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東京へ ともに歩む

毎日新聞

インタビューに答える東松寛文さん=毎日新聞東京本社で2019年2月18日、山下浩一撮影

東京・わたし

リーマントラベラー・東松寛文さん「おもてなしできる体制、国民レベルで作ろう」

コンゴ共和国で、独特なファッションを楽しみ世界一おしゃれな紳士集団と言われる「サプール」と一緒に街を闊歩(かっぽ)する東松さん(左)=本人提供

 大手広告会社に勤め、週末を中心に海外旅行に出かけているリーマントラベラー・東松寛文さん(31)は「スポーツイベントの熱狂は旅行の大きなきっかけ」と話します。【聞き手・本橋由紀】

     ――サラリーマンをしながら、何度も旅行をしていますね。

     ◆1998年の長野五輪や2002年のサッカー・日韓ワールドカップ(W杯)が原体験にあるかもしれません。長野の時は小学生でしたが、スキー・ジャンプ団体で金メダルを取った場面で、みんなですごく盛り上がった。テレビで家族全員、父母とおばあちゃん、弟です。

     ――あのときは固唾(かたず)をのみました。

     ◆日本の選手が表彰台に上っているシーンはまだ頭の中に出てきます。02年W杯のトルコ戦の時は中学生で、学校の体育館に集まって見ました。その日は平日だったのでもめたけど、うちの学校は見る方を選択してくれた。部活をやるかどうかももめまして、僕はバスケ部のキャプテンだったのに、サッカーを見ました。でも、五輪やW杯に自分も参加する気持ちになれて熱狂した体験が良かったから、それを探しに海外に行くのかもしれないです。熱狂や普段見られない人々の表情を見たくて海外に行くので、20年の東京大会でもそこに期待したいです。

     ――スポーツがお好きなのですね。

     ◆大好きです。米国のスポーツは、それ自体がショー、スポーツを現地で見るとその熱狂がわかる。これまでにNFL(アメフット)が2回、NBA(バスケット)4回、メジャーリーグ(野球)2回、ヨーロッパサッカーはイタリアで1回、サッカーW杯ロシア大会も行きました。五輪はまだ、とってあります。

     ――20年の東京大会では何を見たいですか。

     ◆サッカーです。観客として参加したい。米国では試合の前にテールゲートパーティーといって、車の後ろのトランクを開けて、バーベキューして、家族団らんして、試合を見ます。観客も最高潮まで気持ちを高めて、試合に臨む。それくらいの盛り上がりを日本で体験できるチャンスかもしれません。

     ――旅行はひとりで行きますか?

     ◆そうですね。最初のきっかけはNBAでした。12年のゴールデンウイークにロサンゼルスのチームがプレーオフに出ました。チケットは80ドル。休みは取っていなかったのですが、チケットを買えば行った気持ちになれると思って買いました。そうしたら、「おれ、行けそうだな」と思い始めて、上司に「1日休みを下さい」と申請しました。

     ロサンゼルスの経験は印象的でした。大人が昼間から人生を楽しんでいる。日本で、平日は会社のためにずっと働いて、夜も飲み会に出て、帰って寝るだけの生活でしたが、向こうでは昼間からバスケのために着替えて集まる。「こんな生き方もあるんだ」と旅を続けるようになりました。人の熱狂がスタートにありました。学生時代は部活だけ、社会人になっても忙しくて、「社畜寸前」。それはサラリーマンには当然だし、いつかハネムーンで長期の海外旅行に行けるかな、10年後ぐらいかなと思っていたんです。

     ――人生が変わりましたね。

     ◆めちゃくちゃ楽しくなりました。それまでは自分の軸じゃなくて、会社を中心に人生が回っていましたが、旅が好きだと気づいて、自分の軸が見つかった。その結果、旅に出るためにどのように働いたらいいかと、自分のやりたいことを中心に人生が回るようになって、人生が充実しました。休み方を変えたら勝手に働き方が変わって、生き方、人生まで変わりました。それで、旅に感謝して、そのことを伝えていきたいというエネルギーになっています。

    ベナンで地元の子どもたちとカメラに収まる東松さん(右)=本人提供

     ――仕事はどうでしょう?

     ◆短期間でも旅に行けると気づいてしまったので、金曜日の夜、空港にいるために、月曜から計画的に仕事をするようになりました。それまではなんとなくダラダラ仕事して、先輩の顔色をうかがい、飲み会には電車がなくなるまで付き合っていたのが、金曜日に向けて働くようになりました。仕事を効率化できた。休み方を変えたら、自分の軸を選択できるようになって、いいことずくめです。

     ――そしてスポーツを見に行くと。

     ◆スポーツは行く理由になります。ここしか休めないから、ここにしか行けないと考えると、満足度が下がる。休む日が決まったら、どこかで何かやっていないか調べて、スポーツやお祭りのイベントがはまれば、「ここで休めてラッキー!」になるわけです。

     ――夢や目標はありますか?

     ◆僕は日本の教育を変えたいと思っています。旅に行くまでは、自分の人生なのに、誰かの基準ではかっていました。同調文化の日本社会で、誰かが「これがいい」と言うように生きていました。でも、旅でいろんな生き方をしている人に会い、選択肢を得ました。そこから自分らしいことが何かを考えて、リーマントラベラーという生き方を見付けられたんです。海外に行かなかったら、いまだに社畜寸前だった。これを、若い子にもサラリーマンにももっと生き方には選択肢があることを伝えたい。それでもサラリーマンを選ぶなら人生は最高です。選択肢を増やして、チャレンジできるように、小学校や中学校で講演しています。僕自身が、選択肢が与えられたことで人生に主体性が生まれ、人生が充実して、僕の想像していなかった楽しいことが起きるようになった。その経験を伝えたいのです。

     ――いろんな生き方の人とはどんな人ですか?

     ◆一番大きいのはキューバでの経験です。15年7月に米国と国交正常化する直前の5月に行きました。当時の平均年収は2万4000円と言われ、貧しい国だと思っていたんですが、衝撃的な体験をしました。地元の人が住むエリアで、おばちゃんの荷物を持ってあげると、家に招かれてごはんをごちそうになりました。爆音が鳴っている家をのぞくとダンスパーティーになり、水たまりにはまって白い靴が真っ黒になったら、違うおばちゃんが靴を洗って、乾かしてお茶まで出してくれた。終わったら、楽しかったね、じゃあね、って。チップを要求することもない。自分が満足できていれば人生は充実するのではないかと考えさせられる経験でした。その翌16年からリーマントラベラーの活動を始めました。

     ――五輪やパラリンピックについて考えることはありますか?

     ◆観光の面ですが、18年末にCNNなどの海外メディアや世界的な旅行雑誌「Travel+Leisure」が出した今年行くべき場所20選や50選に、思ったより日本が入っていませんでした。今はモノ消費からコト消費が主流になっていますが、また行きたくなる仕掛けをしていかなければいけない、スポーツをきっかけに、また来てもらう町作りをしないとと思いました。

     例えば、鳴り物入りの応援のない海外に、応援の体験の価値はなかなか伝えられていません。海外の人には「もう一回行きたい」と思うような熱さを感じてもらいたい。足を踏み入れないとわからない体験が、これからの旅行と観光では絶対重要です。

     もうひとつは、マインドです。この前、街中で困っている外国人がいたんですが、その前をみんな素通りです。外国人観光客の一番の悩みは「ここに行きたい」くらいではないでしょうか? それなのに、言葉のせいにして無視するマインドはまずいです。テンションも予算感もやりたいことも違う海外の人に選択肢を示し、みんなで歓迎するムードを作りたい。日本で良いコミュニケーションをとった経験はまた来る理由につながります。

     ――東京と地方は違いますか?

     ◆東京には人ごと感があると思います。目的意識が強いからでしょうか。自分が目的を持って東京に来ているから他人のことに興味を持てない。自分の生活だけで精いっぱい。心の余裕がないと道で困っている外国人は助けられません。それは意識的に変えないといけないので、率先してやっています。

    インタビューに答える東松寛文さん=毎日新聞東京本社で2019年2月18日、山下浩一撮影

     ――ボランティアには登録しましたか?

     ◆ぼく、五輪に出たいんですよ。出られないでしょうか。でも難しいと思って、「世界ワンコインおみやげ協会」を作って、面白いお土産を集め始めました。500円以内のお土産が200個以上集まりました。お土産って、自分がそこに行ったことを誰かに伝えるために買う意味が強いそうです。スーベニアは自分が行ったことの記念。お土産を通じて、海外に行けない人が海外を知るきっかけになります。すごいいいなあと思って集めています。20年に海外の人がスーベニアではなくお土産を買って帰ってほしい。それで日本の経験を人に伝える。そこで日本に興味を持つ人が増えて、日本に来る人が増える、ということを形にしたいです。

     ――例えばどのようなお土産ですか?

     ◆キューバのチェ・ゲバラの本立て。これ、角度がきつくて本が立てられない。200円か300円です。フィリピンの黒魔術師が作ったほれ薬、合法です。ウクライナではロシア某大頭領の顔がデザインされたトイレットペーパー。世界中に面白いものがいろいろあります。お土産を通じて、ぼくなりの参加をしたいなと思っています。

     五輪はピンチでもありチャンスでもあります。世界各国の人から評価されますから。この国が本当に良いかどうか、20年のブームが25年の万博まで続くかどうかわからない。押しつけではない、おもてなしのできる体制を、国も企業もですが、国民レベルで作りましょう。海外で心に残っているのは人とのコミュニケーションです。それがカギです。

    とうまつ・ひろふみ

     1987年生まれ。岐阜県羽島市出身。神戸大学在学中はアメリカンフットボール部に所属。2010年、大手広告代理店に入社。12年に一人で海外旅行へ行ったことがきっかけで働きながら週末、旅行に出かけるようになった。16年からリーマントラベラーを名乗り、講演なども多数実施。著書に「サラリーマン2.0 週末だけで世界一周」(河出書房新社)

    本橋由紀

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室委員/東京編集編成局編集委員。1963年東京都生まれ。1987年入社。東京社会部、英文編集長、夕刊編集部デスクなどを経て2011年に福島支局長、13年地方部長など。18年7月から現職。高校時代は水泳部、早稲田大学ではラグビー蹴球部副務を務めた。17年のつくばマラソンを3時間43分59秒で走り、ベストを更新した。