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スポーツ庁長官と語る 2020への決意:鈴木大地×稲葉篤紀 「金」目指すチーム作り

東京五輪での活躍を期す野球日本代表の稲葉篤紀監督(右)と鈴木大地スポーツ庁長官=東京都千代田区で2018年7月25日、藤井太郎撮影

スポーツ庁長官と語る 2020への決意

鈴木大地×稲葉篤紀 「金」目指すチーム作り

 スポーツ庁の鈴木大地長官が東京五輪に向けてアスリートや指導者と語り合う「長官と語る 2020への決意」の6回目は、野球の日本代表「侍ジャパン」を率いる稲葉篤紀監督(46)を迎えた。プロ野球のヤクルト、日本ハムの選手として日本一を経験した稲葉監督は、2008年北京五輪にも出場。五輪への思いやチーム作りに対する考えなどについて、長官と語り合った。(対談は7月25日に実施)【構成・細谷拓海、写真・藤井達也】

    日本代表は自分を成長させる場所

     鈴木 高校、大学、セ・リーグの球団に入り、パ・リーグの球団にも行きました。五輪、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では、日本代表の選手、コーチ、そして監督。全部経験されましたね。

     稲葉 そうですね。一通りは。

     鈴木 野球界のグランドスラム?

     稲葉 いやいやいや(笑い)。国際大会で日の丸を背負って戦うプレッシャーは、(プロ野球のレギュラー)シーズンとは全然違うと感じました。1球で勝敗が変わる怖さも体験できました。

     鈴木 プロ野球選手にとって日本代表はどんな存在ですか。

     稲葉 自分を成長させてくれる場所だと思います。正直、名前を売るチャンスかな、と。

     鈴木 活躍してメジャーリーグに行っちゃおうかな、とか。

     稲葉 その夢もありましたし、プロ野球選手として名を刻みたいというのもありました。ここで活躍すれば皆さんに知ってもらえると思っていました。

    勝てるチームにリーダーの存在

    鈴木大地スポーツ庁長官(左)がソウル五輪で獲得した金メダルを手に笑顔を見せる野球日本代表の稲葉篤紀監督。東京五輪の野球では金メダルが期待されている

     鈴木 現役時代はヤクルトで野村克也監督と若松勉監督、日本ハムではトレイ・ヒルマン監督と梨田昌孝監督、栗山英樹監督の計5人の下でリーグ優勝しました。なかなかない経験では?

     稲葉 (5人の)監督全員を胴上げしたという選手は、あまりいないと思います。

     鈴木 誰が重かったですか(笑い)。

     稲葉 野村監督が一番重かったです。若松監督は一番軽かったです(笑い)。

     鈴木 勝てるチームとは何となく分かるものでしょうか。

     稲葉 勝てるチームには、リーダーがいました。ジャパンでは選手同士のコミュニケーションが一番大事です。2009年のWBCで世界一になった時はイチロー選手。投手も野手も関係なくコミュニケーションを取り、選手同士で一つになっていました。

     鈴木 20年の時は稲葉監督が日本代表のリーダーですか。

     稲葉 私はどちらかというと選手に年齢が近く、非常に近い関係にあると思います。兄貴的存在になれる感じですね。

     鈴木 近い距離で、選手の力を引き出すコーチングをする。

     稲葉 そうですね。ジャパンというチームは一流選手の集まりで、それほど教えることはありません。気持ちよくプレーできる環境を作ることが、一番大事かなと思います。

     鈴木 まさにコーチングの最先端ですね。今は力を引き出す、力を与えるようなコーチングが求められています。日本代表の監督にうってつけです。一方で東京五輪の時にリーダーになりそうな選手はいますか。

     稲葉 何人かいます。巨人の坂本勇人選手、広島の菊池涼介選手、西武の秋山翔吾選手らは、国際大会の経験も豊富です。

     鈴木 経験のある選手がチームにいい影響を与えるのは、どんな時ですか。

     稲葉 負けている時や、若い選手が失敗した時のフォローは、ベテランがやってくれます。「俺たちが何とかしてやる」と。

     鈴木 熱いですね。

     稲葉 そういうチームになってほしいです。

     鈴木 日本代表の前監督は小久保裕紀さん。小久保さんも稲葉監督も日本代表の監督になる前は、監督経験がありませんでした。小久保さんからアドバイスはありましたか。

     稲葉 選手選びの方法や、「こういう選手はいた方がいいよ」という助言を頂きました。

     鈴木 チーム競技の監督は、誰を選ぶかというのが、まずポイントとなりますね。

     稲葉 非常に難しいと思います。11月の日米対抗戦など何回か集まれるチャンスがあるので、そこで見極めなくてはいけないです。

     鈴木 今は仕事の何十%くらいが監督業ですか。

     稲葉 ほとんど頭の中は監督です。アマチュア選手も見ようと思っていますし、若い選手も素晴らしい選手がいっぱいいます。非常に楽しいです。自分のやりたい野球ができるので、それが楽しみではあります。

    東京五輪への意欲を語る野球日本代表の稲葉篤紀監督

    東京で熱い戦いみせたい

     鈴木 監督はコーチも選ぶのですか。

     稲葉 はい。でも、信頼しているコーチを選ぼうとすると、どうしても一緒にプレーしたことのある仲間になり、「お友達」のように言われます。とても難しいですが、年代の近いコーチを選んでいます。私は無難に行く方なので、コーチはギャンブル性があるというか、私にはないものを持っている方を入れています。

     鈴木 自分が無難にまとめる人間と分かっているのですか。

     稲葉 分かっています。客観的に自分を見られるようになったのは、30歳を超えてから。それまでは成長すること、結果を出すことに必死でした。ある程度結果が出て、足りない部分やしなければいけないことを見られるようになりました。

     鈴木 いろいろな監督の下でプレーをされましたが、理想の指導者像はありますか。

     稲葉 それぞれの監督のいいところを取り入れ、自分の監督像を作っていきたいと思います。

     鈴木 「野村監督になれ!」と言われても無理ですよね。

     稲葉 僕がずっとぼやいていても、何か違います(笑い)。

     鈴木 ハハハ(笑い)。野村監督から学んだことは?

     稲葉 準備という部分で、「備えあれば憂いなし」は大好きな言葉です。五輪まで約2年ありますが、どう準備をするか。私は「1」を大事にしようと選手に話しています。初戦、1球目、1スイング目、1プレー目。そこで乗っていくために何が大事かというと、準備です。

     鈴木 東京五輪では、どんな戦いをしたいですか。

     稲葉 私は熱い戦いが好きです。気持ちのある選手を選びたい。必死で戦っている姿をお見せしたいです。

     鈴木 どういう野球を見せてもらえるのか、楽しみだなあ。

     稲葉 参加は6チームですので、あっという間に終わってしまうと思います。一戦一戦が大事になってくるでしょうね。

    野球日本代表の稲葉篤紀監督と五輪について語り合う鈴木大地スポーツ庁長官

    長嶋氏から伝授「重圧に感謝」

     鈴木 サッカーなどから学ぶことはありますか。

     稲葉 今回のワールドカップ(W杯)で、日本はベテランを多く選びました。その結果、若い選手がすごく生きたな、思い切ってできたんだろうなと思いました。控えの本田圭佑選手がアドバイスをしている姿を見て、やはりベテランは大事だなと思いました。ああいう選手を2年で見極め、作らなければならのかなと感じました。一つお聞きしたいのですが、金メダルは……。

     鈴木 お見せしましょうか。

     稲葉 すごい!

     鈴木 これを機に、20年も(金メダルを)お願いしないといけない。もうはげちゃっているんですけど、いろいろな人たちに触っていただいたので、これは勲章だと思っています。

     稲葉 監督・コーチは金メダルをいただけないんです。選手だけなんですよ。(金メダルを手に記念写真を撮り)すみません、なんか自分が取ったみたいになってしまって。私は北京五輪でメダルを取れませんでした。五輪でメダルを取ると、全然違うんだろうなと思います。

     鈴木 でも、自分が1個取るよりも、選手に24個取らせる方が重いですね。

     稲葉 いい言葉ですね。見せていただき、力になりました。

     鈴木 ちょうど30年前、ソウル五輪の数カ月前に、長嶋茂雄さんと対談する機会がありました。長嶋さんはチャンスに強かったので、「どういう心境で打席に入ったんですか」と聞いたら、「プレッシャーを与えてくれる場面、そういう場にいられること自体に感謝することだよ」と。「なるほど」と思いました。私の場合、野球に比べたらずっとマイナースポーツで、期待されることが本当にありがたいし、うれしかった。そう考えると、前向きな気持ちでプレッシャーのかかる場面でも立ち向かうことができました。

     稲葉 野球は助け合いのスポーツ。選手同士が信頼し合ってやっています。私はそこが一番大事だと思っています。「だめでも、後ろがいるから大丈夫だ」と考え、前の選手が凡退したら「よし、やってやろう」と。そういう結束力をどれだけ持ってやっていけるか。私が作っていかなくてはいけないと思います。ところで、金メダルを取って(環境は)変わりましたか。

     鈴木 変わりましたね。たぶん、金メダルを取っていなければ、ここにいないと思います。プロ野球選手とは違うかもしれませんが、我々にとっては五輪が全てです。そこでメダルを取らない限り、社会に自分の名前を覚えてもらうこともない。人生を懸けていましたね。北京五輪後に野球は五輪競技から外れましたが、いよいよ復活します。野球界にとって、どんな意義がありますか。

     稲葉 非常に大きいことです。今、野球の競技人口は減っています。昔のように野球を経験する子供たちを少しでも増やしたいと思っています。

     鈴木 私たちはスポーツ全体を見る立場ですが、東京五輪で日本人が本当の意味で一つになれるのはチーム競技。1964年の東京五輪ではバレーボール女子が「東洋の魔女」と呼ばれて勝ち進み、東京大会の成功につながったと思います。

     稲葉 野球が五輪に復活するこのタイミングで、もう一度、野球の面白さを伝えられたらと思います。やはり勝つことが一番、国民の皆さんに喜んでもらえます。ただ当然、他の競技に負けたくないとも思います。

    野球日本代表の稲葉篤紀監督(右)と野球談義に花を咲かせる鈴木大地スポーツ庁長官

    多様なスポーツを子供たちに

     鈴木 日本で野球はスポーツの王道、ずっとメジャーなスポーツです。それだけに危機感を持っているんですね。

     稲葉 持っています。私だけではなく、選手も含めて皆が危機感を持っていかないと、数十年後にはどんどん競技人口が減っていくのではと思います。水泳はどうですか。

     鈴木 子供の数が減っているので、水泳も自然減はあると思います。ただ、国際大会で力を出し続けているので、いいアピールはできています。

     稲葉 水泳は、まず五輪を目指すのですか。

     鈴木 まずは泳げることを目指します(笑い)。泳げるようになり、「選手」になったとたん、練習が単調になったり、苦痛になったりすることがあります。それに耐えられる人は選手を続けていくし、ボールゲームの方が面白いと感じた人はそっちにいきます。だから、小学校5、6年で逃げられるケースは結構あります。大谷翔平選手(米大リーグ・エンゼルス)、菊池雄星選手(西武)も水泳をやっていて、体がしなやかになった後に野球を選んだと聞いています。水泳選手の場合、最高の目標は五輪です。

     稲葉 私も小学6年まで選手コースで、背泳の選手でした。

     鈴木 当時は野球もやっていたのですか。

     稲葉 はい。土日は野球で、水泳は平日に週3回くらい。

     鈴木 子供たちには、いろいろなスポーツを体験してもらいたい。その中で本当に自分に合っているスポーツを見極められるかもしれない。他のスポーツで培ったスキルや体の使い方が役立つかもしれません。水泳ではなく、野球に絞った理由は何だったのですか。

     稲葉 やはり野球が一番好きでした。小学校は少年野球チーム、中学校はシニアリーグです。ただ、小学校ではサッカー部にも入り、中学校ではバスケットボールもやっていました。

     鈴木 万能ですね。20年以降も野球が五輪に採用されるには、何が必要だと思いますか。

     稲葉 「野球をみんなにやってもらおう」という一人一人の気持ちではないでしょうか。五輪までは野球もソフトボールも盛り上がっていると思いますが、五輪以降にどうするかというところが大事だと思います。

     鈴木 野球人気を盛り上げていくための考えはありますか。

     稲葉 私は今、北海道で幼稚園や保育園の先生にボールの投げ方を教え、園に持ち帰ってもらうことをしています。(子供が)ボールを投げることをしなくなってきているので、若年齢層から野球の魅力を伝えていく必要があると思っています。

     鈴木 僕らの年代は、集まったらみんな野球をやっていました。今はなかなかやらないですね。野球がメジャースポーツであり続けるため、五輪に定着するために、我々にできることはありますか。

     稲葉 どんどん野球をアピールしていただければと思います。体を動かすことが一番大事だと思っていますし、最終的にはそこにつながればいいと思います。

     鈴木 高校で燃え尽きてしまったり、けがで野球人生が終わってしまったりするような部活動にはしたくないと思っています。けがをせず、大学や社会人、一般人になってからもスポーツをする社会にしていきたいと思っています。部活動に対する考えはありますか。

     稲葉 小学校の時に、勝利至上主義になりすぎている部分があると思います。

     鈴木 それは選手自身が? 監督が?

     稲葉 監督です。いい選手がいればずっと使い続ける。球数を制限したり、何球以上を投げたら何日間は投げさせないようにしたりと、少しずつなってきてはいるようですが、小学生のうちからやる必要があります。肘などは小学生の時から定期的に診ることが大事だと思います。

     鈴木 検診をやるようになったのはプロになってからですか。

     稲葉 はい。私は肘を2回、肩も1回手術しています。だから、小学校の時は特に勝利至上主義になりすぎずに、野球をやってもらいたいなと思います。

     鈴木 高校も大学も部活動は当然、教育の一環ですが、皆にチャンスが与えられていない。

     稲葉 今は、レギュラーになれなかった選手が他のチームと試合をすることもあります。レギュラーと補欠に分かれても教育の場なので、やれることはたくさんあるのではと思います。

     鈴木 今回は復興五輪と言われ、初戦は福島で行われます。特別な思いはありますか。

     稲葉 震災からの復興のために頑張っている方がまだまだいらっしゃる中で、福島の皆さんに五輪の初戦をお見せできることは非常にうれしい。少しでも元気になってくれればと思います。初戦は大事です。皆さんの応援を背に、勝って乗っていきたい。

     鈴木 選手村でも団体競技が勝つと、本当に盛り上がります。ぜひソフトボールと野球に、頑張ってほしい。

     稲葉 ソフトボール(女子)が先に行われるので、(日本代表の)宇津木麗華監督には「良い風を送ってください」とお願いしました。

     鈴木 20年は地元開催の五輪なので、外国にいたら聞こえてこないものまで聞こえてしまう。普通の大会よりもプレッシャーがかかるんじゃないかな。準備をして、最高のプレーを見せていただきたいと思います。子供たちが「俺も野球をやりたい」、お年寄りが「生きていて良かった」と感じる戦いを続けてもらいたい。心に残るメッセージをプレーで残してもらいたいと思います。

     稲葉 いい報告ができるように頑張ります。私は金メダルをもらえないので、誰かのものを借りてお見せできるように、しっかりとやっていきます。

    鈴木大地スポーツ庁長官(左)が1988年のソウル五輪で獲得した金メダルを手に、記念写真に納まる野球日本代表の稲葉篤紀監督

     いなば・あつのり 愛知県出身。愛知・中京高(現中京大中京高)、法大を経て1995年にドラフト3位でヤクルト入団。2005年に日本ハムへ移籍した。首位打者1回、最多安打1回。12年に通算2000安打を達成した。08年北京五輪、09、13年ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表。14年に現役を引退した。17年のWBCで打撃コーチを務め、同年7月に日本代表監督に就任。

     すずき・だいち 千葉県出身。1988年ソウル五輪の競泳男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得した。順天堂大卒業後に米コロラド大ボルダー校客員研究員などで留学を経験。2007年に順大で医学博士号を取得し、13年に順大教授、日本水泳連盟会長に就任した。15年10月、スポーツ庁の初代長官に就いた。