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東京へ ともに歩む

毎日新聞

ペア結成15年で培った連携で世界の頂点を目指す嘉村健士(右)と園田啓悟=東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで2019年7月27日、喜屋武真之介撮影

Passion

バド・ソノカムペア、結成15年の原点 一時解散危機も「七夕みたい」に続ける

 バドミントンの世界選手権(スイス・8月19~25日)で男子ダブルスの頂点を目指すのが世界ランキング4位の園田啓悟(29)、嘉村健士(29)組=トナミ運輸=だ。ともに1990年2月に九州で生まれた2人の出会いは、熊本・八代東高入学前の中学3年時だった。ペア結成15年の節目に、日本男子ダブルスにとって悲願の世界一へ挑む。【小林悠太】

ガッツポーズする嘉村健士(右)と園田啓悟。感情を前面に出したプレーが特徴だ=東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで2019年7月26日、喜屋武真之介撮影

 「中学時代、園田はシングルス、嘉村はダブルスで全国トップクラス。組ませたら面白いと思った」と八代東高の権藤浩二監督(57)は運命の日を語る。2004年の夏、まだ中学3年だった2人は九州随一の名門校の練習に参加し、監督の指示でペアを組んだ。頭脳派の嘉村がネット前に果敢に突っ込み、後ろへ抜けた球には身体能力の高い園田が跳びつきながら打ち込む。同校の高校生とも互角に勝負し、権藤監督は「最初から独特なテンポの速さがあり、見ていて面白いペアだった」と振り返る。

 今も169センチで同じ身長の2人は、当時も165センチほどと似た体格。上背がない分、自然と低く速い展開を求めた。嘉村が「プレーの話はしなくても、すんなりとダブルスができた」と言えば、園田も「最初からかみあっていた。最初に組んだ時の感覚を今も忘れられない」と話す。

 チームでよく練習に行った地元の強豪クラブ「くまもと八代YKKAP」の田上良治さん(41)と球を打ち合い、低く速い軌道のドライブを磨いた。3年時には全国高校総体3位、世界ジュニア8強と成績を残した2人だが、卒業後、体育教員を目指した嘉村は早大、園田はYKKと進路は分かれた。

 2人が将来的な再結成を考えていなかった当時、権藤監督は「せっかく良いダブルス。七夕の織り姫とひこ星みたいに年1回の国体だけでも組ませたい」と考えた。国体に卒業校の県から出られるふるさと選手制度を使って嘉村を園田とともに熊本県成年男子チームに呼び寄せ、ダブルスを続けさせた。

 高卒2年目だった09年の新潟国体で再び運命が動き出した。富山県と対戦した2人はトナミ運輸の当時日本一のペアを破った。その夜の宿舎の風呂場。普段は無口な園田が「やっぱりダブルスは面白い。今、シングルス中心だけど、シングルスをやめて、健士とダブルスがやりたい」と興奮した表情で語り出した。驚いた嘉村は「そうだな。頑張ろう」とすぐに応じた。

 実現に動いたのが、敗れた富山県の監督でもあったトナミ運輸の荒木純監督(52)だった。「ウチでソノカムペアを作る」と決めた。もともと、YKKは活動規模が縮小傾向にあり、園田が10年4月にトナミ運輸に移籍する方向だったため、すぐに嘉村も勧誘した。園田が入ってきた10年度から2年間、早大側の理解を得て、トナミ運輸、早大と別々の所属ながら、国内外の大会に出場させた。

 性格は正反対だ。嘉村が一方的に話し、園田は黙って受け止める。言葉を返さない園田に対し、嘉村は不満を感じていた時期もあるが、「啓悟だから何を言っても許して、ついてきてくれる」と考えるようになった。2人とも「他の相手だったら、ここまで続けられていない」と語る。

 2人とも30歳で迎える東京五輪を集大成に位置付ける。世界選手権の成績は17年が3位、18年は2位と着実に上がってきている。7月以降、園田のドライブが不振で持ち味の低く速い展開が機能せずに苦しんでいるが、本来の力を出せれば、頂点までステップアップできる可能性は十分ある。

園田啓悟(右)と嘉村健士は、ともに身長169センチ。低く速いショットの打ち合いが得意だ=東京・武蔵野の森総合スポーツプラザで2019年7月24日、喜屋武真之介撮影

そのだ・けいご

 熊本県八代市出身。小中学生の時はいずれもシングルスで全国大会2位。全国高校総体ではシングルスとダブルスで3位。八代東高卒後、くまもと八代YKKAPで2年間プレーし、10年にトナミ運輸に移籍。嘉村とのペアでワールドツアー(以前のスーパーシリーズ含む)で5度優勝。全日本総合選手権3度優勝。169センチ。右利き。

かむら・たけし

 佐賀県唐津市出身。小中学生ではともにダブルスで全国大会3位。全国高校総体では園田と組んだダブルスで3位。八代東高卒後、早大に進学し、大学1年と3年時に全日本学生選手権ダブルス優勝(ペアは元日本代表の上田拓馬)。12年にトナミ運輸入社。169センチ。右利き。

小林悠太

毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。