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東京へ ともに歩む

毎日新聞

スケートボードの平野歩夢(左)と堀米雄斗

Passion

スケートボード 2人の天才、再び同じ道

 2020年東京五輪で初採用されるスケートボードの日本勢で、注目される同世代の2人がいる。ストリートの世界最高峰のプロツアー「ストリートリーグ(SLS)」で昨年、3連勝した堀米雄斗(20)=XFLAG=と、スノーボード男子ハーフパイプで冬季五輪2大会連続銀メダルを獲得し、今度はスケートボードのパークで五輪出場を目指す平野歩夢(20)=木下グループ。両種目の五輪代表は男女各最大3枠で、国内外の大会結果を基に来年6月までに代表が決まる。小学生の頃のライバルで違う道を歩んできた2人が再び同じ世界に顔をそろえることになった。

    堀米、人と違うことを

    スケートボードのパフォーマンスショーで会場を沸かせる堀米雄斗=埼玉県越谷市で2019年6月30日、玉城達郎撮影

     09年5月、神奈川県藤沢市の鵠沼海浜公園スケートパークで開催された国内大会「エレメントカップ」。アマチュアクラスで1、2位を独占した10歳の少年2人の姿は鮮烈だった。当時を知る競技関係者は「どちらも普通の小学生と違った。雄斗は人をまねるのではなく、自分から人と違う技、誰もできないような技に挑んでいた。歩夢はたたずまいが違った。小学生ながら近寄りがたいオーラがあった」と振り返る。

     ただし、2人に劇的な出会いがあったわけではない。その数年前から大会で顔を合わせていたが、堀米は「歩夢は新潟に住んでいたのであまり知らなかった。普通にあいさつする程度。歩夢が五輪で銀メダルを獲得して、あの歩夢だったのかと驚いたぐらい」と振り返る。

     それでも、2人がこの大会で顔を合わせたことには意味がある。堀米が得意とする「ストリート」は街中の手すりや階段を模したコース、平野が挑戦している「パーク」は複雑に湾曲したくぼ地状のコースでそれぞれ行われる。現在は異なる五輪種目で活躍する2人だが、当時競い合ったのはバーチカルと呼ばれるハーフパイプの構造物を滑る非五輪の種目だ。2人の共通点がここにある。

     バーチカルは高さ3~4メートルほどの両端部分が垂直になっており、ここで技を決めるには技術だけでなく体幹の強さや安定感のある滑りが求められる。複雑な技を繰り出しても着地で簡単には倒れない堀米の体の強さ、高いエア(空中技)でも体の軸がぶれない平野の安定感。彼らの原点はバーチカルにあると冒頭の関係者は見る。日本代表の西川隆監督も「バーチカルが全てではないが、バーチカルは技を繰り出しやすく種類も増えるので世界と戦いやすくなる」と話す。

     堀米は「周りから体幹が強いとよく言われるが正直、自分では分からない」と言う。むしろ、自分の強さは「人と違うこと」にあると考える。「人と同じでは目立てない。人と違う見せ方をしないといけない」と話す。堀米が得意とする大技の一つには1990年代に流行したものもある。昔の映像を見て技を取り入れたものだ。幼い頃から動画を見るのが好きだった堀米は遊び感覚でさまざまな技に挑んできた。

     ただ、昨年はSLSで3連勝した堀米も東京五輪のポイント争いが始まった今年は苦戦が続く。堀米は「今年になってレベルが上がっている。世界中から名の知られていない選手がどんどん出ている」と話す。6月に米国で行われた国際大会では堀米が準決勝で敗れたが、17歳の白井空良(ムラサキスポーツ)が日本勢で唯一、決勝に残って2位に入るなど10代の台頭も著しい。だが、堀米は「スタイルはそれぞれ。空良の技もすごいテクニックがいるが、僕にも大技はあるから」と焦るそぶりはない。他の選手と比較しても意味がないと思うからだ。

     「五輪に出場できたら、もちろん全力でメダルを狙う」と話す堀米だが、スケートボードの本当の魅力はストリートカルチャーと呼ばれる独自の文化にあると考える。最初は大会もなく、いつでも、どこでも、好きなように滑るところから始まった。仲間とふらりと街に出て面白い場所を見つけては難しい技に挑む。プロ選手がオリジナル映像を作るのも、その延長線上だ。

     2年前から米国を拠点に活動する堀米の目には、五輪一色の日本と海外ではカルチャー部分で大きな差を感じるという。「日本もこれから変わるはず」。その魅力を伝えるのも自分の役割だと自覚する。

    平野、ゼロからの挑戦

    高いエアを見せて、日本選手権を制した平野歩夢=新潟県村上市スケートパークで2019年5月12日、佐々木順一撮影

     人と違うことに価値があると考えるのは平野も同じだ。「僕がスケートボードに挑戦するのは誰もやったことがないから」。平野は本職であるスノーボードとの二刀流の意義をそう語る。

     板を使って滑るという点で見た目は似ている競技だが、足を板に固定するスノーボードと、固定しないスケートボードでは体の使い方が大きく異なる。前者が体全体を投げ出すようにして滑るのに対し、後者は着地を含めて足の使い方が重要になる。互いの技術が直接生かせるわけではなく、「そっちがうまいから、こっちがうまいということはない」と言い切る。

     幼い頃に親しんだことがあり、夏場のトレーニングなどにスケートボードを取り込んできた平野だが、実質的にはゼロからの挑戦とも言える。強みがあるとすれば、スノーボードで培われた体の強さと天性のバランス感覚の良さ、そしてタフさ。5月の日本選手権で優勝後、平野は「正しい答えがあるわけではないが、何かを失っても新しいものを得ようとする気持ちから精神的な強さが生まれる」と挑戦の意義を語っている。

     6月の国際大会では結果の出ない試合が続いた。国内ではエアの高さが武器となったが、海外では大きな評価を得るには至っていない。本人も厳しい道のりであることは承知の上だが、前向きな姿がこれまでスケートボードと無縁だった人々の関心を集めている。堀米も「歩夢の力でスケボー(の反響)がすごく広がっている」と、かつてのライバルの参戦に刺激を受けている。【田原和宏】

    ほりごめ・ゆうと

     東京都出身。父亮太さんの影響で6歳から競技を始める。10代前半から国内トップ選手として活躍。2014、15年と2年連続で日本一に輝く。17年に本格的に渡米し、その年に世界最高峰のSLSに初出場。18年5月のロンドン大会で日本人初優勝を飾ってから3連勝。本職のストリートに加えて、パークでの出場も狙う。

    ひらの・あゆむ

     新潟県出身。4歳でスケートボード、スノーボードを始め、幼い頃は父英功さんの運営する競技場、冬はスキー場で技を磨いた。15歳で出場した2014年ソチ五輪スノーボードの男子ハーフパイプで、冬季五輪で日本人最年少メダルの銀を獲得。18年平昌五輪でも2大会連続で銀メダルに輝いた。今年からスケートボードのパークに本格参戦。

    田原和宏

    毎日新聞東京本社運動部。1972年、奈良県生まれ。教職などを経て2001年入社。06年からスポーツ取材に関わり、福岡、大阪勤務を経て13年から現職。16年リオデジャネイロ五輪では体操、卓球などを担当。東京五輪取材班キャップ。スポーツクライミングなど新競技にも注目する。職業病なのか、「おかしいやろ」が口癖。