がたくさん選手村に来て、スロープを作ったり、トイレに手すりをつけたり、扉が狭いからドアを外してカーテンに付け替えたり……」

     大学卒業後、バリアフリーを専門とする建築士の道を歩んだが、代々木での改修工事こそが原風景になっている。東京パラリンピック代表である近藤秀夫さんの高知県安芸市の自宅も、吉田さんの設計だ。車いすのまま、ストレスなく自由に家の中を動けるように設計すれば、何でも一人でできるようになる。「ちょっとした工夫で、生活がパーッと広がる。おかげで自立できたと言われるとうれしい」

     20年東京パラリンピックを控え、吉田さんが今、考えているのは、かつての通訳ボランティアを中核とした各地での「お茶プロジェクト」。競技を終えた海外のパラリンピック選手を自宅に招いて、お茶を振る舞おうという計画だ。

     「お茶に呼ぶとなると、選手村から自分の家までの公共交通のことや、家に着いたら車いすでトイレに入れるかとか考えるでしょう。それが大切。子供たちも見ているわけで、親が車いすになったらこうなるんだと気づくことにもなると思う」

     吉田さんには、お茶プロジェクトを超高齢社会をも見据えた20年大会のレガシーにしたいという思いがある。56年の時を超え、かつてパラリンピックを支えた人たちが新たな使命の下で再結集する。


     ■ことば

    パラリンピックのレガシー

     国際パラリンピック委員会が究極のゴールとしているのが「インクルーシブ(すべての人を包み込む)社会の創出」だ。2020年東京大会組織委員会が策定した「TOKYO2020アクセシビリティ(利用しやすさ)・ガイドライン」は、会場や輸送手段のバリアフリー基準を明示。車いす席の比率は、五輪会場が0.75%、パラリンピック会場が1~1.2%を標準とするなど、約50項目の数値基準を設けた。今後の社会的レガシーへの寄与が期待される。


     原則、第2火曜日に掲載します。

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