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東京へ ともに歩む

毎日新聞

森山直太朗さん=東京都渋谷区で2019年4月17日、根岸基弘撮影

東京・わたし

森山直太朗さん「勝ち負けだけじゃない楽しさ、予想できない展開の面白さが伝わってほしい」

森山直太朗さん=東京都渋谷区で2019年4月17日、根岸基弘撮影

 「さくら(独唱)」などのヒット曲で知られる人気シンガー・ソングライターの森山直太朗さん。現在は「森山直太朗コンサートツアー2018~19『人間の森』」で全国を回っています。高校時代はサッカー部キャプテンを務め、現在でもフットサル大会に出場するほどのスポーツ好きです。【聞き手・神崎修一】

     ――2020年の東京五輪まであと1年ほどになりました。

     ◆昨年6月に東京国際フォーラムで開催された日本オリンピック委員会(JOC)主催の「オリンピックコンサート」に出演させていただいたことで、自分のスポーツ経験や過去の大会について振り返るきっかけになりました。大学2年まで体育会でサッカーをやっていましたから、五輪やサッカー・ワールドカップ(W杯)は欠かさず見ていました。五輪は4年に1度ですが、各大会にドラマがありますね。

     ――特に記憶に残る大会はありますか?

     ◆(1984年の)ロサンゼルス大会です。小学校2年生だったかと思います。80年モスクワ大会は日本が参加をボイコットしたので、物心ついて見る五輪はロス大会が初めてでした。米国は経済的リーダーで、エンターテインメントでも世界トップクラス。そのロス大会を最初に見たのは自分の中ではとても大きいことでした。開会式では「ロケットマン」が空から下りてきたりして、子どもながらに衝撃を受けました。

     ――印象に残った競技や選手は?

     ◆(100メートルなどで4冠を達成した)カール・ルイス選手(米国)の活躍はもちろんですが、(女子マラソンの)アンデルセン選手(スイス)がふらふらになりながらゴールしたシーンもよく覚えています。それまで、人間の極限状態の姿を見たことはありませんでした。(選手に)誰も触れられない。本人は意識がない中でただゴールだけを目指す。リアルタイムで見ていたと思いますが、あれ以上の衝撃的なシーンはなかったです。(柔道無差別級の)山下泰裕さんが優勝した時は、相手選手が(山下選手の)けがしたところを狙わなかったのですよね。日本選手が大活躍した大会ではないのに(記憶に残る大会として)ロス大会を挙げる方は多くないですか? それだけドラマがつまった大会だったのだと思います。

     ――お母さんの森山良子さんが開会式に出演した98年長野大会の思い出はありますか?

     ◆開会式を現地で見ました。家族として見ていたので僕も緊張してしまって、実はよく覚えていないんです。無事に終わってよかったなという気持ちだけでした。(劇団四季の)浅利慶太さんの演出で、子どもたちが会場にファーと入って来て、みんなで一緒に歌を歌う。ミュージカルのようだったのを覚えています。びっくりするようなイリュージョンではなく、歌や合唱で勝負するというオーソドックスなものでした。とにかく(良子さんに)やり遂げてほしい、かんばれという思いでした。

    注目は「森保ジャパン」久保選手に選ばれてほしい

     ――東京大会で選手に期待することは。

     ◆選手たちに期待するなんて、めっそうもありません。オリンピックコンサートで、平昌冬季大会で活躍したスピードスケートの小平奈緒選手などメダリストの方々にごあいさつする機会がありましたが、みなさんとてもキラキラしていました。自分たちが成し遂げたことや、日本を代表しているというだけで本当にすごいことなのに、(メダル獲得という)偉業に対しても、何か「けろっ」としている感じがとても好感が持てました。期待することなんて本当におこがましくて、ただただご自身の表現を貫いてほしいというだけです。

     ――期待する競技はありますか?

     ◆体操や柔道、レスリング、陸上のリレーなど日本の「お家芸」といわれる競技で、選手たちが活躍するとわかりやすくて面白いなと思います。野球だと米国がレギュラー選手を出してこないとか、サッカーだとA代表の選手は何人までとかルールがあるので「なんかさあ」という感じがします。五輪にかけている選手はたくさんいるわけで、どこかにハングリーさがないと面白くない。偏った見方ですけど何億円も稼いでいる選手が優勝してもそんなに面白くないじゃないですか。五輪だからこそ日の目を見る競技があると思うんですね。競泳はひょっとしたらそうかもしれません。(2大会連続2冠の)北島康介さんたちの活躍でステータスがすごく上がったと思います。僕の周りにはスポーツに興味がない人もたくさんいますが、せっかく東京で開かれるので、勝ち負けだけじゃない楽しさとか、予想できない展開の面白さが伝わってほしいですね。

     ――注目の選手はいますか?

     ◆さきほど話したこととは逆になりますが、サッカーの「森保ジャパン」には注目しています。五輪のサッカーは選手たちの「市場」でもあります。大きな大会で活躍できるというカリスマ性とか、メンタリティーなどを、海外のチームが品定めします。久保建英選手(FC東京)は選ばれてほしい。海外で活躍している若い選手もたくさんいるので、彼らが「飛び級」で東京大会に出られたら面白いですね。

     ――サッカーを始めたきっかけは?

     ◆サッカーを始めたのは小学校3、4年生の時です。大学2年までやりました。ポジションは主にボランチでした。父が野球好きだったので小さいときは野球もやっていました。甲子園やプロ野球がすごく盛り上がっていた時代です。ただ、野球の強い学校は頭を坊主にしなきゃいけなかったり、下級生の時はいろいろ大変だったりと聞いたので、最終的に気楽そうなサッカーを選びました。軟派な理由ですが、サッカーはやってみるとすごく面白くて、今でもプレーしています。この前もフットサル大会に出場しました。何が面白いのか。一言で語りきれないところにも魅了されていますね。

     ――東京大会の開会式や閉会式は、サッカーの聖地でもある国立競技場で行われます。

     ◆僕が東京都知事だったとしたら、国立競技場は壊さなかったかなあ。代々木の第1、第2体育館も生かしたかったですね。今あるものをリニューアルしながらのやり方の方が、健全な気がします。国立競技場は、閑古鳥が鳴いていたサッカーの日本リーグ時代から通っていたので、壊すと聞いた時は切なかったです。後楽園球場が東京ドームになった時もそうでした。五輪は大事な行事だし、新しい国立競技場は意気込みの表れだと思うのですけど、「あの国立競技場がこんなに簡単に取り壊されてしまうのか」という気持ちはありました。

    東京大会契機に、日本ならではの部分が明確になると良い

     ――現在は全国ツアー「人間の森」の最中です。スポーツをやってきた経験が、今の音楽活動に役立っていることはありますか?

     ◆ひねくれた答えになってしまうけど、その頃は夢中でプレーしていただけでした。朝練とかフィジカル的に苦しいことはいくらでも体験しましたね。なんで朝飯前に10キロ走らないといけないのとか思っていました。そういう苦しみに耐えうる精神力は培われたかもしれませんね。(高校時代に)キャプテンを務めましたが、声がでかいだけでした。今は全国ツアーでスタッフやバンド含め30~40人の大所帯で、いろんな所を旅しながら回っています。あの頃、スポーツでやりきれなかった団結とか、みんなで一緒に何かする楽しさみたいなもの、(学生時代に)体現できなかったことにトライしているような感じです。

     ――アーティストは個人の戦いというイメージを持っていました。

     ◆僕の場合は本当にみんなに助けてもらいながら、ようやく舞台に立てています。もちろん自分の名前でツアーをやっていますが、本当にチームのようです。最終的に「ごっつぁんゴール」したり、泥臭くゴールするのが僕の役割なのですが、僕が奇麗なシュートを決められないので、「みんな、俺の後ろからシュート打って」というようなことを言っています。(ステージでも)全員攻撃、全員守備です。

     ――全国各地で公演を開いていますね。

     ◆いろいろな地域に行って、そこに集まってくれた皆さんに自分の音楽を通して何か可能性を感じてもらったり、普段考えないようなことを分かち合ってもらったり。結局、音楽を通じて、人と人とのつながり、コミュニケーションを続けているだけなんです。

     ――東京大会にアーティストとして関わりたい気持ちはありますか?

     ◆祭典では、音楽にできることはたくさんあります。僕はスポーツが大好きですし、小さな奇跡が重なって、もしそういう状況や環境ができあがり、自分がそのお役目をいただくことがあれば、できる限りの準備をして臨みたいなと思います。

     ――東京大会への期待はありますか。

     ◆高度経済成長期に東京五輪や大阪万博が開かれました。そして今回、東京五輪があり、また大阪で万博があります。元号が変わりましたが、時代は繰り返されています。その間に、僕たちが得たものと失ったものは両方あります。ただ景気が良くなったということだけじゃなく、東京大会を契機に、日本ならではの誇れるものやおもしろさなど、ここは守っていこうという部分が明確になると良いですね。

    もりやま・なおたろう

     1976年生まれ。東京都出身。「直太朗」名義でのインディーズデビューを経て、2002年メジャーデビュー。03年の「さくら(独唱)」が大ヒットした。昨年8月にアルバム「822」を発表。同年10月から始まった「森山直太朗コンサートツアー2018~19『人間の森』」は6月1、2日のNHKホール(東京)まで続く。

    神崎修一

    かんざき・しゅういち。1978年神奈川県生まれ。早大卒。2004年毎日新聞入社。長野支局、青森支局を経て、東京本社・西部本社(福岡)で経済部。百貨店、コンビニ、銀行、鉄道会社などを担当した。2018年4月よりオリンピック・パラリンピック室。学生時代はサッカー部だったが、現在は見る専門。