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MGC STORY

井上大仁 分かれ道は恩師の激怒 小さな挫折、努力で乗り越え

アジア大会で1位でフィニッシュする井上大仁(手前)=インドネシア・ジャカルタで2018年8月25日、徳野仁子撮影

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井上大仁(ひろと)(26)=MHPS

 「一番強いのは誰かと聞かれたら自分だと言う。そこを引いたらダメ」。先月21日、長崎市内で行われた記者会見で、日本記録保持者の大迫傑(ナイキ)、前日本記録保持者の設楽悠太(Honda)らライバルへの強烈な対抗心を示した。

 その芯の強さの原点は、地元・長崎の鎮西学院高時代にある。1年の秋、思うように走れず「足が張った」などと言い訳を繰り返した。すると、入江初舟監督の雷が落ちた。「言い訳チャンピオン」。恩師の激怒は後にも先にも、その一度だけだった。

 「本当にそこが分かれ道だった。それからは何が駄目か考え、負けた時は自分が弱かったと考え、次は勝つと思って取り組めた」。陸上への真摯(しんし)な姿勢が身についた。

男子マラソンで金メダルを獲得し、笑顔を見せる井上大仁=インドネシア・ジャカルタのブンカルノ競技場で2018年8月25日、徳野仁子撮影

 少年時代は目立たなかった。背の順で並べば「指定席」は一番前。球技も苦手。小学校の校内マラソン大会では女子より遅かった。

 小学6年の正月、箱根駅伝を家族で見ていた時に母・康子さんから「テレビに2時間映るよ」と勧められ、陸上を始めた。中学に入学して本格的に走り始めると、どんどん記録が伸びた。「得意なこともなかった自分にできることがあった。うれしかったし、(陸上を)手放したくなかった」

 それでも、世代のトップだったわけではない。「何回も何回も心を折られた。でも、くじけはしなかった。僕は小さな挫折の積み重ねでできている」。中学1年の冬から高校卒業までは、知人の新聞販売店を手伝う父・正文さんと共に毎朝4時から走って新聞配達した。さらに坂道だらけの自宅周辺でもランニングを重ねた。

 努力は実を結ぶ。山梨学院大で頭角を現した。卒業後に進んだMHPSは「陸上部」でなく「マラソン部」と名乗る通り、マラソンを志すランナー集団。一から地道に育てる指導は水が合い、力を伸ばした。

 そして昨年のジャカルタ・アジア大会で、日本勢32年ぶりの金メダルを獲得した。気温30度という最悪のコンディションの中、最後の直線、14年仁川大会(韓国)1万メートル優勝のエルハサン・エルアバシ(バーレーン)と接触して転倒しそうになりながらも、こらえて振り切った。芯の強さとともに、東京五輪に不可欠な暑さへの耐久性も示した。

 目標は五輪出場でなく、五輪で海外勢と互角に戦うことだ。「ぶれずにやっていきたい」。165センチの小柄な体に闘志がたぎっている。【新井隆一】

井上大仁
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