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毎日新聞

合唱付きで五輪賛歌が復活演奏されたIOC総会の開会式=東京都千代田区で1958年5月14日撮影

オリパラこぼれ話

62年ぶりに五輪賛歌が復活 アジア初の東京のIOC総会で演奏

 「すべての競技にふるいたてよ みどりの枝の栄冠を めざしてここに闘う者に……」。五輪開閉会式で演奏される「五輪賛歌」の日本語版の1フレーズだ。近代五輪の第1回アテネ大会(1896年)で初めて披露されたが、譜面が行方不明になったためその後聴かれることはなかった。しかし、1958年5月にアジアで初めて開かれた東京の国際オリンピック委員会(IOC)総会で62年ぶりに復活した。

    国歌の代わりに五輪賛歌が使われる難民五輪選手団のリオデジャネイロ五輪の選手村入村式=リオデジャネイロで2016年8月3日、山本晋撮影

     JOAオリンピック小事典(日本オリンピック・アカデミー著)などによると、五輪賛歌はギリシャのコステス・パラマス氏が作詞、スピロ・サマラス氏が作曲した。譜面は総会前に見つかり、ギリシャのIOC委員から日本のIOC委員で後に東京都知事となる東龍太郎氏に送られてきたが、ピアノ用だった。これを福島市出身の作曲家、古関裕而(こせき・ゆうじ)氏が新しくオーケストラ用に編曲した。

     総会の開会式には、過去の五輪で金メダルを獲得した織田幹雄氏(28年アムステルダム大会三段跳び)や南部忠平氏(32年ロサンゼルス大会同)、兵藤(旧姓前畑)秀子さん(36年ベルリン大会200メートル平泳ぎ)をはじめ、藤山愛一郎外相、松永東文部相が顔をそろえ、IOCのブランデージ会長、25カ国約30人のIOC委員らが出席した。昭和天皇が開会宣言し、雅楽、合唱付きの五輪賛歌や交響曲が演奏された。日本は64年五輪の東京大会開催招致に取り組んでおり、開催地決定を翌年(59年)に控えたこの総会の成功に力を注いでいた。五輪賛歌の演奏は驚きの演出となり、ブランデージ会長や各国委員らが感動し、公式五輪賛歌にすることを決めたという。五輪開閉会式やIOC総会などで流すことになり、60年のスコーバレー(米国)冬季大会で初めて公式に使われた。夏季は同年のローマ大会からだった。主に開閉会式の五輪旗の掲揚などの際に演奏されている。

     一方、内戦状態などで国単位の出場がかなわず個人参加の選手らの国歌の役目も担った五輪賛歌。最近では前回のリオデジャネイロ大会(2016年)の難民五輪選手団、昨年の平昌冬季大会ではドーピング疑惑で揺れたロシアからの五輪選手などが対象になった。

     五輪賛歌の原版歌詞はギリシャ語だが英語版や開催地の言語の歌詞が使われることもある。64年東京大会の五輪賛歌は詩人の野上彰氏が作詞し、72年の札幌冬季大会、98年の長野冬季大会でも使われた。来年の東京大会でもセレモニーなどで流れる予定だ。【関根浩一】

    関根浩一

    東京本社オリンピック・パラリンピック室委員。1985年入社。東京本社事業本部、千葉支局、成田支局、情報編成総センターなどを経て、2017年4月からオリンピック・パラリンピック室。サッカー観戦が趣味でこれまで多くの日本代表戦に足を運んでいる。最近はスコッチのソーダ割りを飲みながらボサノバを聴くのが楽しみ。