メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

自宅の壁の前で仲良く並ぶクライミング女子の第一人者、野口啓代(左)と父健司さん=提供写真(世良田郁子撮影)

Together

クライミング野口 父健司さん手作り壁で「成績安定」 衰えぬ情熱支援

 スポーツクライミングの世界選手権(11~21日、東京・八王子)で、日本女子の第一人者である野口啓代(30)=TEAM au=が東京五輪の切符を懸けて挑む。2006年に16歳でワールドカップ(W杯)に初参戦して以降、世界のトップレベルで戦い続けてきた。強さの原点は、茨城県龍ケ崎市の実家にある父健司さん(55)手作りの人工壁と向き合ってきた継続と努力の日々にある。【田原和宏】

 11歳のグアム旅行でクライミングと偶然出合い、競技を始めたが、最寄りのクライミングジムまでは車で約30分。13歳の時、いつでも練習できるようにと、酪農業を営んでいた健司さんが自宅の厩舎(きゅうしゃ)を改良してボルダリング壁を作った。知人と2人掛かりで1週間ほどかけて作ったという。当初は小さな箱のようだった空間は野口の成長に合わせて拡張され、今では高さ4メートル、60畳ほどの広さになった。

実家の牛舎の一角に父健司さんが作り上げた人工壁。新たなルート設定のため、撮影時はホールド(突起物)が全て外されていた=茨城県龍ケ崎市で2019年4月3日、田原和宏撮影

 野口はホールド(突起物)で埋め尽くされた壁と向き合い、練習を重ねてきた。10代の頃は多い時に1日800手から1000手近く登っていたという。高さ12メートル以上の壁を登る「リード」の場合、頂点まで40手ほど。1日で20~25本も登った計算になる。健司さんは「啓代に才能があったとすれば、一つのことに情熱を持ち続けたこと」と振り返る。

 一方、野口は子どもの頃から指や体に少しでも違和感があれば、無理に登らなかった。健司さんは、野口が長期間にわたって第一線で活躍できる背景には体調に気を使う精細な面もあると考える。

 野口の強さは得意のボルダリングの成績が如実に物語る。W杯の勝利数は21勝。長年のライバルだったアンナ・ストール(オーストリア)が持つ通算最多記録にあと1勝と迫る。野口は19歳を迎えた08年に初優勝を飾って以降、地道に勝利を重ねてきた。09~15年の7年間で計17勝。この間、4回の年間総合優勝を果たした。16、17年は2年連続で勝利を逃したが、18年は3勝。ストールが一度も勝てなかった28歳以降も、勝ち星を重ねている。

実家の牛舎の一角に野口の父健司さんが作り上げた人工壁。新たなルート設定のため、撮影時はホールド(突起物)が全て外されていた=茨城県龍ケ崎市で2019年4月3日、田原和宏撮影

 今年は史上初の全勝優勝を遂げたヤンヤ・ガルンブレト(スロベニア)の絶対的な強さに阻まれ、勝利を挙げることはできなかったが、それでも世界ランキング2位。30歳を超えても世界の頂点に立てるのは、日々の積み重ねのたまものだ。野口は「私の良さはけがが少なく、安定した成績を残せるところ」と話す。

 世界選手権で東京五輪切符を手にするには、ボルダリングのほか、スピードとリードの3種目で争う20日の女子複合決勝で7位以内でかつ日本人の最上位となる必要がある。野口は登る高さを競うリードでW杯の表彰台に立った経験はあるが、複合が五輪種目になるまで登る速さを競うスピードは未経験だった。父健司さんは今年、不慣れな種目の能力を磨いてほしいと新たにスピード壁を設置した。ホールドは海外から輸入したが、タイムを計る計測器はお手製だ。「反復して練習すればタイムは伸びるはず」。本格的な競技経験のない健司さんが練習に口を挟むことはないが、必要な支援は惜しまない。父の温かなまなざしを背に受け、現役最後の勝負と位置付ける東京五輪を目指す。

田原和宏

毎日新聞東京本社運動部。1972年、奈良県生まれ。教職などを経て2001年入社。06年からスポーツ取材に関わり、福岡、大阪勤務を経て13年から現職。16年リオデジャネイロ五輪では体操、卓球などを担当。東京五輪取材班キャップ。スポーツクライミングなど新競技にも注目する。職業病なのか、「おかしいやろ」が口癖。