メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

女子ゴルフツアーの資生堂アネッサ・レディースで今季2勝目を挙げ、母伸子さん(左)とともに優勝トロフィーを掲げる渋野日向子=横浜市の戸塚カントリー倶楽部で2019年7月7日、岸本悠撮影

Field of View

全英女子OPで海外メジャー初挑戦 地域に育てられ豊かに育つ渋野日向子

国内女子ゴルフのメジャー大会、ワールドレディース・サロンパス杯でツアー初優勝を果たした渋野日向子=茨城GC東で2019年5月12日午前10時ごろ、岸本悠撮影

 1日に開幕したゴルフの全英女子オープンで、20歳の渋野日向子(しぶの・ひなこ)が初めて海外メジャー大会に挑み、初日を6アンダーの2位タイで好発進した。昨夏のプロテストに合格し、今季から国内女子ツアーに本格参戦したばかりだが、7月までに早くも2勝。賞金ランキングで2位につける新星だ。世界ランキングは46位に浮上し、2020年東京五輪の出場権争いにも加わろうとしている。

     今季の活躍と明るい人柄で人気急上昇中の渋野だが、私は以前から注目していた。なぜなら、渋野の父・悟さんは私の大学時代の陸上競技部の同期、母・伸子さんも部の1年後輩で、よく知る間柄だから。今年は毎週、渋野のスコアをチェックしては大学時代の仲間と盛り上がってきた。

     私が渋野のプレーを初めて見たのは7月7日、大逆転で2勝目を挙げた資生堂アネッサ・レディースの最終日。岡山から応援に来た伸子さんと一緒に観戦しながら、渋野が育った過程について聞き、地方公務員の家庭からどうやって有能なゴルフ選手が育ったのか、という疑問が解けた。

     渋野がゴルフを始めたのは小学2年の夏。ゴルフ練習場に勤める友人の父から体験会に誘われたのが第一歩だった。その秋にはスポーツ少年団でソフトボールも始めたが、指導者が両方とも大好きな渋野を積極的に応援してくれた。打撃を左打ちに変え、3年になって投球練習を始めたのも、体を左右バランス良く使うなど、ゴルフにも通じる動きを身につけられるようにと勧められたからだ。

    国内女子ゴルフツアーの資生堂アネッサ・レディースで優勝し、母伸子さん(左)とともにリーダーボードの前で笑顔を見せる渋野日向子=横浜市の戸塚カントリー倶楽部で2019年7月7日午後4時14分、石井朗生撮影

     中学校ではソフトボール部がなく、学校に相談して男子しかいない野球部に入った。放課後の練習はゴルフと重なって休む日もあったが、朝練習には参加。2年になってゴルフで頭角を現す一方で、男子との体力差が大きくなったこともあり、顧問教諭の後押しでゴルフに専念する道を選んだ。

     ゴルフでは岡山県連盟の育成事業によりゴルフ場での錬成会に格安で参加。そこでは技術や結果よりルールやマナーの指導が重視された。中学で県ジュニア選手権3連覇。高校は自ら県内の強豪、作陽高を選んで寮生活を送って自立心も養い、全国高校選手権団体優勝などを経験して土台を培った。

     渋野の経た道のりには、いくつものキーワードが見える。本人の「意思」の尊重。「地域」の支え。ゴルフに偏らない「複数競技」の経験。勝利至上でない「マナー」の重視--。伸子さんは「地域の人々に恵まれ、育ててもらった」と言う。渋野が育った環境は実に豊かで、理想的と言えるのではないか。

     渋野はソフトボール日本代表の上野由岐子投手にあこがれ、20年東京五輪もソフトボールを観戦するつもりでいたが、今や自身がゴルフで五輪に近づいている。来年6月までにもっと世界ランキングを上げる必要があるが、「チャンスがあるならつかみたい」と意欲満々だ。

     伸子さんは「東京五輪に出られなくても、その先がある。常に高い目標を持ち、前進できるよう頑張ってくれればいい」と見守る。多くの人々に愛情を注がれて育った渋野は、今後のさまざまな経験や出会いも力にしていくに違いない。【石井朗生】

    石井朗生

    毎日新聞東京本社運動部編集委員。1967年生まれ、東京都出身。92年入社。陸上、アマ野球などを担当し、夏冬計6大会の五輪を取材。デスク業務を経て2018年秋に現場取材に復帰した。大学で陸上の十種競技に挑み、今も大会運営や審判に携わる。最近はアキレス腱(けん)断裂や腰椎(ようつい)すべり症など、ケガの経験が歴戦のトップ選手並みに。