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東京へ ともに歩む

毎日新聞

漫画家のちばてつやさんの事務所に飾られているキャラクターグッズ=東京都練馬区で2019年2月21日午前11時23分、内藤絵美撮影

東京・わたし

漫画家・ちばてつやさん パラスポーツ「大きな壁、乗り越えた姿かっこいい」

 「あしたのジョー」で知られる漫画家のちばてつやさん(80)は、東京2020大会を楽しみにしています。今年4月に文星芸術大学学長に就いたちばさんに、スポーツの魅力などを聞きました。【聞き手・本橋由紀】 

    インタビューに答える漫画家のちばてつやさん=東京都練馬区で2019年2月21日午前11時9分、内藤絵美撮影

     ――五輪開幕まで1年余りです。パラリンピックまでも500日を切りました。

     ◆五輪・パラリンピックは4年に1回の世界のお祭りですから、いろんなスポーツをやっている人たち、いろんなスポーツが見られたら楽しいです。私はパラスポーツはあんまり知らなかったんですけど、たまたま去年の春ぐらいからかな、ウィルチェアーラグビー、車いすラグビーのアニメーションを作るのにちょっと協力したんです。そのためにいろいろ調べているうちに面白くなっちゃってね。すごく面白いスポーツだなあと。これはみんなに見てもらいたいと思います。

     障害者の人たちは生まれつきの人たちもいますけど、そうではなくて、交通事故に遭ったり、病気になったりして障害を持つ、厳しいドラマがあるんですよ。その後に車いすラグビーで戦っている。新しい人生ですよね。すごく大きな壁を乗り越えてきただけに、みんなかっこいいの。あこがれるぐらい、障害者ってかっこいいなと思うくらいだから、すごくいろいろな人に勇気を与えていると思いますよね。

     ――試合を見に行ったり、選手の話を聞いたりされたのですか?

     ◆ニュースやNHKが撮ったウィルチェアーラグビーの映像を見ました。去年は大活躍したの。どんなことをしても勝てなかったアメリカに勝って、しかもオーストラリアに勝って世界一になったんですよ。そういう意味では大きな壁を乗り越えた人たちが、また大きな壁を乗り越えたんでね。それにウィルチェアーラグビーはゲーム的要素があってね、ちょっとかわいい女性の選手が出ていて、すうっと先を行って、先の先を読んで、味方がピンチの時に相手の邪魔をするというようなことがある。腕力とか脚力とかはないけど、そういう役割をやって、もちろん監督の育て方も良かったんだと思いますがね。将棋の駒のように、「歩」なんだけど「成り歩」になる。桂馬であんまり派手な活躍はできないんだけど、ひょいっと肝心なところで役に立っているという、みんなそれぞれの良さがある。ちょっとウィルチェアーラグビーの話になると熱くなっちゃうね。か弱そうな人もそういう役になってるし、スポーツをやる雰囲気じゃなくて、ちょっと学者みたいな顔してる人が、いつのまにか後ろに回ってフォローしている。そういう役割分担がすごくよくできているんですよ。日本はこういうチームゲーム、野球もそうですけど、チームでお互いに足りない力を出し合ってひとつにまとまっていく時に、すごい力を持っている。日本人ってすごいなあと思うことがありますよ。

     ――女性は倉橋香衣選手(商船三井)ですね。2018年度の毎日スポーツ人賞を取りました。この賞はかつて、ちばさんもお取りになり、キャッチボールの話をされていました。

     ◆病気になっちゃったの。私はどちらかというとひきこもりでしたから、子どもの頃は。本を読んでいるのが好き、絵を描くのが好きで、いつも押し入れの中でした。(3人の)弟たちがうるさいけど、押し入れの中は静かだから、光だけ取るために開けといて、ミカン箱かなにかを持ち込んで、絵を描いたり、本を読んだりしているような子どもだったんですよ。それがたまたま漫画家になれた。これは天職。家の中に閉じこもっていてもいい仕事ですから、「しめた」と思ったんだけれども、2、3年やってるうちに病気になっちゃったの。運動不足だし日に当たらなかったから。家族が寝静まるのを待って仕事をする。忙しくなると家族がいようがいまいが仕事をするんですけど、どうしても夜中にずーっと起きていて、朝明るくなってから寝るような生活をしていた。だけど、それでも通用する仕事だからラッキーと思ってたの。そうしたら変な幻想が出るようになって……。

     ――赤いムシが出てきたそうですね。

     ◆そうそう赤いムシ。なんかへんなムシが背中にわいたりする幻想で、余計にうまく眠れなくなって、そのときに、キャッチボールを教えてくれた編集者がいたんです。「ちかいの魔球」という野球の漫画を描くために。私、あんまり野球を知らなかったから、ひきこもりの子どもだったから。その人がボールを投げてくれていろいろ教えてくれたんですよ。ボールを返しているうちに、いつのまにか運動してるでしょ。たった10分、15分の記憶しかないんだけど、それでムシが消えたんです。夜眠れるようになったし、目がすごくよく見えるようになった。きっと血の巡りが悪かったのが、10分か15分のキャッチボールをしたことですごく元気になった。「これは」と思って、漫画家はみんな運動不足だからみんなに電話したの。ムシが消えて眠れた次の日に、みんなに電話して野球チーム作るから、野球やろうって。今年で60年ぐらいになりますね。今でもユニホーム着てやるんですけど。そのままスポーツに出会えなかったら、私は30代か40代くらいで大きな病気で寿命が尽きていたかもしれない。だけど、スポーツをする喜び、汗をかいたさわやかさを知り、よく眠れるし、血の巡りがよくなって頭の回転がよくなって生き生きとしたキャラクターが描けるようになった、ということでもうスポーツが大好きになっちゃったの。

     野球だけじゃなくてボウリングがはやっているときはボウリング大会もやったし、豊島園のグラウンドを一面借りきって、漫画家や編集者なんかもみんな運動不足だから、運動会をやったことがある。パン食い競争や徒競走やリレーとか、うちの奥さんが企画してやったんですけど。あとゴルフ大会。ゴルフは今もやってるし、あとテニスも、要するにスポーツをやっているおかげで健康を取り戻したのと、丈夫で長持ちになった。80歳になりましたけどね。

     ――大学でも学生さんに「1日1回汗をかけ」とおっしゃっているそうですね。

     ◆そう、1日1回汗をかけばね、例えば通学、通勤でもなんでもいいんですよ。「ああ遅れちゃう」って走るんでもいいんです。縄跳びでもいい、階段の上り下りだけでもいいから、1日1回熱い汗をかきなさいって。漫画家はいつも締め切りに追われて冷や汗かくんです、冷たい汗を。けど、熱い汗をかきなさいってことをマンガ専攻の規則にしているんです。

    トップでテープを切るより大事なことある

    インタビューに答える漫画家のちばてつやさん=東京都練馬区で2019年2月21日午前11時15分、内藤絵美撮影

     ――スポーツで健康を取り戻されたけれど、「あしたのジョー」を描いている時には具合が悪くなられたそうですね。

     ◆週刊誌の時代になって、ますます寝る時間が少なくなったのと、それまでの疲れが出たんでしょうね。漫画家は座りっぱなしが多い。スポーツはしていましたけど、スポーツをする回数が減ってしまったり、プレッシャーもあったんですね。締め切りに追われて。

     ――ストーリーに入り込んで、一緒に体調を崩されたとも。

     ◆それあるんですよね。誰でもそうでしょうけど、やっぱりキャラクターを生き生きと描くためには入り込んでしまう。その子が減量で苦しんでいると自分も減量しているんですよ、いつの間にか。食べないわけじゃないんですけど、「どうしてそれしか食べないの?」と家族に言われるくらいおなかが減らないの。そのキャラクターになりきっちゃうんでしょうね。そういうことが重なったんでしょう。キャラクターの気持ちになりすぎちゃったのと、ジョーのライバルの力石徹が減量で死んでしまったとか、体が疲れていたのでしょうね。いろんなことが重なって十二指腸潰瘍になりました。

     その後、あちこち痛めてはいますけど、腰を痛めたり膝を痛めたり、ケガもよくします。野球で突き指したり足首を骨折したりして。人間って竹の節みたいなところがあるんですよ。厄年ってあるでしょ。(十二指腸潰瘍になった)あの頃とか還暦の頃とか、節々に病気して、入院するようなこともある。心臓にステントを入れたり、網膜剥離で「この目だめだね。片っぽは使えるけど」と言われたこともあります。お医者さんがレーザー光線で治療してくれましたが、右目はかすんでいるからテニスボールとバスケットボールが一緒になって見えるような感じですよ。片方はぼーっと大きく、片方はくっきり見える。それで最初は遠近がわからなくて、これは野球やテニスの飛んでくるボールはちょっと対応できないなあと思ったの。でも、だんだんできるようになった。視力が良くなったんじゃなくて、目が慣れてくるのね。一生懸命に見ようとして。

     ――野球はどのくらいの頻度でなさっていますか。

     ◆シーズンになると3月から始まって、2週間に1回になるのかな。隔週ですけど2試合ずつやります。私が行くとみんな困った顔するんです。来ちゃったけど出さないわけにいかない。出さないわけにいかないけど試合には勝ちたいから、ちょっと困ったなと。私は練習に参加したり、ベンチでわーわー声を出したりしているだけでも楽しいですよ。

     シーズンは秋までで、真夏の一番暑い時期はない。今度の東京五輪はそれがかわいそうだねえ。それが一番心配よ。日本の一番つらい時期じゃないですか、暑くて。だけどね、これは天の采配じゃないかと、この暑い時にお前たちはどういう五輪をやるんだという課題ですよ。今、関係者が道路を冷やす方法だとか、熱を持たない道路にするにはどうしたらいいかと考えているでしょ。これがうまくいったら、これから先、夏の日本も住みやすくなるし、暑い国もその技術を生かせるということが考えられる。ある意味、すごくいい宿題を出されてそれにいい答えを出して、みんながこんなに暑くてこんなにつらい季節にうまくやれたってことができたら、過酷な自然環境の国のためにも、これからのスポーツ界にも、生活にもいい影響を与えると思うんだよね。

     ――五輪にも野球があります。

     ◆楽しみですね。福島に球場があるんですね。見に行きたいねえ。大学が宇都宮にあるから、ちょっと足を延ばせば行けるからね。ウィルチェアーラグビーも絶対見に行きたいですね。パラリンピックはほかにもいろいろあるんで、時間がある限り見て回りたいと思うし、五輪の野球とかマラソンとかも大好きですから。今から楽しみです。

     ――東京都墨田区ともコラボをされていますね。国技館がボクシング会場になる予定ですが、開催自体、予断を許さない状況です。

     ◆不祥事がありましたから。ボクシングの選手たちはかわいそうです。墨田区は、小、中、高すべての学校を卒業して、その後、漫画家になってからもしばらく住んでいたんですよ。永代橋だとか両国の近辺。昔っからお相撲さんがうろうろしている、柏戸さんとかがね。大鵬さんがまだ入門したばっかりで、自転車で買い物か何かさせられているときにすれ違ったりなんかするような環境だったから。私が住んでいた向島小梅町(旧町名)なんですけど、王貞治さんの実家のラーメン屋さんとか、王さんがプレーしていた野球場とか隅田公園のところにあって、見た記憶がありますよ。そういう意味では、満州(中国東北部)から日本に引き揚げて帰ってきてからはずっとそこで育ってますから、本当に第二第三のふるさとかなあ。

     ――東京2020大会を「世界平和を考えるひとつの契機にしてほしい」というご発言もありました。

     ◆戦争では何百万、何千万の人間や自然が犠牲になりましたから。

     ――ほかの種目の漫画を描かれるご予定はありますか?1964年の東京五輪の時には「走れジョー」という作品を描かれていますね。

     ◆五輪で新しい発見をしたらこれを描いてみたいと思うかもしれません。「走れジョー」はマラソンの話で、細かいところは覚えていないんですが、スポーツをやる人って誰でも一番になりたいですよね、誰でもトップでテープを切りたい、誰よりも速く走りたいと思うんだけど、それよりももっと大事なことがあるんだよ、それは最後まであきらめないで完走することだよ、途中でくたびれて歩くこともあるかもしれない、けど最後まであきらめないでゴールにたどり着こうねということを描いたような気がする。人生はマラソンのようなものだということを描きました。子どもの頃にマラソンランナーの姿を見て感動したんですね。どんどん抜かれていったらあきらめたくなるだろうけど、人間、最後まであきらめちゃいけないんだよ、ということを自分にも言い聞かせるつもりで描いたんですかね。

     ――ほかにオリンピックを意識した作品はありますか?

     ◆華やかすぎて。私はどちらかっていうとあんまりみんなが注目しないけれど、このスポーツはこういうことが大事だよということを描きたいかなと。

    しのぎやすい夏のスポーツ環境作ってもらいたい

     ――五輪で印象に残っているのはいつですか?

     ◆ヘルシンキ!(52年)。昔はね、ラジオの中継放送で「こちらヘルシンキ、こちらヘルシンキ」って言って、途中で聞こえなくなるんですよ。ざーっと音がして、そのうちまた聞こえてくるの。「日本のみなさま聞こえますか?」っていう、生放送があったの。で、そのざーっというのが「波や風の音かなあ」と、はるか遠くの国から海を越えてね。そういう感覚でラジオにしがみついていたことがありますよね。そこでお祭りをやっている、スポーツの祭典をやっている、日本人も出てる、っていう。私が日本に引き揚げてきて、中学生くらいかなあ、ホントに遠ーーくでやってるなと。

     今は、地球の反対側で今やってることがカラーで見られるでしょ。汗まで見られるじゃないですか。ねえ、こういう時代が来ると思わなかった。今度はじかに見られる。テレビのスクリーンじゃなくて、会場に行けばね、じかに見られるわけですから、来年、楽しみですね。真夏にやるんで心配なんですが、それをなんとか、日本でやって良かったねと思われる五輪にしてほしいと思うし、そのためにはわれわれも、海外から来るお客さんを歓迎していい五輪にすることができたらうれしいと思いますよね。楽しみですね。

     ――五輪の後はどうなるでしょう?

     ◆いろいろ会場も新しくして道路も整備したり、宿泊施設なんかも整備したり、海外からお客さんが来るんでみんないろいろな国の言葉を覚えたりするわけじゃないですか。すごくいいものがたくさん残ると思いますよ。我々もその施設を使ってスポーツを楽しめるし、これはできるかどうかわからないけど、あんまり熱を持たない道路だとかそういう舗装がうまくいったら、そのあと日本はその技術を世界中に大いに生かして、大きく成長するだろうと思っているし、願っています。

     暑さ対策と、お金をかけすぎて国民が後で大変にならないように、その辺はうまくやってほしいなあと思います。あまり無理は望みませんけど、精いっぱいがんばって、まずは選手たちがプレーしやすい、しのぎやすい夏のスポーツ環境を作ってもらいたいなあと思いますね。

    ちばてつや

     漫画家。1939年東京生まれ、56年にデビュー。代表作に「あしたのジョー」や「のたり松太郎」など。2005年に宇都宮市にある文星芸術大美術学部マンガ専攻の教授に就任。今年4月に学長に就任した。昨年1月には18年ぶりとなる最新作「ひねもすのたり日記(第1集)」(小学館)を発刊、連載中。パラスポーツのひとつウィルチェアーラグビーのアニメーションなど、制作活動を続けている。

    本橋由紀

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室委員/東京編集編成局編集委員。1963年東京都生まれ。1987年入社。東京社会部、英文編集長、夕刊編集部デスクなどを経て2011年に福島支局長、13年地方部長など。18年7月から現職。高校時代は水泳部、早稲田大学ではラグビー蹴球部副務を務めた。17年のつくばマラソンを3時間43分59秒で走り、ベストを更新した。