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毎日新聞

7月に行われたジャパン・オープン決勝で、奥原希望を破り、自身初の2週連続ワールドツアー優勝を果たした山口茜=東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで2019年7月28日、喜屋武真之介撮影

Passion

バド世界ランク1位の山口茜 天才少女が覚醒 周囲のサポートに「100で返したい」

 バドミントンの世界選手権(スイス・8月19~25日)で、女子シングルスの優勝候補筆頭は世界ランキング1位で臨む山口茜(22)=再春館製薬所=だ。「スーパー高校生」と呼ばれた10代から掲げる「楽しむ」のモットーは不変だが、社会人となって生まれた自覚が、潜在能力を呼び起こしている。【小林悠太】

7月のジャパン・オープンで優勝して笑顔を見せる山口茜。この優勝で得たポイントが決め手となり、世界ランキング1位に浮上した=東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで2019年7月28日、喜屋武真之介撮影

 世界選手権の前哨戦となった7月のインドネシア・オープンとジャパン・オープンで、ライバルたちを寄せ付けず、自身初の2週連続ワールドツアー優勝を果たした。「長いラリーになった時や試合終盤できつくなった時でも、我慢してスピードを上げて攻められている」と手応えを話す。

 バドミントンの盛んな福井県勝山市で大人の男性コーチと打ち合いながら才能を伸ばした。高校1年生だった2013年のジャパン・オープンで最年少優勝を果たし、13、14年の世界ジュニアで2連覇。19歳で臨んだ16年リオデジャネイロ五輪でも8強に入り、将来を期待されてきた。

 10代の頃は五輪や国際大会のシステムを詳しく知らず、強い海外選手と試合すること自体がモチベーションで、勝敗やメダルへの執着はなかった。今も根本的に「楽しむ」ことが大事なことは変わらない。ただ、16年4月に社会人となって以降、サポートしてくれる人たちやスポンサーの存在を知り、次第に心境に変化が生まれた。

 特に転機となったのが1年前の夏だ。昨年6~7月の東南アジア3大会でいずれも8強、同7月末開幕の世界選手権も4強で、成績的には悪くないが不完全燃焼だった。特に世界選手権は中国まで栄養サポートのスタッフが来てくれていたが、「集中しきれておらず、試合をこなしていただけだった。現地でサポートしてもらったのに、自分が100で返せていない」と悔やみ、「試合で頑張るだけではいけない。毎日の練習も精いっぱいやる」と覚悟を決めた。

 バドミントンは年間で約20の国際大会を転戦し、体力面で厳しい競技だ。疲れから、集中しきれない試合や練習があっても致し方ない。しかし、山口は「試合で負けそうになっても『今日は頑張ったし、いいかな』と思うこともあったが、『もうひと踏ん張りしよう』と思う。試合だけでなく、練習でも毎日を精いっぱい頑張り、きつい時でも『もう一歩出そう』と思うようになった」という。

 日々の地道な一本一本の積み重ねで、以前の課題だった体力面が克服された。フットワークが良くなったことで、持ち味の多彩なショットの精度も増した。7月末、世界ランキング1位に立っても「一戦一戦頑張る。世界選手権は挑戦者の気持ちで、精いっぱいのプレーを出す」と地に足を付け、世界選手権初優勝を目指す。

やまぐち・あかね

 福井県勝山市出身。兄2人の影響でバドミントンを始め、小中高と各年代の全国大会の女子シングルスで優勝。勝山高1年だった2013年のジャパン・オープン優勝で一躍注目を集める。17年スーパーシリーズ・ファイナル優勝。全日本総合選手権優勝は3度。156センチ。右利き。

小林悠太

毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。