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東京へ ともに歩む

毎日新聞

ロンドン五輪の馬場馬術個人1次予選で愛馬ウィスパーに騎乗して演技する法華津選手=2012年8月2日、佐々木順一撮影

オリパラこぼれ話

馬術の日本代表 ベテラン選手が活躍

 五輪の馬術日本代表は他の競技と比較してベテラン選手が活躍している。人馬一体となって戦うための馬を操る巧みな技術は、選手の豊富な経験によるところが多い。また、五輪で唯一男女の区分けなく競技が行われ、選手同様に馬のドーピング検査もある。「馬術は馬が体力面をカバーしてくれる。馬との信頼関係を築き正しく指示することができれば互角に戦える」(日本馬術連盟)という。

    ソウル五輪の馬場馬術で愛馬テルダーに騎乗して演技する井上さん=1988年9月24日、草川博撮影

     前回のリオデジャネイロ五輪の日本代表選手は30歳から46歳の男女10人で、30、40歳代が各5人。46歳の桝井俊樹選手は同五輪の日本選手団の最年長だった。

     日本の馬術界で長く活躍しているのは、法華津(ほけつ)寛選手で1964年の東京五輪に23歳で初出場し、障害飛越(障害馬術)個人で40位、同団体で12位になった。44年ぶりに北京五輪(2008年)の馬場馬術個人、団体に定年退職後の67歳で再出場。続く4年後のロンドン五輪にも同種目個人に出場した。71歳での五輪出場は自身の持つ日本人最高齢記録を更新した。北京、ロンドンの両五輪では参加選手の最年長だった。前回のリオデジャネイロ五輪は出場基準を満たす成績を収めることが難しく断念したものの、来年「2度目の東京五輪」に出場する意欲を示し、昨年7月23日の本紙夕刊は「再び五輪が東京に戻ってくるのは感慨深い。体力が続く限り挑戦したい」と話したことを報じている。

     女子は1964年東京五輪に39歳で日本女子初の馬術出場を果たし、馬場馬術個人16位、団体6位となった井上喜久子さんが有名だ。ミュンヘン五輪(72年)の同種目個人に続き、63歳でソウル五輪(88年)にも同種目で出場し、日本女子の五輪出場最高齢記録になっている。昨年2月に93歳で亡くなった。

     五輪の馬術競技の歴史は古く、第2回パリ大会(00年)で初めて採用された。その後、第5回ストックホルム大会(12年)で再び採用されてから毎回行われている。日本はアムステルダム大会(28年)が初参加。ロサンゼルス大会(32年)では障害飛越個人で西竹一選手が金メダルを獲得している。

     来年の東京五輪は「馬場馬術」「障害馬術」「総合馬術」の団体、個人の計6種目を実施する。馬場馬術は20メートル×60メートルの長方形のアリーナ内で、規定と自由の演技を行う。選手の指示で馬が速歩や斜め歩き、後退、足踏み、回転などの巧みなステップを披露する。よく調教されている馬のステップはまるでダンスを踊っているかのように華麗だ。障害馬術はアリーナ内に設置した高さや幅の大きさが異なる多種の障害物を決められた順番通りに飛び越えてゴールする。馬場馬術、障害馬術と生け垣などの障害物があるクロスカントリーを併せて実施するのが総合馬術だ。馬場馬術と障害馬術は「馬事公苑」(東京都世田谷区)で、総合馬術のクロスカントリーは新設の「海の森クロスカントリーコース」(同江東区)でそれぞれ行うことになっている。

     馬術競技は馬との信頼関係を生むために選手が馬の体調や気持ちの変化などを把握することが重要といわれる。選手の豊かな経験は大きな武器となる。【関根浩一】

    関根浩一

    東京本社オリンピック・パラリンピック室委員。1985年入社。東京本社事業本部、千葉支局、成田支局、情報編成総センターなどを経て、2017年4月からオリンピック・パラリンピック室。サッカー観戦が趣味でこれまで多くの日本代表戦に足を運んでいる。最近はスコッチのソーダ割りを飲みながらボサノバを聴くのが楽しみ。