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東京へ ともに歩む

毎日新聞

東京五輪のスポーツクライミングで活躍が期待される野口啓代選手=川崎市中原区で2019年2月7日、佐々木順一撮影

東京・わたし

クライミング初採用の東京五輪で初代女王狙う野口啓代

 2020年東京五輪で初採用となるスポーツクライミングの初代女王を狙う野口啓代選手(29)=TEAM au=に、これまでの道のりや五輪に懸ける思いについて聞きました。【聞き手・田原和宏】

     ――日本の女子選手のパイオニア(先駆者)と呼ばれます。競技を始めた頃の状況はどのようなものでしたか。

     ◆私が競技を始めたのは小学5年の時。あまり同世代の女子選手はいませんでした。小学6年の時、全日本ユース選手権で優勝しましたが、当時は今のようなユースB(15歳以下)、ユースA(17歳以下)、ジュニア(19歳以下)の区分けはなく、飛び級で上のクラスに出場していました。クライミングジムに行っても女の子というか、子ども自体がいませんでした。ただし、同じ茨城県内には二つ年上の小林由佳さんがいました。私が競技を始めた時は既に日本一でした。一緒に練習したことはほとんどなかったですが、まずは由佳さんに追いつけるようにと思いながら頑張っていました。

     ――スポーツ界によくある男子中心の世界だったのですか。

     ◆そういう雰囲気ではなかったですが、おじさんたちに交じってセッション(居合わせた選手同士で同じ課題に挑戦すること)していたので、子どもの頃は「同世代の友達と一緒に遊びたいな」「一緒に登る子がいなくて少しさびしいな」という思いはありました。

     ――今は様変わりしましたね。日本一を決めるジャパンカップではむしろ中学生の方が目立ちます。

     ◆競技を通じて友達がたくさんできるのはうらやましいですが、今の子は競技志向が強く、遊びがない気がします。最初から大会や五輪を目指しており、私が今の時代に生まれていたら、そこまで競技をみっちりやっていたかは分かりません。

    東京五輪を集大成にしたい

     ――16歳からワールドカップ(W杯)に参加し、19歳でプロに。どのような思いでプロになりましたか。

     ◆高校3年の頃は進学するかどうかで悩みました。大学に行かずに競技一本にしてもプロとして生活できる保証もありません。推薦で東洋大に進学してからも同じ悩みを抱えていましたが、08年にW杯で初優勝して覚悟が決まりました。それまで「クライミングだけをやりたい」と自信を持って言えなかった。もっともっと世界の舞台で頑張りたいと思いました。結局、大学は退学しましたが、両親には学費などで迷惑を掛けました。

     ――W杯では4回の年間総合優勝を含めて130試合以上に出場しています。長く続けられる理由は何ですか。競技をやめようと思ったことは。

     ◆130試合以上ですか、やばいですね(笑い)。もうやめようかなと思ったのは15年に左足のけがをした時です。練習中に腓骨(ひこつ)の靱帯(じんたい)を痛めました。それまで大きなけがをした経験がなく、思い通りに登れないことがストレスでした。年間総合優勝などもして大きな目標が見つからない中、「けがのリハビリをして、もう一度頑張ろう」と思えなくて引退も考えました。ちょうどその頃、クライミングが東京五輪の追加競技の候補に挙がり、翌年の16年夏に決まりました。それも大きな転機になりました。五輪に出たいのか、あと4年頑張り続ける覚悟があるのか、何度も自問しました。

    スポーツクライミング(複合)はスピード、ボルダリング、リードの3種目の総合成績で争う。3種目の順位を掛け算した値が小さい選手が上位

     ――今年8月には五輪切符の懸かる世界選手権が東京・八王子で開かれます。これまで世界選手権での優勝は一度もありませんが、どういう難しさがありますか。

     ◆私の強みは好不調の波が少なく、常に安定した力が出せることです。逆に一つの大会にピークを合わせ、集中して120%の力を発揮するということはあまりしていませんでした。平均的な強さも重要ですが、五輪で金メダルを取ることを考えれば、これが今の課題だと思っています。

     ――東京五輪で実施されるのはスピード、ボルダリング、リードの複合です。

     ◆(スイム、バイク、ランの)トライアスロンぐらい違いますね。スピードは瞬発力や俊敏性が大事。ボルダリングは異なる四つの課題に合わせて登り分ける能力が必要です。ムーブと呼ばれるさまざまな体の動き方を使い分けます。筋力だけではありません。そしてリードはルートの読み、登るための技術、持久力などが求められます。

     ――五輪競技入りと引き換えに、今までにない種目に挑戦することになった。どう受け止めていますか。

     ◆これまで誰も3種目全てをやっていなかったというのが一番難しいところ。私はボルダリングやリードの経験は十分ですが、スピードはまだまだ難しい。もちろん最初は葛藤もありましたが、五輪を目指すと決めた以上、その大変さを受け入れて真剣に取り組むしかありません。

     ――東京五輪に懸ける思いは。

     ◆私は東京五輪を31歳で迎えます。私にとって最初で最後の五輪になると思いますし、最後の大会にしたいと思っています。東京五輪を集大成にしたい。私が金メダルを取ることで、日本のクライミングがどう変わるのか。そんなことを思い描きながら、本番に臨みたいと思っています。

    のぐち・あきよ

     茨城県出身。小学5年の時、家族旅行先のグアムでクライミングと出合う。2008年、ボルダリングで日本選手として初めてワールドカップ(W杯)優勝。年間総合優勝は4回(09、10、14、15年)を重ね、現在W杯通算21勝。歴代最多の22勝に王手をかけている。昨年は東京五輪で実施される3種目の複合でアジア大会、アジア選手権を制した。

    田原和宏

    毎日新聞東京本社運動部。1972年、奈良県生まれ。教職などを経て2001年入社。06年からスポーツ取材に関わり、福岡、大阪勤務を経て13年から現職。16年リオデジャネイロ五輪では体操、卓球などを担当。東京五輪取材班キャップ。スポーツクライミングなど新競技にも注目する。職業病なのか、「おかしいやろ」が口癖。