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ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

自らのさまざまな経験を生かしてスポーツビジネスを研究している小林至・江戸川大学教授=千葉県流山市で2019年10月17日、根岸基弘撮影

東京・わたし

江戸川大学教授・小林至さん「東京は最後の国威発揚型オリンピックになる」

 史上3人目の東大出身プロ野球選手であり、現役引退後は米国で経営学修士(MBA)を取得し、プロ野球・ソフトバンク球団取締役として球団・球界の改革に取り組み、江戸川大学教授としてスポーツ経営学を研究する--スポーツとスポーツビジネスのあり方を追究し続けている小林至さん(51)に、東京2020大会について聞きました。【聞き手・神保忠弘】

     ――東京2020大会の開催決定から現在までの経過をどうみますか。

     ◆「日本人はすごいな」と思うのは、国内スポンサー企業との契約総額。4000億円いったのかな?(※1) 1984年のロサンゼルスオリンピックから始まった「(スポンサーは)1業種1社」のやり方は「権利は制限してこそ価値を生じる」という考え方に基づきますが、今回はオフィシャルパートナーにJAL(日本航空)もANA(全日空)も入っているし、セコムとALSOK(綜合警備保障)も入っている。権利の概念を崩すぐらい「オールジャパン」。やっぱり日本人はオリンピック好きだな、という感じですね。アメリカなんかはテレビでもNBC以外はまったく無視。ABCもCBSもFOXも動画を使えませんからテロップを出すぐらい。高いお金で契約をとったんだから、というのがスポーツビジネスでは常識です。その常識を崩すぐらいのオールジャパン体制で、しかも桁違いのお金を集めた。

     私もオリンピックの大ファンで、人類が誇れる素晴らしい文化だと思う。ただ、そうは言いながら「限界が来ているな」とも思います。

     ――どのようなところがでしょうか?

     ◆とにかくお金がかかりすぎる。「感動の対価」としては(費用が)1兆円とか大きすぎませんか? ソチオリンピックなんか5兆円使った。ロシアは国家形態が違いますけれども、例えばアメリカは絶対に借金を作らないし、国も市も1円も使わない。84年のロサンゼルス大会の方式です。あの時は国も市も財政をバックアップしなかった。しかし、その形は踏襲されず、リオも東京も昔と同じ(国や自治体が財政に責任を持つ)体制でしょ。76年のモントリオール大会では、30年間もモントリオール市とケベック州に借金が残った。

     ――ロサンゼルス大会は、オリンピック史上の革命でした。今回の東京大会では何か革命が起きる可能性はありますか。

     ◆ないと思います。最後の国威発揚型のオリンピックになると思います。施設をバンバン造る公共投資型ですよね。

     ――次回のパリ、次々回のロサンゼルスは変わりますか?

     ◆フランスは社会主義的なところがありますからわかりませんが、ロスは間違いなく、過去の施設や大学の施設の活用だけで(新しいモノは)1個も造らないでしょう。だから東京は最終形。最後に花火をドーンと上げてね、あとはケロケロケロッパーとなるんでしょうね(笑い)。東京はお金があるし。

     ――「お金がだだ漏れじゃないか」という国民の反感も一時期は相当強かったですが、大会が近づくにつれて歓迎ムードのほうが勝ってきている気はします。そして始まればお祭り騒ぎでしょうね。

     ◆そうなるでしょう。舞台回しをしている方々は、政治家も業者も「感動で忘れるだろう」と思っていることでしょう。わたしも、オリンピックを見ると感涙にむせびますから、そのひとり。我々は古代ローマ市民と一緒で「パンとサーカス」(※2)ですよ。

     (アンチオリンピック的な機運は)思ったよりも声は小さいですよね。私は別にオリンピック反対派ではない。アメリカのジンバリスト教授(※3)のように、徹底的にファクトを並べて、批判のための批判ではなく「五輪には素晴らしい側面もあるが、違うやり方があるのでは」という提案を含めた冷静な機運が盛り上がるかと思ったら、日本はやっぱり「オールジャパン」で、そうならないですね。

     ――東京2020大会を契機にオリンピックのあり方を見直すチャンスは失われたのでしょうか。

     ◆ダメだったですね。やっぱりオリンピックをあまりネガティブに捉えたくないという気持ちも、みんなの心にある。オリンピックには、そうした魔力があるのは確かですね。

     ――それでは小林さんの考える「あるべきだった東京2020大会」の姿は?

     ◆まず東京でやるべきじゃなかったですね。(国内での招致のライバルだった)福岡でやっていたら、もうちょっと意義があったと思います。あそこは施設もまだ足りないし、整備できる土地もいっぱいある。日本は東京に異常に富と設備が集まっているけれども、地方はまだまだですよね。だから福岡でやれば、地方分権とか、いろいろなキーワードがあったと思う。もちろん赤字になると思いますよ。だけど、それ以上に造るインフラに意味がある。東京は意味がないでしょ? 僕だって東京が選ばれた時には泣いちゃって、しばらくはハイな気持ちになったけれど、冷静に考えると、やる意味はないんですよ。東京オリンピックは成功してほしいと思うし、始まればくぎ付けになると思いますが。

     ――日本でやるなら地方都市が良かったと。

     ◆地方都市。福岡が最高だったと思いますよ。悔やまれますね。新しい国立競技場だって後利用に困ってプロジェクトを立ち上げているぐらいだから。あれをプロ野球のジャイアンツの本拠地にできるなら、まだ夢があった。スワローズとのダブルフランチャイズでも良かったと思う。稼働率も上がりますから採算も取れるし、夢がある。なんでやれないんだって感じですよね。

    1990年12月、ロッテの入団テストを受ける小林至さん。右は金田正一監督(当時)=スポニチ提供

     ――残念な話が多いですが、一方で東京2020大会による日本のスポーツ界、日本社会への好影響があるとすれば何でしょう。

     ◆一つはバリアフリー。ここ数年で一挙に世界の最先端まで行った気がしますよね。ずっと日本はバリアフリーでない、不親切だと言われていたのが、劇的に変わった。その意味で、パラリンピックをやる意義はあると思う。「共生社会」という意識が根付くまではいかなくても、2020大会を契機に今までより意識は一歩進むでしょう。あと外国人など、外から来た人にわかりにくい標識とか、ああしたものも変わりつつある。世界的イベントとなると日本人は気合が入るじゃないですか。「世界の人にみっともない姿は見せられない」と。それまでならケチっていたところもお金を出しちゃえとなる。

     ――他にプラス効果はありませんか。

     ◆ひとつはスポーツ庁ができた。これはオリンピック効果でしょう。あとは産業としてのスポーツの可能性を、オリンピックを機に追求できるといいなと思います。たとえばUNIVAS(※4)が生まれたように、オリンピックを契機にスポーツ産業の課題が洗い出された。(内閣府がまとめた)「日本再興戦略2016」にもスポーツは重点産業、成長産業だと位置づけられて、市場規模を現在の5兆円から15兆円に拡大しようとあります。

     そういう意識が社会に浸透すれば、スポーツが地域の活性化など、行政の役割を担える。例えばアメリカの野球ではメジャーリーグ以外にもマイナーリーグのチームが160、さらに独立リーグのチームが57あって、すべてが地域のアイコンとして存在している。スポーツが地域にあるべきものとして確立している。スポーツが産業になるきっかけを作ってくれたのは、オリンピックの誘致に成功したからとはいえるかな。

     ――スポーツが行政の代わりになるというのは、コミュニティーの創造や町おこし、アイデンティティーの醸成など、本来なら行政が担う部分をスポーツがやれるということですね。

     ◆だからこそアメリカではスタジアムを税金で造るわけです。大リーグだって一部を除けば、ほとんどが公営ですよ。小さなマイナーリーグのスタジアムでも基本的に行政が造る。あとは賃料で一定の金額をもらう。減価償却分を丸々賃料としているケースはみられませんが、それはスポーツチームが行政の役割を一部、代行しているという認識のもとにそうなっているのです。

     ――昔、日本の村の中心に神社があって、年に何度かお祭りをして、それがコミュニティーの中心となり、村の人々にとっては欠かせない存在になっていたのと一緒ですね。

     ◆そうそう。日本でもJリーグのチームや、プロ野球のホークスなんかは、そうした実感はあります。町おこしのイベントや施設のために、日本でも税金は使われてきています。

     ――そうした気分が生まれ、スポーツ庁やスポーツビジネスの発展を呼んだことはオリンピック効果だと。

     ◆政治家の人は、こう言うでしょう。「オリンピックがなかったら、新しい省庁(スポーツ庁)や施設、強化のために税金を投入できないでしょ」って。オリンピックには大義名分の効果がいっぱいある。スポーツ庁もできたし、予算もついた。

     あと、スポーツ団体の不祥事が噴出していますよね。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の発達もありますが、これもオリンピックの効果が大きい。監視の目が生まれ、選手も告発しやすい環境ができた。マイナー競技の問題なんて、普段ならニュースに取り上げないことも、オリンピック競技となればニュースになる。皮肉ではなく、オリンピックによってスポーツに対する世の中の関心が高まった。

     プロ野球の(04年の)ストライキはプロ野球ビジネスを劇的に変えましたよね。今では、個々の球団の営業施策は大リーグ球団よりもはるかに進んでいます。だから全国民が注目するイベントが来るのは、スポーツにとっていいことだと思う。

     ――あの時のプロ野球、特にパ・リーグは経営的に追い詰められて、1リーグ化も阻止されて、じゃあ、どうしようかということで生まれ変わったじゃないですか。ならば、例えば新国立競技場を五輪後にどう使おうか、このままじゃ赤字でどうしようもない、と追い詰められたときに、ブレークスルーする考えが生まれるかもしれない。

     ◆そうなってほしいです。やっぱり、国立競技場は日本のアイコンだから。日本人がオリンピック大好きなのをいいことに、ここぞとばかりにゼネコンとイベント屋さんがお金をいっぱい使ったと思われると、かえってスポーツにとってマイナスになるのを危惧しています。うたげの後に国民的な議論が盛り上がって、国立競技場が良い使われ方をされる知恵が出てきてほしいですね。

     ――大会後に国立競技場を日本人がどう生かしていくかに、オリンピックの意義が見えると。

     ◆MLB球団(ブレーブス)の本拠地球場となったアトランタ(大会のメイン会場)のように、効率的な利用がなされるといいですね。

     あとオリンピックで一つ推奨するのは、賞金を出すべきだと思う。何でアスリートをタダで使うんだと。世界陸上はちゃんと賞金を出すでしょう。計算してみたんですが、金メダルに2000万円、銀メダルに1000万円、銅メダルに500万円、入賞100万円で、全競技で120億円ぐらい。これでも国内ゴールドパートナーのスポンサー料よりも少ないですから、それぐらい出してもいいですよね。

     ――多くの日本のアスリートは必ずしも恵まれていませんから、そうした形で報いていくことも必要ですね。

     ◆舞台に上がる人にちゃんとお金を払えば、地位も上がる。ノーベル賞だって1億円ぐらい賞金を出すわけでしょ。スポーツに対する考え方も、日本人みんなが考え直すいい契機になればいい。金メダルで1億円もらえるとなっても、オリンピックの高潔性が汚れるとは誰も思わないですよ。

    時に身ぶり手ぶりを交えながら、インタビューに答える小林至さん=千葉県流山市で、根岸基弘撮影

    ※1 2019年6月、国際オリンピック委員会(IOC)は、東京2020大会で日本国内のスポンサー企業の契約総額が過去最高の30億ドル(約3260億円)超に上ったことを明らかにした。夏季大会で過去最高だった12年ロンドン大会の約3倍。

    ※2 古代ローマの詩人ユウェナリスが当時のローマ社会の世相を揶揄(やゆ)した言葉。権力者から無償で与えられる「パン(食糧)」と「サーカス(娯楽)」によって、ローマ市民は政治的無関心の状態に置かれていると指摘した。

    ※3 アンドリュー・ジンバリスト(1947~)は米国の経済学者。著書に五輪の経済効果を疑問視した「オリンピック経済幻想論」(ブックマン社)など。

    ※4 今年3月に発足した「大学スポーツ協会」のこと。全米大学体育協会(NCAA)を参考にした大学スポーツの統括組織で「大学スポーツの収益化」「学生の安全確保」「学業との両立」が目的。大学スポーツをビジネスとして位置づける役割も期待される。

    こばやし・いたる

     スポーツ経営学者、博士(スポーツ科学)、元プロ野球選手(投手)。1968年1月30日生まれ。神奈川県立多摩高から東大へ進み、東京六大学野球でプレー。91年秋のドラフト会議で千葉ロッテに8位指名を受け、史上3人目の東大卒プロ野球選手となる。1軍登板はなく93年限りで退団し、翌年から2000年まで米国に在住してコロンビア大で経営学修士(MBA)を取得。02年から江戸川大学助教授、06年からは同教授。05年からはソフトバンク球団取締役となり、14年末に退団するまでフロントで実務に当たった。現在は江戸川大教授の傍ら、大学スポーツ協会(UNIVAS)理事なども務める。近著に「プロ野球ビジネスのダイバーシティ戦略」(PHP研究所)。

    神保忠弘

    毎日新聞オリンピック・パラリンピック室委員/編集編成局編集委員。1965年神奈川県生まれ。89年入社後、小田原支局、横浜支局、運動部、大阪運動部、運動部デスク、運動部長などを経て、2019年5月から現職。学生時代は一貫して帰宅部、私生活は徹底したインドア派なのに、なぜ長くスポーツ報道に関わっているのか時々、不思議に思う。