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東京へ ともに歩む

毎日新聞

日本選手権男子50キロ競歩を日本新記録で制し、笑顔を見せる鈴木雄介=石川県輪島市で2019年4月14日午前11時18分、小林悠太撮影

Passion

「最後のチャンピオン」へ 競歩の世界記録保持者・鈴木 大けがから復活の軌跡

 故障などに悩まされた絶望の時を乗り越え、復活ののろしを上げた。陸上男子20キロ競歩の世界記録保持者、鈴木雄介(31)=富士通=は4月14日、石川県輪島市で行われた日本選手権50キロ競歩で3時間39分7秒の日本新記録で初優勝。世界選手権(9~10月、ドーハ)で東京五輪代表入りを狙う。

    2年9カ月ぶりの復帰レースとなった東日本実業団選手権男子5000メートル競歩に出場した鈴木雄介=埼玉県熊谷市の熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で2018年5月19日午前10時9分、小林悠太撮影

     鈴木の本職である20キロは、世界ランキング1位に23歳の山西利和(愛知製鋼)、同3位に21歳の池田向希(東洋大)ら成長著しい若手が名を連ねる。鈴木は代表選考レースで山西らに敗れ、20キロ競歩では世界選手権代表の座を逃していた。

     そこで「20キロは層が厚い。50キロの方が五輪代表を狙える」と矛先を変え、日本選手権で初めて本格的に50キロに挑戦。50キロも世界ランキング2位に2016年リオデジャネイロ五輪銅メダルの荒井広宙(ひろおき)=富士通、同3位に17年世界選手権5位の丸尾知司(愛知製鋼)らトップ10に日本勢5人が入る激戦区。鈴木は20キロより遅いペースでスタミナを温存し、最後に持ち前のスピードで突き放した。従来の日本記録を40秒更新。荒井らを破っての優勝は価値が高く、新境地を切り開いた。

     4年前、鈴木は世界王者に近づいていた。3月に20キロの世界新記録を樹立し、8月の世界選手権北京大会は優勝候補として臨んだ。だが、11キロ付近で途中棄権。5月下旬から恥骨付近に痛みが出たことが原因だった。レース後は「来年(リオ五輪)が本番。だから棄権した」と気丈に話した。

     約10カ所の病院や治療院を回り、遠くは九州まで足を運んだ。恥骨の疲労骨折と診断され、画像診断では既に治癒していると説明を受けた。だが、痛みは治まらなかった。

     心が疲れて金メダルを狙うはずだったリオ五輪は、テレビでも見なかった。普段は食べないスナック菓子に手を伸ばし、体重は約7キロも増えた。治療院に通う交通費などで使った日本陸上競技連盟の強化費約30万円を不正に申請し、後に6カ月間の登録会員資格停止処分も受けた。「一面真っ暗な所をさまよっていた。(不正申請も)お金が欲しかったわけでなく、何も関心が持てなかった」

     転機は17年夏。ある病院で、サッカーの外傷などの権威である埼玉の整形外科を紹介された。鈴木も名前は知っていたが、「その整形外科で治らなかったらと考えると、行くのが怖かった」という。それでも、「最後の最後。ここで駄目なら諦めよう」と決断した。

     診察の結果、恥骨周辺の筋肉の炎症やこりなどを指摘された。週3日、マッサージなどのリハビリを始めると、痛みは次第に和らいでいった。「自分が感じていた痛みと(診断が)重なった。本当に救われた」。復帰への第一歩だった。

    故障を乗り越えて復活を果たした鈴木雄介(右)と富士通の高野善輝コーチ=千葉市で2019年4月19日午後5時、藤井太郎撮影

     昨年5月の東日本実業団選手権5000メートルで2年9カ月ぶりに実戦復帰した鈴木は今、周囲への感謝を胸に歩いている。所属先の富士通は3年近く歩けず、不正申請が発覚しても「クビ」にはしなかった。福嶋正監督は「けがさえ治れば、すぐに世界のトップまで行ける」と励まし続け、高野善輝・競歩コーチは別メニューの鈴木の練習にとことん付き合った。だから、鈴木は「失敗があっても人は立ち上がれるというのを見せたい」と力を込める。それが恩返しになるからだ。

     今秋のドーハ世界選手権で日本人最上位で3位以内に入れば、東京五輪代表に内定する。代表が決まれば、東京には50キロで出場する。「金メダルを取ったら、完全復活と言っていい」。50キロ競歩は22年以降は実施されない。五輪は東京がラストチャンスだ。「最後のチャンピオン」の称号を見据えている。【新井隆一】

    2015年世界選手権男子20キロ競歩で途中棄権し、頭を抱える鈴木雄介=中国・北京で2015年8月23日、三浦博之撮影

    新井隆一

    毎日新聞大阪本社運動部。1977年、東京都生まれ。2001年入社。大阪運動部、松山支局、姫路支局相生通信部を経て、07年秋から大阪、東京運動部で勤務。リオデジャネイロ五輪、陸上世界選手権(モスクワ、北京、ロンドン)、ラグビーワールドカップ(W杯)ニュージーランド大会などを取材。高校野球の監督経験もある。