メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

東京2020大会自転車競技のスポーツマネジャーとして多忙な日々を送る片山右京さん=東京都中央区で2019年9月3日、滝川大貴撮影

東京・わたし

自転車スポーツマネジャー・片山右京さん「本当の勝負は五輪後の『北風』への対応」

 かつてF1ドライバーとして世界の最高峰で戦った片山右京さん(56)。F1引退後も登山家、自転車競技選手など多方面で精力的に活躍し、昨年11月からは、東京2020大会の自転車競技運営責任者「スポーツマネジャー」を務めます。スポーツマネジャーの役割、自転車ロードレースの魅力と見どころを、熱ーく語ってくれました。【聞き手・神保忠弘、田原和宏】

     --F1ドライバーだった片山さんが、自転車競技のスポーツマネジャーになられるには、どういういきさつがあったのでしょう。

     ◆僕はサイクリング少年で、子どものころに自転車で日本一周したこともあるんです。競技として、こんなに関わることになったとは自分でも意外ですけれどね。

     そもそもはトレーニングで自転車に乗って、自転車のスピード感に魅了されて、選手にも会っているうちに、他の競技、たとえば卓球でもバドミントンでも柔道でも陸上でも日本はメダルを取っているのに、自転車は世界的なレベルで活躍できていないことを非常に残念に思った。僕もたくさんの人の応援のおかげで世界で(戦う)チャンスをもらったので、今度は自分がやってあげたいと思い、実業団(日本実業団自転車競技連盟=JBCF)の理事長になるとか、日本人に金メダルやマイヨ・ジョーヌ(※1)を取らせようと、いろいろな形で関わらせてもらっています。そこにオリンピック・パラリンピックでお手伝いをしてもらえないかとの話をもらいました。光栄なので「ぜひお願いします」となり、ここに至るという感じですね(笑い)。

     --残念ながら自転車競技は、まだ日本ではマイナースポーツだと思いますが。

     ◆1896年の第1回アテネ大会から、ずっとオリンピック競技だったことも知られていないでしょう。その7年後の1903年にはツール・ド・フランスが始まった。当時の自転車を見ると、今とほとんど変わらない。自転車の「乗り物」としての基本的なコンセプトはすごいと思います。ガソリンも使わず、人力で平均時速40キロ以上で走れる。すごくないですか?

     自転車を取り巻く環境は100年に一回のイノベーション(革新)にあります。モビリティーとしての変化、スポーツのあり方、さらには大きな事故に備えた制度設計までを含めてです。ドイツのミュンスター(※2)では自転車専用の高速道路ができたり、ヨーロッパではモビリティーの中心になってきた。ゾーン30(※3)がムーブメントとなるなど、都市構造計画が自転車と切り離せないことを考えると、日本は一歩遅れている。だから単純に競技をはやらせるだけでなく、自転車が必要だという存在理由がなければ、日本においては応援してもらえるものになりにくいと感じています。

     --将来の自転車を中心とした都市やモビリティーのあり方を見据え、その土台作りとして、まずはオリンピックで自転車に対する理解を日本で広げたい、ということですか。

     ◆例えば一部のアジアの国では、軽自動車よりちょっと小さい無人の(モーター付き)四輪自転車が、老人をデイケアセンターまで運び、降ろすと(ロボット掃除機の)ルンバみたいに勝手に充電ステーションまで帰るという試みが、特区内で行われています。日本は石橋を叩いて渡る。その慎重さは良いところもあるけれど(進歩の)スピードを抑えているところもあります。それを変えるには、この東京2020大会が引き金になると思う。それが、この仕事を引き受けたいと思った最大の理由でもあるんです。

     --スポーツマネジャーの具体的な仕事とは。

     ◆多岐にわたります。審判や計測などコンピタンス(専門的)なものもあれば、警視庁・警察庁と道路の使用許可についての交渉もある。会場関係、ホテルの宿泊、さらにセキュリティーの人たちと一緒に選手・関係者の移動の組み方を相談します。競技運営では、コース周辺の導線とか、事故が起きた場合の緊急導線とか、ヘッドクオーター(HQ)をどう作るか、人員配置計画、資機材の配置計画……。それをロードレースだけじゃなく、マウンテンバイク、BMX、トラック、パラリンピックとやればお金もかかる。そうしたことを、みんなと話し合って上にレクチャーする。

     備品の調達やレギュレーションについて問題があれば、UCI(国際自転車競技連合)と調整する。向こうの言い分を全部聞いたら、お金も規模もきりがない。ヨーロッパとは文化的・歴史的背景が違うから(日本では)できない部分があるんですね。そこをトレーニングするシステムを作るのもマネジャーの仕事です。

     --どのようなことに一番苦労されていますか。

     ◆IOC(国際オリンピック委員会)に加盟している国・地域は206あり、育った環境も宗教も違う。この組織委員会でも、いろいろなところから出向してきた人がいて、意見が対立することもある。初めてでわからないこともある。時間がかかります。

     日本には自転車関係の団体もたくさんある。オリンピック・パラリンピックが引き金になって、一つの方向に向かういい機会じゃないですか。オリンピックが終わった後、スポーツには北風が吹くと思うんです。でも、そこからが本当の勝負。プロ化して新シリーズを立ち上げたり、日本代表チームを作って世界に挑戦する土台作りもしたい。

     --現在、行われている「Jプロツアー」(JBCF主催の国内ロードレースシリーズ)を改革して、21年から新リーグが始まるそうですね。スタートを21年に設定したのは「北風」を見据えてですか。

     ◆まるっきり、そのつもりです。そのためにも、この競技、この乗り物が持っている魅力を理解してもらうために、オリンピック・パラリンピックの意義は大きい。

     ロードレースでは、その国がもっている独特の景色や魅力を伝えることができるかが大事です。天気の不安はありますが富士山が映るし、スタートして大國魂(おおくにたま)神社(東京都府中市)があって、多摩ニュータウンという日本の生活圏を走り、道志(村=山梨県南都留郡)のローカルな場所が映って、山中湖や三国峠も美しいし、富士スピードウェイのような象徴的な場所もある。

    こんな経験二度とできない、それを国民全体で共有して…

    東京2020大会のために奮闘しつつ、視線はその先にある自転車社会を見据えている=東京都中央区で2019年9月3日、滝川大貴撮影

     --日本のファンを引きつけるには、日本選手がどれだけ戦えるかが重要と思いますが、ロードは正直なところ、苦しいんじゃないでしょうか。

     ◆苦しいです……。もしかしたら女子はやってくれると思います。与那嶺(恵理)さんとか、かなり目立ってくれるかもしれない。パラリンピックは金メダルを取れる可能性も大きい。しかし男子はコースの特性からいっても厳しい。でも、新城(幸也)君みたいに何度もケガを乗り越えて、日本のトップを走っている選手を知ってもらうことも大事でしょう。それに母国でやると、特別なパワーが出るじゃないですか。

     -一方で世界の第一線、スペイン、フランスの選手たちを間近で見られる。

     ◆普通のコースだったら、また(優勝は)ペーター・サガン(スロバキア)だろうとか、百歩譲ってアレハンドロ・バルベルデ(スペイン)かとなるのが、この(起伏の激しい)コースはオールラウンダーよりクライマー万歳なので、クリス・フルーム(英国)が来るかも、ジュリアン・アラフィリップ(仏)も当然来るだろうとか……。男子のロードは超スーパースターが全部やってくるので、日本のお客さんよりも、海外から来るお客さんのほうが(関心は)すごいですよ。

     --ロードは沿道で見るならチケットもいらないので、外国の人がどっと観戦に来る可能性が高いです。しかし「見せる」という意味では、7月21日に行われたテストイベントは、勝負どころの峠道が沿道観戦できないなど、かなり課題が残ったかと思います。安全面を重視したのが理由ですが、相当改善しないと「外国ではもっと近くで見られるのに、なぜ日本では見られないんだ」など不満が出るのでは。

     ◆観戦場所は(テストイベントとは)変えるつもりでいます。軽はずみなことは言えませんが、大筋の合意形成に向けて、すでに調整を始めています。

     例えば歩道がないなどの理由でテストイベントでは観戦禁止にしたエリアも、(本大会では)観戦できるようにできないか、関係機関と調整しています。ただし下りに関しては、時間を分けて一度入ったら終わるまで動けないとか、ルールを作らないと。下り坂では時速100キロ近いスピードが出る。本当に危ないんですよ。転んで飛んでいったらアウト側の人が危ないし、イン側もカットするから危ない。望遠カメラを構えていて、選手がちょっと当たっただけで大ケガします。基本的な知識を含めて、事前の告知と周知徹底は絶対にしておかないと。ひとつ事故が起きたら、それですべてがダメになってしまう可能性があるので。

     --それでも多くの人を引きつける大変面白いレースになりそうですね。

     ◆それはもう、間違いないですよ。トップ中のトップの一番をかけた戦いを目の前で見られるのだから、こんなチャンスは一生に一回ですよ。

     --どれぐらいの観客数を想定されていますか。

     ◆ちょっと想像がつかないです。いま過去の大会などを参考にして、少なく見積もって57万人と出ていますが、そんなわけがない。ヤバイです(笑い)。100万人規模を想定したほうがいいんじゃないかな。

     --これまで自転車に限定して聞いてきましたけれども、片山さんご自身のオリンピックに対する思い、考え方を聞かせてくれますか。

     ◆たまたま今、職場が組織委員会というだけで、オリンピックや選手に対する憧れは、一般の人と変わらないと思いますよ。

     疲れたときには「オリンピックの競技数は33だけど、僕らは34競技目をやっている」と考えています。昨年11月に着任してから(相模原の)自宅に10日も帰っていないんですよ。朝は6時すぎに来て、書類見て、会議に出て、その他の会合の議事録を読んだりして。メールだけでもすごい数が来るので、目を通して対応していると夜遅くなって、それから組織委員会の仕事ではないですけれども実業団の会合とかが重なることもあって……。11月、12月は(東京にある自分の会社の)事務所で寝ていて、風呂にも入れない日があったので(事務所の)スタッフが近所にアパートを借りてくれました。

     大変だけれども、ワクワクして楽しくて、生きがいを感じるのは、やっぱりオリンピックだからなんですよね。スタッフの若い人には「いま働かないでどうする」「一生でこんな経験させてもらえることはないぞ」と言いたい。こんな経験は二度とできないですから、それを国民全体で共有して、すべてポジティブに捉えて、みんなで課題を解決する能力を身につけて、みんなで社会を支え合ってやっていければ。ちょっと抽象的ですけれども、それを含めて全部がオリンピックなんだと思います。

     --いろいろなスポーツマネジャーの方にお会いしましたが、片山さんほど熱を持って語る方はいません。元アスリートならではのバイタリティーを感じます。

     ◆僕なんて勉強してきたわけじゃなく、現場からのたたき上げなんで。上の人はもっと違う苦労があるじゃないですか。

     --レーサーとしてもたたき上げでF1まで行かれたんですものね。

     ◆普通の家に生まれて、お金もなくて、F1に行くにはどうすればいいか、と考えてきたことも役に立っています。

     本当の豊かさとか成功とかは、お金じゃないんですよ。最初から自転車に乗れる人は一人もいない。誰かがいつも後ろで支えてくれているんです。

     僕がロードレースを好きな理由の一つに、役割を終えたアシストが後ろにたまる「グルペット」があります。ロードレースでは、優勝争いをするチームのエースは1人だけで、風よけになったり、エースにドリンクをわたしたり、後ろを守ったりするアシストがいる。その選手が疲れてお役ご免になったら、後ろでみんなで走っている。その選手たちがどうするかっていうと、敵同士なのに助け合うんです。「ドリンクを飲め」とか「俺が引っ張ってやる」とか。オーバーな言い方をすると、それこそが社会の縮図だと思う。プロの仕事をして、エースを行かせて、そこからはゴールするために助け合う。それを見て自転車のアスリートが大好きになって。

     ヨーロッパで、このスポーツの意義は騎士道なんです。ライバルのチェーンが外れたりしたら待っている。余裕がなくてもお金がなくても「社会人として」「人間として」みたいな気骨がある。そんなことも感じてもらえたらいいなあ。

    F1にデビューした1992年当時の片山さん=スポニチ提供

    かたやま・うきょう

     元レーシングドライバー、登山家、自転車競技選手。1963年5月生まれ、東京都出身。83年に自動車レースデビューし、91年に全日本F3000選手権でチャンピオンに輝く。翌92年からF1に参戦し、97年までラルース、ティレル、ミナルディ各チームから計95戦に出場(最高位5位)。アグレッシブなレーススタイルで「カミカゼ・ウキョウ」の異名を取った。ルマン24時間レースやダカール・ラリーにも参戦したほか、F1参戦中から登山家としての活動を始め、アフリカ最高峰キリマンジャロ、北米最高峰デナリ(マッキンリー)、南米最高峰アコンカグアなど七大陸中6大陸最高峰制覇。2001年に「Team UKYO」を設立し、チーム代表としてモータースポーツや自転車競技で活動している。

     ※1 マイヨ・ジョーヌ 世界で最も有名な自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」で個人総合成績1位の選手に与えられる黄色いリーダージャージー。

     ※2 ミュンスター 自転車関連のインフラが整っていることで知られるドイツの都市。

     ※3 ゾーン30 生活道路における歩行者や自転車の安全な通行を確保することを目的とした交通安全対策。区域(ゾーン)を定めて時速30キロの速度規制を実施するとともに、その他の安全対策を必要に応じて組み合わせ、ゾーン内におけるクルマの走行速度や通り抜けを抑制する。

    神保忠弘

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室委員/編集編成局編集委員。1965年神奈川県生まれ。89年入社後、小田原支局、横浜支局、運動部、大阪運動部、運動部デスク、運動部長などを経て、2019年5月から現職。学生時代は一貫して帰宅部、私生活は徹底したインドア派なのに、なぜ長くスポーツ報道に関わっているのか時々、不思議に思う。