メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

東洋大陸上部の競歩コーチを務める酒井瑞穂さん(左)の指導で力をつけた池田向希(中央)。右は酒井俊幸監督=埼玉県川越市で2019年5月11日、玉城達郎撮影

Together

大学駅伝名将の妻 子育てと両立し世界ランク3位の競歩選手育てる

 2020年東京五輪のメダル有望種目である陸上男子競歩で、東洋大が躍進している。大学駅伝界の名将、酒井俊幸監督(43)の妻瑞穂さん(42)が昨春に「競歩コーチ」に就任したのがきっかけだ。男子20キロ競歩では池田向希(21)が世界選手権(9~10月、ドーハ)代表になり、国際陸上競技連盟の世界ランキングでも3位につける。瑞穂さんは小学生の息子2人の子育てと両立しながら、指導者として東京五輪を目指している。

    競歩コーチを務める酒井瑞穂さんへの感謝の思いを語る東洋大の池田向希=埼玉県川越市で2019年5月11日、玉城達郎撮影

     福島県本宮市出身の瑞穂さんは03年に結婚。09年に福島・学法石川高の教諭だった酒井監督が東洋大監督に就任するのを機に、ともに故郷を離れて埼玉に移り住んだ。酒井監督は箱根駅伝総合優勝3回を誇り、東京五輪男子マラソン代表の有力候補である前日本記録保持者の設楽悠太(Honda)や服部勇馬(トヨタ自動車)、「2代目・山の神」の柏原竜二さんらを育てた。

     瑞穂さんはマネジャーを含めて60人超の大所帯をこれまで、「監督補佐」として支えてきた。栄養士や料理長、女子栄養大の上西一弘教授と定期的に打ち合わせをしながら、おいしくて栄養価の高い寮の食事を考え、練習後に出すフルーツ酵素ジュースの材料の買い出し、選手の就職活動時には履歴書の書き方の指導など役割は多岐にわたった。「(瑞穂さんは)どの選手が胃腸が弱いとか、風邪を引きやすいとか、選手により調子を落としやすい時期が分かる」と酒井監督。きめ細かなサポートで選手からの信頼は厚かった。

     転機は昨春に訪れた。以前は競歩も酒井監督が指導していたが、池田らが入学後に急成長。そこで「専門的な技術力の向上とチーム力のアップ」(酒井監督)を求め、国内の大学では珍しい常駐の競歩指導担当として瑞穂さんがコーチに就任した。元トップレベルの選手の瑞穂さんは25歳で引退後は福島県の県立高校の教諭をしながら競歩の国体コーチも務め、審判資格も持っていた。

     競歩は両足が同時に地面から離れた状態などは「歩型違反」と見なされ、繰り返せば失格となる。歩くスピードに加え、歩型の正確性が重要な競技だ。瑞穂さんは池田らの歩型に乱れがないかを毎日チェックする。練習メニューを選手と相談して作り、大会ではレースプランも授ける。さらに、家事や監督補佐の仕事もあり、多忙を極めている。酒井監督も「育児も大変だし、一言でいうと感謝です」と話す。

     サポートを受けた選手たちは、大きく飛躍した。池田は昨年の世界競歩チーム選手権で優勝し、世界ランキング1位も経験した。50キロの川野将虎(20)も今年4月の日本選手権で従来の日本記録を上回る日本歴代2位の好記録をマークし、世界ランク9位につける。池田は「コーチ(瑞穂さん)が来るまでは、歩型は崩れたら崩れっぱなしだった。そこを崩れる前にアドバイスをくれて、修正してくれる」と感謝する。

     瑞穂さんの熱意の原動力は11年の東日本大震災にある。あの日、よく訪れた地元・福島の浜沿いの街が津波で流された。自身の実家も半壊した。寮で部員を預かりながら、福島県出身の柏原さんらと地元に物資を送る作業に奔走した。あれから8年たつが、震災を忘れたことはない。「テレビを見て、自分は何もできなかった。だから、せめて福島県出身の人間として、故郷に恩返しのため何かを残さないといけないと覚悟した」

     酒井監督は妻の指導を「練習計画はレースを想定して緻密に立て、医学、科学、栄養学の専門家と相談しながらトータルで強化している」と評価し、瑞穂さんも「(夫は)すごく真面目で、力に関係なく選手に親身になってアドバイスをしている。駅伝だけでなく、日本選手権や世界大会も目指し、将来を見据えた指導を心掛けている」と話す。互いに支え合い、指導者として尊敬し合う姿勢が、世界に通用する選手の育成へとつながっている。【新井隆一】

    「世界」を見据えて練習に励む東洋大陸上部の池田向希=埼玉県川越市で2019年5月11日、玉城達郎撮影

    新井隆一

    毎日新聞大阪本社運動部。1977年、東京都生まれ。2001年入社。大阪運動部、松山支局、姫路支局相生通信部を経て、07年秋から大阪、東京運動部で勤務。リオデジャネイロ五輪、陸上世界選手権(モスクワ、北京、ロンドン)、ラグビーワールドカップ(W杯)ニュージーランド大会などを取材。高校野球の監督経験もある。