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東京へ ともに歩む

毎日新聞

国内大会で須崎(右)にアドバイスする吉村さん=東京・駒沢体育館で2019年4月3日午後0時40分、倉沢仁志撮影

Together

レスリング女子 世代を超えた2人の世界女王が挑む東京五輪

 レスリング女子で日本選手初の世界選手権優勝を果たすなど黎明(れいめい)期を支えた吉村祥子さん(50)は今、指導者として後進の育成に励んでいる。女子最軽量級で世界選手権2大会連続金メダルの須崎優衣(19)=早大2年=も、日本オリンピック委員会(JOC)が若手強化のために始めた「エリートアカデミー」での教え子の一人。世代を超えた2人の世界女王が来夏の東京五輪に二人三脚で挑む。【倉沢仁志】

    技の実演をしながら指導する吉村さん=東京都北区で2019年4月26日午後5時45分、倉沢仁志撮影

     東京都北区のレスリング場に吉村さんの声がこだました。「まだまだ」「そこで諦めない」。エリートアカデミーの選手に交じってスパーリングする女子50キロ級の須崎を見つめる。須崎は「吉村コーチはセコンドにいる時もしっかりと動きを見てくれている。声も届くので本当に心強い」と絶大な信頼を寄せる。

     成城学園高(東京)時代に競技を始めた吉村さんは当時最軽量の44キロ級で活躍した。「毎試合、顔にあざができるほど前に出続けた」という攻撃スタイルで、1989年の世界選手権を日本選手として初制覇した。93~95年には3連覇するなど計5度にわたって世界の頂点に立ち、90年代の女子レスリング界をけん引した。2009年には国際レスリング連盟(現・世界レスリング連合)の殿堂入りを果たした。

     しかし、五輪出場の経験はない。女子が五輪種目になったのは04年アテネ大会からだ。採用が決まった01年の時点で既に30歳を過ぎ、両膝のけがにも苦しんでいた吉村さんにとって、全盛期のパフォーマンスを発揮し続けることは難しかった。「女子が五輪に採用されることが決まっても、『この体力では参った。どうしよう』と思うと涙が出た」と当時を振り返る。

     不安は的中した。五輪を目指す新鋭が台頭する中、03年の全日本女子選手権で表彰台を逃した。04年の代表選考会は予選リーグで敗退し、五輪への道が閉ざされて一線から退いた。

     引退後は指導者の道を歩んだ。08年、JOCエリートアカデミーのコーチに就任。中高生を対象に味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC、東京都北区)を拠点に全寮制でエリート教育を施すプログラムで、昼夜問わずに選手たちを指導、支援してきた。09年からは全日本女子の強化にも携わり、「レスリング界に恩返ししたいという気持ちでやってきた」という。

     そして13年に出会ったのが、中学2年でエリートアカデミーに移ってきた須崎だった。攻撃へのスピードや勝負への執着心が突出し、何より努力する姿勢が際立っていた。「この子は素晴らしい選手になる」。指導者、そして元世界女王の直感だった。技の種類や相手との駆け引きなど、自身の経験を余すことなく伝えた。

     向上心の高い須崎の成長は上昇カーブを描き、16年には全日本選抜選手権と全日本選手権の国内2大大会を制覇した。さらに安部学院高(東京)3年で出場した17年の世界選手権で当時の女子48キロ級を制し、後に五輪4連覇した02年大会の伊調馨(34)=ALSOK=以来の高校生王者となった。吉村さんは「あの時点で世界を取らせたかった。立派なシニア選手になってくれた」と目を細める。時に意見がぶつかることもあるが、吉村さんは「私たち2人の関係だからこそ、逆にそれがないと駄目」と語る。須崎は昨春、早大に進んだ後も吉村さんの指導を受け続け、勢いそのままに昨年の世界選手権女子50キロ級でも優勝した。

    練習場で常に声を出して選手たちを鼓舞する吉村さん=東京都北区で2019年4月26日午後5時37分、倉沢仁志撮影

     だが東京五輪の代表争いが正念場に入る昨年11月、須崎に試練が訪れた。日本代表の強化合宿のスパーリング中に左肘の靱帯(じんたい)を断裂した。東京五輪に向けて重要な位置づけの大会となる翌12月の全日本選手権の出場は断念せざるをえなかった。

     女子50キロ級は、16年リオデジャネイロ五輪金メダルの登坂絵莉(25)=東新住建=や、今春のアジア選手権を制した入江ゆき(26)=自衛隊=がいる激戦区だ。9月の世界選手権(カザフスタン)でメダルを獲得すれば、東京五輪の日本代表に内定するが、誰が世界選手権に出てもメダル獲得は有力だ。そのため、世界選手権の出場権争いが正念場となる。

     その選考のスタートが昨年12月の全日本選手権だった。須崎は欠場し、優勝した入江を追う立場となった。世界選手権に出場するには、来月13~16日(東京・駒沢体育館)の全日本選抜選手権で優勝し、後日行われる入江とのプレーオフに持ち込んで勝利するのが一つ。もしくは、全日本選抜で自身が優勝を逃しても、入江も優勝を逃せば、昨年の世界選手権覇者としてプレーオフに回り、全日本覇者の入江と全日本選抜覇者との三つどもえの戦いを制する道が残される。

     須崎がこの苦境にどんな姿を見せるか。長年エリートアカデミーの教え子として指導にエネルギーを注いできた吉村さんも注目している。コーチとして導く時もあれば、須崎が走る姿を後方から支えた時もあった。同じ速度、同じ歩幅で大舞台を目指してきた。「彼女のゴールが私のゴール。五輪切符をつかんで金メダルを取った時、初めて『私は行けなかったけれど、取ってくれて良かった』とこみ上げてくると思う」

    倉沢仁志

    毎日新聞東京本社運動部。1987年、長野県生まれ。2010年入社。高知、和歌山両支局を経て17年から東京運動部。レスリング、重量挙げなどを担当。高校時代には重量挙げで全国高校総体に出場したが、階級で10キロ以上軽い三宅宏実選手の記録には遠く及ばない。