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ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

昨年の全国高校総体で清風の男子団体総合優勝に貢献した三輪哲平(左から2人目)と石沢大翔(同3人目)。右端は北園丈琉=家族提供

Passion

高校で共同生活送ったWキャプテン それぞれの道で五輪の体操代表目指す

 違う道を選んでも、目指す場所は一つ。昨年11月の体操男子個人総合スーパーファイナルで当時高校生ながら2位に入った三輪哲平(18)=順大=には、高校の3年間、共同生活を送った仲間がいた。今春に社会人の名門クラブ、徳洲会に入った石沢大翔(ひろと、18)だ。一つ屋根の下で「2020年東京五輪」という夢を追いかけた2人は、それぞれの道で大舞台への歩みを進める。【円谷美晶】

    跳馬に手を置いて笑顔を見せる三輪哲平=千葉県印西市で2019年6月13日、滝川大貴撮影

     静岡県出身の三輪と大阪府出身の石沢は、小学校時代から全国大会で切磋琢磨(せっさたくま)してきた。石沢は中学から、三輪は高校から、多くの五輪選手を輩出している中高一貫校の名門、清風に入学した。進学前、三輪には気になることがあった。それは清風には寮がないこと。そこで梅本英貴監督は石沢との2人暮らしを提案した。石沢は中学時代の実績は三輪を上回っていたが、成長痛などに苦しみ調子を落としていた。梅本監督は「三輪と一緒に暮らして切磋琢磨すれば、石沢も体操や精神面での成長につながるんじゃないかと思った」と語る。

     若い2人によるマンションのワンルームでの共同生活は、周囲の思いやりに支えられた。近所の居酒屋「まるはち」は夜間練習を終えた2人のために定休日を除いて毎日、特別メニューの定食を用意した。三輪が風邪を引いた時は、近くに住む石沢の母暁子さん(48)が病院に連れて行った。

    体操の全日本種目別選手権男子あん馬予選に出場した石沢大翔の演技=群馬・高崎アリーナで2019年6月22日、久保玲撮影

     天性のセンスと身体能力を生かし、跳馬の「ロペス」など高難度の技をこなす三輪。石沢は誰もが認める努力家で、繊細な体操と美しいあん馬が魅力だ。高校3年の4月、梅本監督は持ち味の異なる2人をキャプテンに指名した。互いの存在を励みにチームを引っ張ったが、個人成績では明暗が分かれた。高校3年で三輪は全国高校総体の個人総合で優勝し、同じ年の秋の個人総合スーパーファイナルではシニア選手を抑えて2位になり、日本体操協会のナショナル選手入りを果たした。石沢は「近くにいる哲平と、どんどん差が開いてしまった。ずっと悔しさがあった」。

     その悔しさが、石沢の進路に影響を与えた。ほとんどの選手が大学に進学する中、石沢は徳洲会入りを決めた。「五輪で金メダルという昔からの夢に近づくために選ぶべき道はどれかと考えた」。三輪は「勇気のいること。本気で五輪を目指しているんだという気持ちが伝わってきた」と驚きつつ決断をたたえた。

    体操の全日本種目別選手権男子平行棒予選5位の三輪哲平の演技=群馬・高崎アリーナで2019年6月22日、宮間俊樹撮影

     清風高の卒業式が行われた今年3月。体操競技部の送別会で、石沢は大粒の涙を流しながらあいさつした。「家では話さなかったけど、僕と哲平は応援しあえていた。ありがとう」。その言葉に、三輪も泣いた。苦しいことの方が多かった。険悪だった時期もある。それでも互いに真剣に五輪を目指していることを分かっていたから、練習では心から声をかけあった。三輪は「僕らにしか分からない時間がある。『こちらこそ』という気持ちだった」。

     石沢は今、通信制の大学で学びながら練習に没頭している。徳洲会には亀山耕平らあん馬を得意とする選手がおり、周囲から吸収するものは多い。「みんなと違う道を選んだからには、結果を出さないといけない」。8月の全日本シニア選手権では内村航平(リンガーハット)ら社会人選手と共に争い、あん馬で美しい開脚旋回を披露。14・500点で、種目別では全体4位に入った。

     三輪は春先に調子を落としたものの、「悔しさを引きずらない。来年は自分がチャンピオンでいるために一日も無駄にしない」と力を込める。それぞれが強い思いで、今日も練習に臨んでいる。

    昨年の全国高校総体で団体総合優勝を果たした清風。「ダブルキャプテン」としてチームを引っ張った三輪哲平(中央左)と石沢大翔(中央右)は花束を手に笑顔を見せた=家族提供

    円谷美晶

    毎日新聞東京本社運動部。1985年、東京都生まれ。2009年入社。北海道報道部、千葉支局を経て、東京社会部では気象庁や東京都庁を取材。18年から東京運動部で五輪取材班となり、体操、トライアスロンなどを担当。高校までの部活動は陸上で中・長距離の選手。いつも皇居周りを走っていた。