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東京へ ともに歩む

毎日新聞

練習に励む脇本雄太(前)=静岡県伊豆市のベロドロームで2019年5月7日午後3時58分、松本晃撮影

Passion

「メダル請負人」の改革で急成長 悲願の優勝へケイリン・脇本の挑戦

 自転車トラック種目の男子ケイリンで、2020年東京五輪で日本自転車界悲願の優勝を期待される選手がいる。現在、世界ランキング2位につける脇本雄太(30)=日本競輪選手会=だ。16年リオデジャネイロ五輪後に日本代表の短距離ヘッドコーチに就任したフランス人のブノワ・ベトゥ氏(45)の指導で急成長した。応援してくれた亡き母のためにも金メダルを目指す。【松本晃】

     ケイリンは日本発祥の競輪と同じ発音だが、ルールやスタイルが異なる。競輪のように複数の選手が協力することはなく、より個人の能力や走力が試される。日本勢は08年北京五輪の永井清史(36)の銅メダルが唯一のメダルだ。これまでは競輪に軸足を置く選手が多かったことからも、海外勢に差をつけられていた。

     母国開催の東京五輪での巻き返しに向け、日本自転車競技連盟はリオ五輪で中国女子をチームスプリントで優勝に導くなど「メダル請負人」と呼ばれるベトゥ氏を招へいした。ベトゥ氏は代表に選ぶ条件として、五輪会場となる静岡・伊豆ベロドロームの近くに暮らして代表活動に集中することを掲げるなど、改革を断行した。選手は収入の糧である競輪の出場回数を4分の1以下の年7レース程度とし、生計を立てるための最低限度まで絞り込んで五輪に懸ける。

    リオデジャネイロ五輪後の肉体の進化について語る脇本雄太=静岡県伊豆市のベロドロームで2019年5月7日午後4時48分、松本晃撮影

     その中で成長してきたのがリオ五輪に続き、東京五輪で代表入りを目指す脇本だ。リオ五輪で1回戦、敗者復活戦ともに敗れた悔しさから、東京五輪では本腰を据えて取り組むことを決意した。ベロドロームから車で20分のところに住み、昨年5月に結婚して妻も呼び寄せた。脇本はリオ五輪後の日々について「今までの基礎を全部壊した。一から作り直した」と振り返る。

     「自転車に乗ってなんぼ」と8時間近く乗り込んでいたのが、今はベトゥ氏の「3時間以上乗っても効果はない」との教えから、練習の密度を高める形に変えた。その代わりに筋力トレーニングは週1日から3日に増やすなど、徹底的に論理的な練習を積み重ねた。

     その結果、90キロあった体重は必要な筋肉だけになり、食事を一切変えずに80キロ近くまで絞り込まれた。太もも回りは62センチとトップ選手の中では太い方ではないが、身長180センチの均整のとれた体を手に入れた。200メートルのタイムも10秒2から9秒8になり、日本勢には陸上競技の男子100メートルと同じくらいハードルの高いとされる「10秒の壁」を突破した。

     福井県出身で、自転車を始めたのは仲の良い友人に誘われて県立科学技術高に入学してからだった。五輪を意識するようになったのは高校2年の国体で1キロのタイムトライアルで優勝したことがきっかけだ。母子家庭で5人きょうだいの真ん中として育った脇本は大会前、母幸子さんが工面して買った40万円の自転車に奮起して頂点を手にした。自信を得て競輪選手になり、現在までに最高峰のGIレースで3勝の実績を誇る実力者となった。

    東京五輪への思いを語る脇本雄太=静岡県伊豆市のベロドロームで2019年5月7日午後4時55分、松本晃撮影

     競輪での活躍を報じるスポーツ紙を欠かさず切り抜くなど熱心に応援し、支えてくれた幸子さんは11年7月にがんで亡くなった。幸子さんが危篤状態に陥ったと知ったのは地元の福井県での競輪のレース後で、死に目に立ち会えなかった。幸子さんはレースが終わるまで脇本に伝えないように家族に依頼していた。最後まで気配りを欠かさない母だった。当時、母の願いでもある五輪出場を目指していた。だがロンドン五輪を翌年に控え、最愛の母を亡くしたショックは大きく、日本代表の活動を離れた。

     ロンドン五輪はテレビで観戦した。そこで疾走する仲間の姿で、再び闘志に火がついた。「五輪で世界一に」「一度決めたらやり通す」。母の言葉がよみがえってきた。ロンドン五輪後に代表活動に復帰し、リオ五輪出場をかなえた。そして、そこで得た悔しさをバネに今がある。

     持久力を生かしたロングスパート、脚をためてのゴール前でのダッシュと自在の戦法を生かし、17年12月にはワールドカップ(W杯)でケイリンで日本勢14年ぶりとなる優勝を遂げた。昨年10月にもW杯を制し、世界ランキングトップが見える位置に来た。「メダルは夢から目標に変わった。天国の母に金メダルを見せたい」。その目に強い決意が宿る。

    ケイリン

     日本発祥の競輪から生まれた自転車トラック種目。五輪では最大7人の選手が1周250メートルのすり鉢状のトラック6周で争う。モーター付きの先導車を風よけに位置取りを争い、残り3週で先導車が外れてから時速70キロものスピードで順位を競う。競輪では相手の走路をふさぐことは戦略だが、ケイリンでは禁じられている。競輪のように複数の選手が協力して「ライン」を組んで戦うこともない。男子は2000年シドニー五輪から、女子は12年ロンドン五輪から実施されている。

    松本晃

    毎日新聞東京本社運動部。1981年、神奈川県生まれ。住宅メーカーの営業を経て、2009年入社。宇都宮支局、政治部を経て16年10月から現職。柔道、空手などを担当。文学部心理学科だった大学の卒論は「電車の座席位置と降りる早さの相関関係」。通勤に一時間半の今に生きているような、いないような。