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毎日新聞

復興の象徴とされるJヴィレッジ=再整備中の2017年10月、Jヴィレッジ提供(ドローンで撮影)

Together

にぎわい取り戻すJヴィレッジ チーフトレーナー・西山由起さん「地域の集いの場に」

 福島県楢葉町と広野町にまたがるサッカー施設「Jヴィレッジ」が活気づいてきた。2011年東日本大震災で休業に追い込まれたが、昨年7月、営業の一部再開にこぎ着けた。戻ってきたのはトップ選手だけではない。施設内のフィットネスクラブも地域住民の笑顔で、にぎわいを取り戻しつつある。

    フィットネスジムの利用者に声をかけるトレーナーの西山由起さん(左)=福島県のJヴィレッジで2019年2月4日14時51分、村上正撮影

     2月初旬、ジム内では高齢者たちがにこやかに汗を流していた。震災以降、避難所や仮設住宅で体操教室などを開いて被災者に寄り添ってきたチーフトレーナーの西山由起さん(33)は万感の思いでジム内を見回した。「また地域の人に親しまれ、集いの場にしていきたい」

     Jヴィレッジは1997年にオープンした約50ヘクタールの敷地を誇る日本サッカー初のナショナルトレーニングセンターだ。ジムは地域との交流窓口ともなり、活気が絶えなかったが震災で一変した。施設は休止に追い込まれ、サッカー場は資材置き場やヘリポートに使われてきた。

     職場を失った西山さんらは県内各地を回り、避難所運営に携わった。西山さんは半年後、同県いわき市の避難所でエコノミークラス症候群などの予防として体操教室を始めた。

     沈みがちだった被災者の顔に次第に笑みが戻った。好評を博し、1年後には、仮設住宅の一角にJヴィレッジから持ち出したトレーニングマシンを並べてジムを開いた。仮設住宅には引きこもりがちな人たちも多く、保健師に体操教室への参加を呼びかけてもらった。居場所を見つけた西山さんだが、専門学校卒業後に就職した愛着のあるJヴィレッジに「いつかは戻りたい」との思いは募った。

    再開したJヴィレッジのグラウンドで競り合う地元チームの選手たち=福島県広野町で2018年7月28日午後3時5分、喜屋武真之介撮影

     だがJヴィレッジのサッカー場は砂利やアスファルトが敷き詰められ、練習施設としては「再起不能」と言われた時期もあった。見通しが立たない苦境に光が差し込んだのが「五輪」だった。13年9月の国際オリンピック委員会総会で東京が20年大会の開催地に選ばれたことを追い風に、復旧に向けた公的助成などの筋道も整っていった。

     西山さんは「二度と戻れないと諦めかけた時もあった。いよいよ(再開)と思うと元の利用者の方の顔が浮かんだ」と振り返る。再開の日には懐かしい顔が並び、県外に避難した人の姿もあった。地域の人口は減ったが、復興に携わる作業員の利用もあり、震災前よりも会員数は増え、現在300人に上る。

     東京五輪では、男女サッカー代表が事前合宿を開く予定だ。「五輪をきっかけに、より活気のある施設にしたい」と西山さん。その表情には充実感がみなぎっている。【村上正】

    村上正

    毎日新聞東京本社運動部。1984年、神戸市生まれ。2007年入社。舞鶴支局、神戸支局を経て、大阪本社社会部では府警などを担当。東京運動部では17年4月から水泳やサーフィンを担当。16年リオデジャネイロ五輪を取材した感動から、長女に「リオ」と命名した。