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毎日新聞

アテネ五輪体操男子団体総合金メダリストの冨田洋之さん=東京都墨田区で2019年2月28日、和田大典撮影

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「美しい体操」追求する冨田洋之コーチの指導術

2004年アテネ五輪体操男子団体総合金メダリストの冨田洋之さんの倒立=東京都墨田区で2019年2月28日、和田大典撮影

 2004年アテネ五輪の体操男子団体総合決勝。最終種目の鉄棒で、日本の最終演技者だった冨田洋之さん(38)は完璧な着地を決めた。その姿は、「栄光への架け橋」の名実況とともに多くの人の記憶に刻まれている。現役引退から10年が過ぎた今も、日本選手の追い求める「美しい体操」の象徴である。

     日本代表のエースとして活躍した冨田さんは手足の指先まで神経の行き届いた、しなやかで美しい演技で観客を魅了し続けた。08年12月に現役を引退。現在は母校・順大でコーチを務め、昨年の世界選手権代表の萱和磨(かや・かずま)、谷川航(わたる)=ともに4月からセントラルスポーツ所属=らを指導した。特に萱は小学2年の時、アテネ五輪での冨田さんの演技をテレビで見たことがきっかけで体操を始めたという。

     数々の栄冠とともに体操界に大きな功績を残したが、「今、自分の『分身』がいたとしても戦えない」と語るほど、体操界は採点の規則や傾向が著しく変化している。

     アテネ五輪当時は「10点満点」から減点する方式で、技の質や表現力を高めることを重視していたが、06年からは演技構成の難度を反映する上限なしの「演技価値点」と、10点満点から減点して演技の正確さを判断する「演技実施点」を合計する方式に変更。美しさより難度の高い技を詰め込むことで得点を上げる傾向が続いている。

     冨田さんも新ルールへの対応に苦しんだが、ぶれずに最後まで「美しい体操」を貫いた。「見ている人も自分も心地よく感じられて、難しい動きを簡単にやってみせる」。それが冨田さんにとっての「美しい体操」だ。そして今、体操界は再びその追求へと流れが変わりつつある。

     「美しさ」に強いこだわりを持つ冨田さんだが、指導者としては一人一人の個性を最大限に生かすことを考える。表現力に秀でた選手がいれば、技の難度と安定性を伸ばすことで魅力を引き出せる選手もいる。「特長を見定め、その人にあったコツや技術を見つけ出さなければいけない」

     そのためには「見る力」が大切になる。選手の動きの小さな変化にどれだけ気づけるか。その変化は良い変化なのか、悪い変化なのか。指導する選手はもちろん、海外選手の動きも常に観察する。なぜこんな動きができるのか、どんな技術があるのか。

     「体操はもっともっと進化していかないといけない」と強く意識している。13年から規則改正などを議論する国際体操連盟(FIG)の技術委員を務め、世界の体操界の流れをいち早く把握し、日本体操界にも貢献している。

     あの「栄光への架け橋」ように重圧のかかる場面で、完成度の高い演技をするにはどうすべきか。選手に問われた冨田さんの答えはシンプルだ。「練習を積み重ねるのみ」。正念場で自分を支える柱は、「日々の練習の中で振り返っても恥ずかしくないような努力ができるかどうか」だと。その練習を支え、金メダルまで道のりを見守る。【円谷美晶】

    アテネ五輪体操男子団体総合で金メダルを獲得し、表彰式で笑顔で手を振る(左から)米田功、水鳥寿思、鹿島丈博、冨田洋之、塚原直也、中野大輔の各選手=屋内ホールで2004年8月17日午前0時2分、野田武撮影

    円谷美晶

    毎日新聞東京本社運動部。1985年、東京都生まれ。2009年入社。北海道報道部、千葉支局を経て、東京社会部では気象庁や東京都庁を取材。18年から東京運動部で五輪取材班となり、体操、トライアスロンなどを担当。高校までの部活動は陸上で中・長距離の選手。いつも皇居周りを走っていた。