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毎日新聞

全日本体操選手権の男子個人総合予選で平行棒の演技を終え、痛みが悪化した左肩を気にする内村航平=高崎アリーナで2019年4月26日、宮間俊樹撮影

Field of View

「レジェンド」内村を襲う非情な現実

全日本体操選手権の男子個人総合予選で平行棒の演技中、痛めた左肩を押さえて顔をゆがめる内村航平=群馬・高崎アリーナで2019年4月26日、宮間俊樹撮影

 現実は非情だ。4月下旬の全日本体操選手権で内村航平(リンガーハット)を見て、そう思わずにはいられなかった。

     内村は男子個人総合予選で失敗を連発して決勝進出を逃した。内村の予選落ちは高校2年だった2005年以来。世界選手権(10月)の代表入りも極めて厳しくなった。

     予選前日の会見で、内村は肩を左、右と痛め、まともに練習できていないことを明かした。それでも「難度を下げればミスなくできる。小さいミスを出さずに代表に入りたい」とおだやかに話した。

     苦境で自分自身を支えるものは何か。その問いに、内村はまず「集中力」と答え、そして続けた。

     「今までは練習からしっかり、確かな自信を持ってできた。でもここまで思うように体が動かないと、経験に頼るしかない。不確かな自信を持ってやることも今は大事ではないか。他の人にはできない経験もたくさんさせてもらい、自分にしかない自信もあると思うので活用したい」

     栄光を重ねた30歳でなければ言えない言葉だ。だが予選はその通りにならなかった。内村は最初の床運動で、自分の動きがいつもと違うと感じたという。次のあん馬は器具に力がうまく伝えられず、「高校生や大学1年の時のような感覚」のうちに落下した。

     本来の内村なら大きく減点されても、残りの種目で挽回できる。しかし今回は、それができる状態ではなかった。「先が見えたことに自分でもちょっと失望しちゃったのかな」。5種目めの平行棒で左肩の症状を悪化させ、最後の鉄棒では着地も止められなかった。

     予選を終えた内村は、前日に自身が発した言葉を再び口にした。

     「今日の演技が終わって、『不確かな自信って何だ』と思った。結局、体操は練習しかない。今後は不確かな自信を持ってやることは二度とない」

     存分に練習をするためには、肩の痛みが癒えるのを待たなければならない。それがいつになるかは内村にもわからない。東京五輪は来年に迫っているのに、自分の先が見えない不安は、決して小さいものではないだろう。

     私は内村がいない決勝を、サビのない音楽を聴いているような気持ちで見た。大胆さと繊細さを兼ね備えた演技で会場に抑揚をもたらし、勝負どころでは最上級の演技で興奮を呼ぶ内村のすごみは、他の選手にはまだない。内村の不在が、内村の存在の大きさを浮き彫りにしていた。

     「レジェンド」を襲う容赦ない現実は、気の毒にも思う。だが内村は「周りが心配してくれるのも嫌」と言っていた。とにかく今は、自らの力で鮮やかによみがえる内村の姿を、じっくりと待ちたい。(石井朗生)

    石井朗生

    毎日新聞東京本社運動部編集委員。1967年生まれ、東京都出身。92年入社。陸上、アマ野球などを担当し、夏冬計6大会の五輪を取材。デスク業務を経て2018年秋に現場取材に復帰した。大学で陸上の十種競技に挑み、今も大会運営や審判に携わる。最近はアキレス腱(けん)断裂や腰椎(ようつい)すべり症など、ケガの経験が歴戦のトップ選手並みに。