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東京へ ともに歩む

毎日新聞

五輪関連の資料を興味深げに見つめる落合陽一氏=東京都千代田区で2019年2月20日午前8時27分、玉城達郎撮影

東京・わたし

メディアアーティスト・落合陽一さんが願うオリンピック後の世界

 メディアアーティストで「現代の魔法使い」と称される筑波大学准教授・学長補佐の落合陽一さん(31)に五輪やパラリンピックへの期待や提言を聞きました。【聞き手・本橋由紀】

    ――落合さんはどのようなスポーツに関心がありますか?

     ◆高校ぐらいまで空手をやっていました。小学校2年生の時から通算で10年くらい。空手は2020年の東京五輪で正式種目になりましたよね。

     ――これまでの五輪やパラリンピックで記憶に残っていることはありますか?

     ◆アトランタ五輪の開会式はエンタメ感があって、「アメリカってすごいな」と思った記憶があります。ただ、20歳くらいまでの五輪は、あんまり記憶に残ってないんですよね。

     24歳のときに12年のロンドン五輪があって、その時の開会式は素晴らしいと思いました。(総合演出をした映画監督の)ダニー・ボイルは好きだし、映像としてのオリンピック演出があそこで完成したと思います。女王陛下を映画「007」的に(ダニエル・クレイグふんするジェームズ・ボンドとの共演で)登場させたり、メリー・ポピンズや(研究者でWWWを生んだ)ティム・バーナーズ・リーが出てくる演出にどういう意図があるのか読み解けるぐらいの能力はありましたから。シェークスピア(16世紀末から17世紀に活躍)の時代に触れ、産業革命期を経て、ロンドンという都市までたどりつく、イギリスの歴史をひとつの物語として映像に仕上げていく構成がすばらしいなと思ったんです。ポップカルチャーから見たロンドンやイギリスを意識しながら着地させたのが、めちゃくちゃ気持ちいいなと。

    インタビューに答える落合陽一氏=東京都千代田区で2019年2月20日午前8時18分、玉城達郎撮影

     ――クリエーターとしてご覧になったのですね。東京五輪の開会式にも提案をされていました。

     ◆東京五輪の開会式でポイントになるのは、ポスト工業的な成長のビジョンをいかに提示するかだと思います。「科学技術による人類の進歩と調和」が1964年から70年の日本のテーゼだったとしたら、2020年代は人口が減り、インフラも後退し、街中は廃屋が増え、あらゆるものが自然にのみ込まれていく。そういった中で、ソフトウエアやインターネットによって、いかにそれを良い撤退的成長にするかを考えたときに、ある種の美学に基づいた、日本古来の「わび」「さび」的な価値観が生まれてくるかもしれないし、そこから新たな活力を生む表現が出てくるかもしれない。もちろんそれに限らず、精神性や空間性を重視しつつ、「祈り」といったコンセプトを取り入れながら、(開会式・閉会式の総合統括を務める)野村萬斎さんは仕上げると思うんですよね。萬斎さんの手がける開会式は見たいなあ。萬斎さんはヌーラっとした独特の空気感がある。ヌラっとして流体的な、ある種の達人感がある人です。あの感じがいいですよね。

     ――今の五輪のあり方を疑問視するご発言もあります。

     ◆パラリンピックは多様性を重視しているのに、なぜ五輪はマッチョな祭典のままなんだろう、という疑問はちょっとありますね。「速く走れる人が強い」というシンプルなルールは確かに美しいんですが。パラリンピックにも特有の面白さがあると思います。ルールが多様なら楽しみ方も多様であるというような。

     ――パラリンピックではどのような競技に関心がありますか?

     ◆僕は車いすバスケが好きですね、あとラグビーも。アグレッシブなところがいい。パラリンピックは、人が楽しめるようにルールを自由に設定できるところに、思想的な魅力があるんです。さまざまな条件の違いを受け入れた上でルールを決めて、その中で一番を決めようという考え方ですね。

     ――五輪の未来はどのように考えていますか。

     ◆テクノロジーの補助による多様性を受け入れるか。あるいは逆に、生身の肉体に限った美学を追い求めていくか。実は僕は、行き着く先は後者だと思っています。いずれ、人間はテクノロジーと融合して暮らすことが当たり前になるだろうし、そのときはむしろ、制約を課した中での、純粋な肉体性の追求が尊ばれるようになると思うんです。ただ、そこに発展性があるかは疑問です。

     ――それはなぜでしょうか?

     ◆守りに入っている感じがしませんか? ルールをフレキシブルに変化させるのではなく、人間性を保守的に定義しようとするナイーブさがある。 

     「人間」という概念はもともと、観念よりも肉体によって成立している部分が大きいと思うんです。でも、人間社会が人種差別や障害者差別を乗り越えようとしてきた歴史の根底にあるのは、身体上の差異、肌の色や目の色の違いによって「人間」は定義されないという発想、肉体的な差異の先にある理念だと思うんです。確かに走る能力の純粋な速さを比べるのは美しいけど、テクノロジーによって「人間」を超えていける時代には、生身であることにこだわり続けるよりも、拡張された人間性を歓迎すべきだと思います。

     テクノロジーと人間が交じり合うのが普通になったときに、そうではない人間の身体的な性能にこだわることに何の意味があるのか。例えば、円周率を何万桁も覚えられる人がいますが、プログラマーはそれを超える桁数を出力するコードを書けるわけです。確かに円周率を記憶することで人間の頭脳の限界に挑戦する行為は美しいし、その美しさをめでるのもいい。でも、それが主流にはならないと思う。主流になるのは、テクノロジーによって進化した人間で、それとは別の純粋な人間の祭典として五輪は残っていくと思います。ある種の規定の中で「生身の限界」を競演させるためのイベント、それはそれで魅力があるのは分かりますが。

     ――テクノロジーと人間の関係でいえば、生身の人間を科学的なトレーニングによって限界まで進化させるという方法もあります。

     ◆確かにその面白さもありますよね。生身の人間の能力を限界まで引き出すのはかっこいい。ただ、生身じゃなければもっと跳べるということが分かってしまうと、それが本当に時代に即したあり方なのかな、と思っちゃう。

     ――さらに国別対抗というレギュレーションにも異論はあります。

     ◆サッカーのクラブワールドカップとかを見ていると、もう国籍なんて何でもいいのにと思いますよね。ただ、ナショナルゲームって盛り上がりますからね……。

    (古いプレス用バッジなどをお見せする)

    1964年東京五輪の資料を興味深げに見つめる落合陽一氏=東京都千代田区で2019年2月20日午前8時27分、玉城達郎撮影

     ――これは日本人が初めて出場したストックホルム五輪の時の紙面です。

    日本人が初めて出場したストックホルム五輪の時の紙面=1912年7月14日

     ◆これは貴重なものですね。イラストがかっこいい。ラベルもすごく牧歌的だなあ。アマチュア感というか、スポーツが好きな人が世界中から集まってきていることが伝わってきます。近年のオリンピックのような、商業主義のにおいがあまりありませんね。

     ――伝書鳩で記事を運んでいた時代もあります。

     ◆情報の伝達に鳥を使うという発想がすごいですよね(笑い)。バイク便とどっちが速いんだろう。面白いですね。

     ――これが1964年の東京五輪の配置表です。

     ◆これはすごいな。全部手書きですね。通信方法の限られる時代にフィジカルな素材を使って、なんとか情報を伝えようとしている、この努力感がすごいね。

     市川崑さんの映画「東京オリンピック」を改めて見ると、人間の話なんですよね。都市の破壊と再生というテーマはありますが、古びることのない人間臭さを強く意識しながら撮っている印象があります。そういう意味で、今の我々の五輪に対する思いと、64年当時の人々の五輪に対する思いは、まるで違うのかなと思います。

     先日、聖火の特集展を見ましたが、実に牧歌的でした。聖火が日本全国を回っている様子もそうだし、現在の我々が五輪に対して抱いているような、国際的なイベントで、フェアネスを重んじ、非常にリストリクション(制約)が厳しい、といった第三者的目線の印象がまるでないんです。前回の五輪は、「我々の国は戦災から復興し、今まさに未曽有の経済的発展を遂げている」という文脈に乗っていた。それに対して、今回の五輪にあるのは「強いインパクトを持ったワールドイベントがやって来る」という認識です。

     64年の開催の前までは、実は五輪のことをよく知らないという人も多かったと思うんですよね。新聞やラジオで取り上げられていても、テレビが広く社会に普及する前(政府の調査によると57年は7.8%、60年は44.7%、64年は87.8%)だと56年や60年を映像で見たことがある人は少ないし、知名度や注目度も今とは違っていたはずです。そんな中で、世界的なイベントがやってくるという旗印のもと、新幹線を通したり高速道路を建造したりして、東京の都市構造を作り変えていった。その歴史を踏まえた上で、次の五輪ではハードではなく、ソフトが変わったことを見せるべきなんです。

     ――64年の五輪では、選手たちが国を背負っている強い自覚があったようですね。

     ◆それに対して今回の五輪は、ナショナリズム高揚の場として近代五輪の枠を超えて、いかにさまざまな価値観の多様性と調和に基づいた、新しい成長のあり方を世界に見せられるかが問われているのではないでしょうか。きっと10年後には、「2020年の東京五輪って何だったんだろう?」と振り返ることになると思うんです。13年に東京開催が決まった時、それまでには多くの問題が片付いているだろうし、それを契機に長い停滞の時代から脱して、再び成長が始まるだろうと思っていました。ところが実際には、今の日本が抱えている問題がやっと明らかになってきた段階で、問題を洗い出し終わるのが20年、解決は25年ごろになるという見通しです。

     ――その問題とは、どのようなことを指しているのでしょうか?

     ◆例えば、素晴らしいデザインの競技場案が「お金がかかる」という民意によってなくなったり、もっと小さなことでも、何かを始めようとした人に掛けられる「やめておいたら。失敗したらどうする」という保守的な声ばかりが目立ってしまったりするような社会の空気です。これは社会が成熟したがゆえの民意の反映だったり多様性の表れでもあるんですが、人々が揚げ足取りや他人の足を引っ張ることに夢中になり、社会課題の解決ではなく現状の制度下で楽に暮らせる方法を考えるようになってしまった。これが成熟社会に伴う成長痛だとしたら、治すまでには至らず、痛みを自覚するために7年間を過ごすようなもので、大事なのは、後になってそれが有意義であったと思えるかどうかです。

     ただ、五輪より前に元号が変わるのはすばらしいことだと思います。元号が変わると、確かに社会の雰囲気は変わる。与えるインパクトは五輪より大きいかもしれない。新元号と東京五輪という二つの転機があれば、変化への期待が作れるから、25年の大阪万博の頃には、何かが変わっているかもしれません。

    インタビューに答える落合陽一氏=東京都千代田区で2019年2月20日午前8時7分、玉城達郎撮影

     ――どのように変わってほしいとお考えですか?

     ◆これは人の幸福論になりますが、「うーん」と頭を抱えて困っている人がいないような社会にしたいですね。問題を抱え込んで誰にも相談できないとか、将来への希望がないとか、疎外感にさいなまれるということがないようにしたい。放っておかれる権利や忘れられる権利も必要だと思いますが、人々の互助性を高めないと、人口が減少する中での社会運営は難しい。テクノロジーやポリティクス(政治)で解決できる問題はたくさんありますが、実際に取り組もうとすると目標の設定が必要で、それに最適なのが今回の五輪だったと思うんです。ただ、五輪は2週間とちょっとの期間で行うイベントで、それよりも大切なのは、実際の生活の中で、期限を決めて何かを変えようと言い出すことの方でしょう。そのきっかけの方が大切だと思うようになりました。

     五輪が始まる頃には、「この7年間で明らかになった問題は25年の大阪万博までに解決する」というところまでは進めると思います。そのとき変わっていてほしいことのひとつは、日本社会の本質的なあり方。個人が疎外感を抱きつつも社会に連結され、インターネットによってゆるくつながっている状況が現在だとしたら、もっとお互いに他人の生身を感じられる世界というか、他人に対して興味がありつつ同時に興味がないような空気感を、テクノロジーやポリティクスを使ってどう実現できるかだと思うんです。

     今、僕が代表を務めるxDiversityのプロジェクトでは、乙武洋匡さんの義足を作るプロジェクトをSony CSLの遠藤謙さんを中心に進めていますが、人間が多様な身体を獲得することは、少子高齢社会において希望となります。歩くこともできるし、走ることもできるし、車椅子に乗ることもできる。そういったテクノロジーによる多様性の確保が、人々の幸福度の向上につながっていく。子どもを手厚く育てながら、同時に高齢者に快適に過ごしてもらえるために、どのようなサポートができるかを考えたいですよね。そこからは面白いイノベーションがたくさん出てくるでしょうし、海外に向けた強力なアピールにもなると思います。

     ――最後に、20年の東京五輪に向けてメッセージをお願いします。

     ◆20年が新しい始まりになればいいと思っています。近代的な工業社会の残滓(ざんし)で、人間の均質性、いわゆる「普通」であることが求められた時代から、多様性が重視される時代になってきた。その動きを支え伸ばしていける社会でありたい。これは文化的に醸成された面もあって、僕はよく「心の殻が分厚い」と表現するんですが、もっと気楽に生きれば人生楽しいのに、と思うことがよくあります。それは能天気に生きるという意味ではなくて、なぜそれが制約なのか分からないまま縛られて生きている人が多いと感じるんです。例えば、なぜなんとなく年齢や職業を言い訳にしてしまうのか、今の日常を変えてはいけないと思い込んでいるのか。そして、逆に「普通」だと思い込んでいる自分の人生をより朗らかに大切にできないか。人はもっと自由であるべきだし、人が自由を実感できるようになる契機として、巨大なイベントはいいきっかけになると思う。20年の東京五輪は、そのひとつのタイミングになると思っています。

    おちあい・よういち

     メディアアーティスト。1987年生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了(学際情報学府初の早期修了)、博士(学際情報学)。2015年World Technology Award、2016年Prix Ars Electronica、EUよりSTARTS Prize受賞。Laval Virtual Awardを2017年まで4年連続5回受賞など、国内外で受賞多数。直近の個展として「質量への憧憬」(東京・品川、2019)など。近著に「日本進化論」(SBクリエイティブ)、「デジタルネイチャー」(PLANETS)、200部限定の初写真集「質量への憧憬」(amana)。

    本橋由紀

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室委員/東京編集編成局編集委員。1963年東京都生まれ。1987年入社。東京社会部、英文編集長、夕刊編集部デスクなどを経て2011年に福島支局長、13年地方部長など。18年7月から現職。高校時代は水泳部、早稲田大学ではラグビー蹴球部副務を務めた。17年のつくばマラソンを3時間43分59秒で走り、ベストを更新した。