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東京へ ともに歩む

毎日新聞

「まだ練習中」と照れ笑いを浮かべながら、左手だけで逆立ちをする新ワザを披露するかんばらけんたさん=東京都千代田区で2019年9月17日、玉城達郎撮影

東京・わたし

車椅子ダンサー・かんばらけんたさん「障害者も『手伝ってほしい』と声かける勇気を」

 脊椎(せきつい)の形成不全で神経を圧迫する「先天性二分脊椎症」の車椅子ダンサー、かんばらけんたさん(33)。舞台やテレビコマーシャルなどで幅広く活躍し、2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックの閉会式ではダンスを披露しました。パラスポーツの環境の変化やバリアフリー社会への期待を聞きました。【聞き手・柳沢亮】

    迫力のあるダンスとは対照的に、言葉を慎重に選びながらインタビューに答えるかんばらけんたさん=東京都千代田区で、玉城達郎撮影

     ――リオ・パラリンピックの閉会式でダンスを披露されましたね。出演の経緯を教えてください。

     ◆ダンサーとして初めてのステージは16年2月でした。7月ごろ、リオ閉会式のステージアドバイザーで現在は東京大会開閉会式の演出を担当していている栗栖良依(くりす・よしえ)さんに声を掛けていただきました。打ち合わせと言われて行った会場は、実はオーディション会場。出演は決まりましたが、練習日は非常に少なくて、間に合わせるために懸命に取り組みました。

     ――反響も大きかったようですね。

     ◆オリンピックの閉会式に安倍晋三首相が出ているのを見たことはあっても、パラリンピックの閉会式を見た人は明らかに少なかった。多くの方から声を掛けてもらうきっかけになりましたが、オリンピックほど関心度は高くないのだと改めて感じました。

     ――東京2020大会を前に、パラスポーツに関心を向ける人が増えています。

     ◆自分自身は、幼稚園から高校まで水泳を、社会人になってからシッティングバレー、陸上の短距離をしました。体を動かすのは好きで、パラスポーツに親しんできました。

     そもそも僕が小さい頃はパラリンピックという言葉をテレビやニュースで聞くことがなかった気がしていますが、最近は明らかにその機会は増えていると思います。また、パラ競技を知っている人も増えていると思います。車いすバスケも人気がありますし。

     ――パラスポーツに親しんでこられたかんばらさんが、なぜ車椅子ダンサーとして活動を始めたのですか。

     ◆たまたまニュースで見たパフォーマンス専用の車椅子に乗ってみたかったからです。今はフルタイムでシステムエンジニアの仕事をしながら、休日や有給休暇を活用して舞台に立っています。幼稚園や小学校、中学校でダンスを披露する授業もしました。サーフィンやボルダリングにも挑戦したことがあります。

     僕は社会を変えるために踊っているわけでも、車椅子でダンスができるとアピールしたいわけでもありません。観客に直感的にかっこいいと思ってもらうことが大事なのです。障害がある人のダンスは面白いと思ってもらったうえで、健常者と障害者の距離が縮まる一助になればうれしいです。

    障害は個性じゃない

    1997年ごろ、小学校6年生の組み体操で逆立ちをするかんばらけんたさん(手前)=かんばらさん提供

     ――かんばらさんほどの行動力は、多くの人たちに勇気を与えると思います。前向きですね。

     ◆幼い頃、鬼ごっこではって遊んでいたら足が血だらけになったこともありました。感覚がないので血が出ていることも分からなかったのです。逆上がりも練習しましたが、最後までできませんでした。失敗ばかり。周りはできることが増えていきますが、僕は努力してもできないことがたくさん出てくる。小学校はエレベーターがなかったので、階段にカーペットを敷いてもらい、はって4階まで上がっていました。

     小学校3年生の時、母親に「病気は治るのか」と聞いてみたら、「治らない」と言われました。ショックで頭が真っ白になり、泣きじゃくりました。このことがきっかけで少しずつ障害と向き合うようになったと思います。急に障害を受け入れたわけではありません。障害は個性だと言われたこともありましたが、僕はしっくりきませんでした。障害は個性じゃない。僕の考えでは、できないことを認めたうえで、障害と付き合っていくしかないのです。

     ――障害と少しずつ付き合ってこられて、東京2020大会に向けて感じていることはありますか。

     ◆バリアフリー設備は増えてきていると思いますよ。駅構内はエレベーターなど至る所で工事が進められ、一気に変わろうとしているのではないでしょうか。

     ただ、残念に思うのは障害を持つ人たちの意見が反映されないままバリアフリーが進められている気がすることです。例えば、エレベーターの位置はとても分かりづらい。トヨタのユニバーサルデザインタクシーは、車椅子対応が売りでしたが、乗り降りするためのスロープを出すのが大変で、15分くらいかかることもあるので、運転手も歓迎しないのです。

     先日は、都庁近くの地下鉄駅のエレベーターが工事中で、別の方法で下るための案内が出ていたのですが、その場合は約50分かかると言われました。警備員が教えてくださったエスカレーターは上り専用で地下に行けませんでした。結局、車椅子をかついで一人で階段をくだりました。幸い、通りすがりの複数の方が助けて下さって遅刻せずにすみました。

     バリアフリー対応と書いてあるホテルもドアの幅が狭くて車椅子が通れないとか、そのレベルで問題が起きています。来年には海外からパラリンピアンや観客も来ますが、大丈夫なのかと心配になります。

     ――期待することはありませんか。

    幼稚園のころにはできていた逆立ちを車椅子の上で披露するかんばらけんたさん=東京都千代田区で、玉城達郎撮影

     ◆ハード面の整備を今から計画するのは困難な場合も多いので、ソフト面、心のバリアフリーが広がっていけばいいと思います。声かけのバリアーを取り除くだけでいいのです。障害の知識や理解がなくても大丈夫。僕ですら、他の車椅子ユーザーが何に困っているか本人に聞かないとわからない。人それぞれですから。

     障害者自身が困り事をわかりやすく説明することが重要ですし、周囲の人に助けてもらいたいことを悟ってもらうのではなく、手伝ってほしいと声をかける勇気が必要です。健常者と障害者はお互いが寄り添うことが大切。僕も白杖(はくじょう)を手に困っていそうな人がいたら声をかけるようにしています。障害があるかどうかではなく、困っていそうな方を見かけたら、「何かお手伝いできることはありますか?」と声をかけています。

     ――東京2020大会でも演技を披露できるといいですね。

     ◆リオ大会に出ましたが、パラリンピックを見た人は少ないと感じています。現在はパラリンピックの開閉会式をたくさんの方に見てもらうための活動を一つの目標に掲げて活動しています。そのために、パラリンピックに興味がない方の前で踊らせていただく機会を大事にしています。

     また、車椅子で出場できるオリンピック競技はありませんが、閉会式なら出る権利はあると思うので、出演してパラリンピックを盛り上げる役割を担いたい。車いすダンサーがオリンピックの閉会式に出場すれば、その後にあるパラリンピックに興味を持つ人も増えると信じています。

     オリンピック・パラリンピックの開催国は、文化イベントを開くことがルールとして決まっていますが、東京2020大会の後は障害者がステージに立つに向けてイベントの数は少なくなると思います。その中でどうステージに立てるかを考えている。それに向けた活動の一つが大道芸で、東京都のライセンスも取得しました。さまざまな活動に挑戦しています。

    車椅子ダンスにとどまらず、大道芸など幅広いジャンルで高いレベルを目指すかんばらけんたさん。柔軟性がありしなやかな腕もパフォーマンスに生かしている=東京都千代田区で、玉城達郎撮影

    かんばら・けんた

     1986年3月生まれ、神戸市出身。先天性の二分脊椎症で、移動には車椅子を使用している。21歳で就職のため上京。現在は東京都内の大手コンピューター会社でシステムエンジニアとして働く。幼稚園の頃から逆立ちができるほど運動神経がよく、水泳や陸上などさまざまなスポーツを経験。2015年からダンサーの練習を始め、16年2月に初舞台に立った。体のしなやかさと力強さを生かしたアクロバティックなダンスが特徴。17年に東京都の大道芸ライセンスも取得した。妻と長女と3人暮らし。インスタグラムはhttps://www.instagram.com/kenta.kambara/

     かんばらけんたさん提供、映像撮影・編集 新井延幸

    柳沢亮

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室員。1990年埼玉県生まれ。2013年入社後、新潟支局、東京経済部を経て19年5月から現職。高校時代は野球部に所属し、本塁打数は通算1本(非公式)。草野球の試合にいつ呼ばれてもいいように定期的にグラブを磨いているが、いまだ出番はない。最近の楽しみは、相思相愛の長男(1)と近所の児童館で遊ぶこと。