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東京へ ともに歩む

毎日新聞

「私のわんぱくがあの程度ですんだのは、柔道のおかげ」とにこやかに話す山下泰裕会長

東京・わたし

山下泰裕JOC会長が語る「スポーツでの学び、人生に生かしてこそ」

 1984年ロサンゼルス・オリンピックの柔道無差別級で金メダルに輝き、スポーツ界をリードしてきた山下泰裕さん(62)が6月、日本オリンピック委員会(JOC)会長に就任しました。2020東京大会は山下新体制で迎えることになります。山下さんは「金メダル30個」を目標にする一方で、「スポーツで学んだことを人生にどう生かすかが大事」とモットーである「柔道精神」を強調しています。【聞き手・山本修司】

 --会長に就任しての感想は。

 ◆オリンピックの1年前にホスト国である日本の会長が代わるということは極めて異例だと思います。大変な役回りを担ってしまったというのが正直な思いです。私が次期会長の有力候補ということで名前が挙がって4月くらいから、いろんな方に「覚悟を決めろ」とか「腹をくくれ」などと言われましたが、会長になって初めて、そのような言葉の意味を理解できました。

 --世界からたくさんの選手や観客が来ますが、どんな大会にしたいですか。

 ◆まず一つは、世界からアスリートが集うわけですから、最高の晴れ舞台で、最高の準備をして、最高のコンディションで、最高のパフォーマンスを発揮できるような環境を整えることです。

 それから観客やマスコミなど選手以外にもたくさんの方がいらっしゃいますが、日本人と接して、日本の文化に触れて、日本のよさを少しでもよく理解してもらうことです。滝川クリステルさんが招致の際に「お・も・て・な・し」と言いましたが、「ようこそ日本へ、東京へおいでくださいました」と温かく迎え入れる気持ちは大事です。

 --パラリンピックとの連携も重視しています。

 ◆2020東京大会は「オリパラ一体」です。選手強化本部長時代から、これまでの大会にみられないほど、さまざまな面でパラリンピックとの連携、協力を続けてきました。JOCの中で「オリパラ一体」と声を大にして一番訴えてきたのは私です。そんな私が会長になったわけです。

 パラリンピックの選手が輝くことで、私たちが忘れかけていた、人間として大切なことを感じさせてくれる。言い換えれば、人間性の復活につながっていくと思います。

 --「復興五輪」については。

 ◆東日本大震災からの復興を、世界の人たちに感じてもらう。これは東京大会の大きな役割です。災害に対しては世界の多くの人たちが支援してくれました。まだまだ復興道半ばですが、いま力強く復興している姿を見てもらい、感謝の気持ちを伝えることは極めて大事です。

 --組織委員会の森喜朗会長とともに、柔道家でもあるロシアのプーチン大統領と親しいですね。

 ◆ロシアでは格闘技が盛んで、サンボという柔道に似た格闘技から柔道に来た選手も私の年代では多かったんですが、プーチン大統領もその一人です。柔道については「単なるスポーツではない。哲学だ。柔道を通して学んだことが自分の人生に生きている」とおっしゃっています。初めて大統領に就任した時の演説では「今ロシア国民に必要なものは、相手を思いやり、力を合わせて困難を乗り越えていくこと。柔道の精神こそが必要だ」と言われていました。

ロス大会で優勝し、金メダルを胸に涙を流す山下泰裕さん=米国・ロサンゼルスで1984年8月11日

 --柔道の精神とは。

 ◆柔道の創始者・嘉納治五郎師範は「体育の父」と呼ばれた人ですが、いろんな柔術を集めて、危険な要素を全部取り除いて、安全に心身を鍛えるものとして柔道を作りました。目的は明確なんです。丈夫な心身を作り上げていき、己を完成させ、それを人生に生かしていく。そして、よりよい社会づくりに貢献していくということです。

 先ほど述べたプーチン大統領は短気で、思うとおりにいかないとすぐカッとなっていたそうです。しかし、柔道ではどういう状況でも常に冷静さを保たなければなりません。そういうことを柔道が教えてくれたということです。

 --山下さんもずいぶんわんぱくだったとか。

 ◆その通りです。我々の年代だと、柔道というと乱暴で荒くれ者という感じですが、私に言わせると、あの程度(のわんぱく)ですんだのは柔道のおかげです。柔道をやっていなかったら間違いなく道をはずしていました。

 小学校4年生のとき、私がいるから学校へ行けないと登校拒否になる子がいて、両親が「このままだったら大変なことになる」ということで柔道をやらせたんです。そうしたら柔道が好きになって、もっとうまくなりたいとなる。当然先生の言うことをよく聞きます。柔道の基本的精神を分かりやすく教えられました。両親や学校の先生の言うことは聞きもしなくても、大好きな柔道の尊敬する恩師の教えだったら、すうっと入ってくるわけです。そこから変わったんです。

山下会長は、金メダル30個の目標について「選手が果敢に夢に挑戦していけば、不可能な数字ではない」と熱っぽく語る

 ですから、柔道に限らずスポーツの指導者の影響力は非常に大きいと思っています。特に小学校、中学校、高校です。うまくなる、強くなることも大事だけれども、その子の人生に、スポーツをやったことがどう影響を与えるかということがより大事です。

 また、スポーツで一番大事なのはフェアプレーの精神ですが、それはスポーツをやっているときだけの話ではありません。スポーツを通して学んだフェアプレーの精神を、スポーツ以外のところで、日常生活で生かして初めて価値があるんです。

 --オリンピックでは結果も求められます。

 ◆国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長に言われたんです。「ホスト国の活躍なしに大会の成功はあり得ない」と。日本は金メダル30個の目標を掲げています。かなり高い目標ですが、選手たちが残された時間、しっかりやるべきことをやって、果敢に夢に挑戦していけば、決して不可能な数字ではありません。日本代表のアスリートたちが、夢や可能性に向かっていき、大輪の花を咲かせる。その姿は多くの国民に夢や感動、希望、誇りを与えてくれると思います。

やました・やすひろ

 1957年6月生まれ、熊本県出身。柔道八段。東海大体育学部卒、東海大大学院体育学研究科修了。大学時代の77年から全日本選手権9連覇。84年ロサンゼルス大会無差別級では、2回戦で軸足の右ふくらはぎに肉離れを起こしながら、決勝でモハメド・ラシュワンを降して金メダルを獲得した。同年に国民栄誉賞受賞。公式戦203連勝のまま、85年に引退した。東海大では、96年体育学部教授、2009年同学部長、11年副学長。全日本柔道連盟では96年理事、13年副会長、17年から会長。13年日本オリンピック委員会理事、17年選手強化本部長を経て、今年6月に現職。著書は「黒帯にかけた青春」(東海大学出版会)▽ 「指導者の器」(日経BP社)▽「背負い続ける力」(新潮社)など。

山本修司

毎日新聞オリンピック・パラリンピック室長。大分県出身。1986年入社後、千葉支局、東京社会部、西部報道部、横浜支局長、社会部長、西部本社編集局長などを経て2019年5月から現職。事件記者一筋で、スポーツ取材経験は地方予選程度だが、中学から40代までサッカーのプレーと指導、審判に熱中。今は筋トレとランニングで体調を整える。