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東京へ ともに歩む

毎日新聞

岡田隆さん=東京都世田谷区の日体大で2019年2月19日17時23分、松本晃撮影

Together

「トラ」から「セイウチ」へ ボディービルダー・岡田隆さんが柔道界にトレーニング革命

 2016年8月8日、リオデジャネイロ五輪の柔道会場のカリオカアリーナ。男子73キロ級を制した大野将平(27)=旭化成=は背中のありとあらゆる血管を浮き上がらせ、筋肉を隆起させていた。強じんな肉体作りを指南してきたのが、現役ボディービルダーでもある柔道男子日本代表のフィジカルコーチを務める岡田隆さん(39)だ。「大野の脱いだ時の体はやばくて、目に焼き付いている」。目指した猛獣「トラ」の姿に重なって見えたと振り返る。

    ボディービルの大会に向け、体を絞り込む岡田隆さん=本人提供

     12年ロンドン五輪で柔道男子は史上初めて金メダルゼロに終わった。敗因の一つは海外勢に力負けし、日本の技術力を出せなかったことだ。当時の練習といえば「走り込みと稽古(けいこ)」。柔道界で筋力トレーニングは「動きが硬くなる」と疎まれていた。その根強く残る誤解を解き、代表チームに筋トレを浸透させたのが岡田さんだった。

     ロンドン五輪後に現職に就くと、まず最初に行ったのが座学。16年にボディービルの日本社会人選手権を制した筋肉の専門家として筋トレの効果を論理的に説いた。ロンドン五輪を圧倒的な強さで制した柔道界最強のテディ・リネール(29)=フランス=の筋肉の写真も見せ、視覚的にも必要性を理解させた。選手個々の状況に合わせて負荷や回数を丁寧に指導し習慣づけさせた。

     加えて取り組んだのが闘争本能を呼び覚ますことだった。発想のきっかけとなったのが、日本の国立スポーツ科学センター(JISS)のモデルと言われるオーストラリアの国立スポーツ研究所を視察した時の体験だ。早朝に突然たたき起こされ、走らされる軍隊のトレーニングを経験し、いつ何が起こるか分からないことへの対応能力をつける必要性を実感した。

     2時間乱取りを休憩なしで練習したり、海外遠征の際のホテルをあえて大部屋にしてストレスをかけたりすることで、野性の感覚を研ぎ澄まさせた。その結果、リオ五輪では力負けせず、大野と90キロ級のベイカー茉秋(24)=日本中央競馬会=の金2個をはじめ、銀1個、銅4個の全階級メダルにつながった。

     達成感を味わった一方、リオの試合会場で男子代表の井上康生監督(40)と「5人はなぜ銀と銅メダルに終わったか」と話し合った。結論は出なかったが、五輪の舞台で力を全て発揮するには、まだ何か足りないことだけは確かだった。

     東京五輪に向けて、見つけたキーワードは「脱力」だ。リオまでに筋力では海外勢と互角に渡り合えるまでになった。その筋力を最大限に機能させるためには適度に力を抜き、しなやかに体を動かすことが必要だと考えた。岡田さんは「背骨と肩甲骨を連動させると強い力を出せる」と解説する。

     理想の動きは1300キロの体重を体幹で動かす「セイウチ」だという。脱力を学ぶために、昨年末の代表合宿ではヨガを体験した。17年には陶芸で集中力を養い、昨春には茶道で心を落ち着かせるすべも学んだ。「一見、関係ないように思うかもしれないことでも何でも、異常なほど取り組まないと金メダルはとれない」。屈強になった選手たちの背をなおも押し続ける。【松本晃】

    おかだ・たかし

     1980年、愛知県出身。東京都立西高時代に柔道を始めた。専門職への憧れからトレーナーを目指して日体大に進学。大学でも柔道に取り組んだが、故障に悩まされた。同大大学院を修了し、現在は同大体育学部准教授。骨格筋評論家としてテレビ番組「ホンマでっか!?TV」に出演し、「バズーカ岡田」の異名を持つ。

    松本晃

    毎日新聞東京本社運動部。1981年、神奈川県生まれ。住宅メーカーの営業を経て、2009年入社。宇都宮支局、政治部を経て16年10月から現職。柔道、空手などを担当。文学部心理学科だった大学の卒論は「電車の座席位置と降りる早さの相関関係」。通勤に一時間半の今に生きているような、いないような。