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東京へ ともに歩む

毎日新聞

インタビューに答える漫画家のヤマザキマリさん=東京都世田谷区で2019年2月26日、山下浩一撮影

東京・わたし

五輪テーマの漫画連載するヤマザキマリさん「円谷幸吉の死が象徴する古代との違い」

ヤマザキマリさんの「オリンピア・キュクロス」

 五輪をテーマにした作品を執筆中の漫画家のヤマザキマリさんに、五輪の意味、文化としてのあり方などを聞きました。【聞き手・神崎修一】

     ――五輪を題材とした漫画「オリンピア・キュクロス」をグランドジャンプ(集英社)で連載中です。作品のテーマとして選んだ理由は?

     ◆(出版社の)編集者から「五輪で何かやりませんか」と誘われました。私は運動(スポーツ)が好きではありません。興味はないし、中継もほとんど見ません。ただ、2012年のロンドン大会の開会式を見ながら「オリンピアという何もない町でかけっこしていたギリシャ人たちがこの開会式見たら腰を抜かすよ」とか「これをネタに漫画を描いたら面白いかも」などと何となくツイートしていました。古代から人々はなぜここまで運動に熱中するのかなど、いろいろ疑問も湧いてきました。漫画を描きながら調べていきたいという気持ちになり、編集者の依頼を受けることにしました。

     ――主人公の「デメトリオス」の視点を通じて、古代オリンピックが描かれています。

     ◆今の大会は経済的なものすごく力のあるイベントとして行われていますが、もともとのことは知られていません。それなのに何も知らずにただ喜んでいるように見えます。古代オリンピックとは何だったのかを知ってほしいというのがこの漫画の趣旨です。なぜ運動に対して熱意を注ぎ、熱狂したのか。戦争の代わりに運動で競い合うこともありました。体のエネルギーを発散させることも目的だったのでしょう。初期の大会の意味を、どれだけの選手が感じているのかなと思います。

     ――この作品を通じてどのようなことを伝えたいのですか?

     ◆招致国として経済的なエネルギーやパワーばかり強調し、文化面での深さはないがしろにしているような疑問を感じています。海外の人たちが来年、大会のために日本に来た時に、テレビで少しでもギリシャのことを扱っていたり、五輪のことを論議していたりする姿があれば、立派な建物よりそちらの方が外国人はインパクトを受けると思います。今、物質的な価値観ばかりに重点が置かれていることに対する反発心のようなものが(私自身に)あるのかもしれません。国威を象徴したいなら、メンタル面で見せればいい。ヨーロッパに行くと、歴史の専門チャンネルがあり、私の住んでいるイタリアでは普段から古代の遺跡を目にします。子どもの頃から(歴史や文化への)認識があるわけです。ギリシャ人もローマ人も、自分たちのアイデンティティーがある。お金持ちでも中身が伴わなければどうしようもない、というメンタリティーもある。日本も本当はそういう民族であるべきです。たくさんお金が動くのはいいけど、それに値する知性や教養も深めたらどうかと思います。せめて前回はどんな大会だったとか、古代ギリシャはどんなところだったとか、大会が始まった動機は何だったのかなど、少しでも多くの情報を知っていることが、招致国としての責任を果たすことになると思っています。

     ――作品の中でタイムスリップした主人公が1964年の東京に現れます。この時代を舞台に選んだ理由は?

     ◆(東京大会マラソン銅メダルの)円谷幸吉を描きたかったからです。オリンピックという概念が古代と今でどのような変化を遂げたのか、(調べていくうちに)それを象徴的に意味づけたのが円谷幸吉の死だったのではないかと考えたからです。国威や商業というものが運動と結びつく、その劇的な過渡期と向き合って、純粋に運動が楽しいと捉えられなくなっていく選手の精神性を描きたかったのです。私たちは「選手たちが国の代表として戦うことは大変だな」と思う程度じゃないですか。でも実際に選手たちがどれほどプレッシャーを感じていたか。円谷が活躍したのは戦争が終わって20年しかたっていない時期だったのです。国威のためにとても重いものを背負わされていたのでしょう。

     ――第2巻では円谷さんが自死する場面も描かれています。

     ◆編集者がご家族に会い行き、私も当時の雑誌などいろんな文献を調べました。あらゆる誹謗(ひぼう)中傷も含めてできるだけ読みました。円谷は(68年の)メキシコシティー大会の直前に、婚約者と結婚しようとしましたが(所属先の)自衛隊幹部に反対をされて、無理やり引き離されてしまうのです。婚約者は「日本の希望の芽をつもうとしている」と言われ、円谷との結婚を無理やりあきらめさせられてしまうわけです。円谷が亡くなったのはその1カ月後でした。「他国の選手は結婚をして家族を持つことが励みになって頑張れる」と、円谷のコーチは反対する人たちに訴えましたが受け入れられませんでした。このような不条理さを描きたいという気持ちがありました。円谷のことを描いた後に、円谷のお兄さんから「幸吉が生きて言えなかったことを言ってくれたようだ」と連絡がありました。彼の本当の心境は聞けていませんが、「もし私だったら」という思いが積もり積もって出てきた言葉を漫画の中で表現しました。

     ――今後、この作品はどのように話が進んでいくことになるのでしょうか?

     ◆舞台がギリシャですので(哲学者の)ソクラテスやプラトンも出てきます。ギリシャは哲学発祥の地で、ヨーロッパのすべての文明がギリシャに傾倒しています。(古代ローマを舞台とした)テルマエ・ロマエを描いている時も、どこかでギリシャは扱わないといけないと考えていました。五輪がテーマのこの作品で、ギリシャにチャレンジしてみようと決めました。たくさん本を読まないと描けないし、芸術論も入っています。予期せぬ、深い内容の作品になりましたが、東京大会の時に描いていた漫画としてはぴったりだなと思います。

     ――どのような人たちにこの作品を読んでほしいですか。

     ◆運動が好きな人も嫌いな人も、運動に対してうんちくを持っている人もそうじゃない人も、みんなが読める作品にしていきたい。「面白いね」だけじゃなくて「運動のことをぜんぜん分かっていないね」という反論があっても良いです。私は俯瞰(ふかん)的に客観的に運動を見ています。ティフォージ(イタリアのサッカーファン)のように中に入って応援していたら、見えない部分がたくさんあります。しかし運動が嫌いだからといってずっと避けてもいきたくない。知りたいという気持ちはあります。だから、今までのスポ根漫画にない、最も運動に対して俯瞰的な作品なのかなと思います。熱血で頑張ろうという描写が全くない漫画ですからね。

    とってつけた「おもてなし」ほど嫌なものはない

    漫画家のヤマザキマリさん=東京都世田谷区で2019年2月26日、山下浩一撮影

     ――これまでの大会で印象に残るものはありますか?

     ◆幼い頃でしたけど(72年の)札幌冬季大会ですね。テレビをつければ、大会のテーマ曲(虹と雪のバラード)が流れていました。北海道育ちの私にとって冬は寒くてとても嫌な時期でしたが、札幌が開催地となり、北海道の自然が賛美され、子どもながらに誇りのようなものを感じていました。あの頃の(北海道の)子どもたちはスピードスケートをやらされていました。リンクに行くとあのテーマ曲がかかっていたのです。そうすると、にわかに選手になった気持ちになりました。今でも五輪の開会式と閉会式は必ず見ます。いろいろな国の人たちが入場してくる様子を見るのが面白いからです。あの場面だけ、急に地球は一つみたいな雰囲気になりますよね。あの感覚がやっぱり好きなのかな。(会場に)入ってくる選手たちの様子をじっくり見ます。この国は戦争をしているからこれだけの選手しか出場できないのかなどと想像します。毎回、入場してくる選手たちの時代背景が見えてくるのです。一度にさまざまな国の人たちを見ることも多くないですからね。

     ――東京大会で実際に観戦してみたい競技はありますか?

     ◆マラソンや陸上競技です。テレビで見ているのと、実際にその場で躍動している選手たちの姿はやはり違うと思います。音楽もテレビで見るのと、ライブで見るのとでは全然違うでしょう。人間のエネルギーの放出感が伝わりますよね。マラソンはもともと、ギリシャ人が戦争で勝ったことを戦場から伝えるために、兵士が約42キロ走ったのが始まりとされます。だから現代のマラソンを古代ギリシャ人が見たらとても驚くのではないでしょうか。

     ――メイン会場となる新国立競技場は今年11月に完成する予定です。

     ◆イタリア人に見せると「コロッセオを造っているのか」と驚きます。雰囲気が似ているそうです。(古代)ローマでは、コロッセオはお金を持つ権威者がその象徴として造りました。人間のメンタリティーは昔から変わらないのだなと実感します。丸くて真ん中が空いているという基本的な形状は、2000年が経過しても全く変わっていない。最初に開催された(ギリシャの)オリンピアは何もない野原で、屋外ロックフェスのような雰囲気だったそうです。運動を見て楽しむ。神殿が立っていて生けにえにされた牛をみんなで焼き肉にして食べる。そういう催しが昔のオリンピックだったのです。

     ――注目の選手はいますか?

     ◆もしこの漫画が実写化された時に、誰が主人公にふさわしいだろうという話をしたことがあります。担当の編集者は陸上短距離のケンブリッジ飛鳥選手を推していましたし、私もケンブリッジ選手の走る姿は観戦してみたいですね。ケンブリッジ選手は全体のオーラやたたずまいにエンターテイナー性があります。ただ走って結果を出すだけじゃなく、彼のたたずまいに心を動かされる人もいるでしょう。エンターテイナーとしての自覚みたいなものを持って運動している選手で面白いなと感じます。

     ――20年東京大会に向けて、日本のあるべき姿についてはどう考えますか?

     ◆もっと自然体でいい。大会が来るから日本をすごいと思わせる必要はなくて、ありのままの姿でいいのです。とってつけた「おもてなし」ほど、嫌なものはありません。外国人に向けた脚色・演出した日本である必要はありません。経済的に準備が間に合わないとか、お金が足りなくなったとしてもそれでいいと思います。(15年に開かれた)食をテーマにしたミラノ万博を取材したことがあります。先進国のパビリオンはお金がかかっていてとても立派でした。日本も賞を取りましたが、私が驚いたのはオランダでした。オランダのスペースだけ何も建っていなかったのです。草原のようなものがあって、屋台のトラックみたいなものが3台ぐらい並んでいるだけ。そこにみんなが寝そべったり、楽しそうにビールを飲んだりしている。気負うことなく自分たちの国をアピールしていました。これが先進国のあり方なのかなと思いました。お金をかけるだけでは、逆にかっこ悪くなるなと痛感しました。日本もオランダのようなことができる国でしょう。これだけのリソース(資源)と自然があって謙虚な心もあります。そういう演出があっていいと思います。

    ヤマザキマリ

     1967年東京で生まれ、北海道で育つ。17歳でイタリアに留学し、油絵などを学ぶ。97年に漫画家デビュー。イタリア人男性と結婚し、シリアやポルトガル、米国などで暮らす。古代ローマ人が日本の銭湯や温泉にタイムスリップする「テルマエ・ロマエ」で2010年にマンガ大賞を受賞。五輪がテーマの「オリンピア・キュクロス」をグランドジャンプ(集英社)で連載中。

    神崎修一

    かんざき・しゅういち。1978年神奈川県生まれ。早大卒。2004年毎日新聞入社。長野支局、青森支局を経て、東京本社・西部本社(福岡)で経済部。百貨店、コンビニ、銀行、鉄道会社などを担当した。2018年4月よりオリンピック・パラリンピック室。学生時代はサッカー部だったが、現在は見る専門。