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東京へ ともに歩む

毎日新聞

渋沢小哉芳(左)とペアを組み、日本選手権女子シンクロ板飛び込みを制した金戸華=金沢市の金沢プールで、2019年9月21日午後6時3分、村上正撮影

Passion

「家族3代五輪出場」の夢 飛び込み金戸華、心の葛藤

 祖父母と両親が五輪出場経験を持つ飛び込み女子の金戸華(かねとはな)(21)=セントラルスポーツ。9月の日本選手権女子シンクロ板飛び込みで、渋沢小哉芳(さやか)(35)=同=とのペアで4年ぶりに頂点へ返り咲いた。「もうどうでもいいや。飛び込みをやめたい」。3年前、リオデジャネイロ五輪出場を懸けた国際大会でミスから0点を記録してどん底を味わったが、「憧れで終わらせない」と雪辱を誓う。「家族3代五輪出場」の夢へ。飛び込み一家の長女が、乗り越えた心の葛藤を明かした。【村上正】

    3世代での五輪出場に期待が懸かる金戸華(右から2人目の上)と家族。(右から)母幸さん、妹凜さん、祖父俊介さん、父恵太さん、祖母久美子さん、弟快さん=恵太さん提供

     父方の祖父俊介さん(79)と祖母久美子さん(83)=旧姓・渡辺=は1960年ローマ、64年東京の両五輪に、父恵太さん(52)と母幸さん(50)=旧姓・元渕=は88年ソウル、92年バルセロナ、96年アトランタの五輪3大会に出場した。孫世代が東京五輪に出場すれば、金戸家は“3世代6大会目”の五輪となる。

    7歳の金戸華(左)。弟快(中央)、妹凜と一緒にプールサイドが遊び場だった=父恵太さん提供

     埼玉県川口市出身。弟快(かい)(18)、妹凜(りん)(16)とともに、両親から英才教育を受けてきた。物心ついた頃からプールサイドが遊び場で、3歳からはバレエを習い、美しい姿勢や体の柔軟性を磨いた。小学1年から本格的に競技を始め、ジュニアの全国大会を制するなど頭角を現した。

     高校1年の時、日本オリンピック委員会(JOC)が創設した有望な中高生を寄宿制で育成するエリートアカデミーの選手に抜てきされた。2014年の日本選手権女子3メートル板飛び込みで4位に入ると、期待の表れか、シンクロ種目で当時3大会連続で世界選手権に出場していた渋沢とペアを組むことになった。

     五輪の飛び込みは、固定された高さ10メートルの飛び込み台から飛び込む「高飛び込み」と、弾力性のある高さ3メートルの飛び込み板から跳ね上がって飛び込む「板飛び込み」の2種類に加え、2人同時に飛び込む「シンクロ」がある。2秒弱の間に宙返りなどの技を繰り出して評価点を競う。

     日本の飛び込み界で「金戸」の名を知らない人はいないと言っていい。常に「3代目」のプレッシャーと闘い続けてきた。エリートアカデミーに入った当初は「3代目だが、私は私の実力で勝負する」と息巻いたほど。「金戸華という一人の選手として見てもらえない苦しさがあった」と振り返る。強気の発言は、弱さの裏返しでもあった。

     16年2月、リオデジャネイロで開かれた五輪最終選考会となるワールドカップ(W杯)で、渋沢とのペアでシンクロ板飛び込みに臨んだ。15組が出場した予選は最終5回目を迎えた時点で金戸、渋沢組は13位。決勝に進出できる12位とは0・24点の僅差だった。

     逆転を狙ったラスト。高難度の前宙返り2回半1回ひねりえび型に挑んだ。弾力性のある飛び板の先端に向かう助走で、金戸はバランスを崩す。体勢を立て直せないまま入水し、体が回転し切れていないと判定された。「0点」。最下位に終わった。

     選考会へ懸ける思いは強かった。幼少期から慕っていた渋沢が「最後の五輪挑戦」と決めていたからだ。「自分の失敗で引退させた」。胸の内で自分を責めたが、取材には強がった。「次の五輪を目指します」「金メダルを取れるように頑張ります」。期待を集めていた分、表向きは決まり文句を並べるしかなかった。

     失敗した恐怖感は簡単に拭いきれず、競技から離れることも考えた。コーチである父恵太さんから「やめたければやめればいい」と言われ、高校3年生の心は揺れた。気持ちが前を向かない1年を過ごしたが、幼い頃から続けてきた競技を「こんな形でやめるわけにはいかない」と言い聞かせ、踏みとどまった。大学1年でユニバーシアード夏季大会を経験すると、国体では自己ベストを更新し、徐々に自信を取り戻した。

     しかし昨秋、再び試練が訪れる。シンクロでペアを組んでいた榎本遼香(23)=栃木DC=が、日本水泳連盟の代表合宿で別の選手と組むことに。シンクロは東京五輪で開催国枠があり、日本水連は個人で代表入りしている選手同士のペアで強化を図ったのだ。

     「五輪、世界選手権に向けて頑張ろうね」。榎本とそう誓い合った直後の出来事にショックを受けたが、尊敬する先輩が救ってくれた。引退して介護施設の運動指導員として生活を送っていた渋沢が、金戸が練習するプールに現れたのだ。自国開催の五輪を諦めきれない渋沢は現役復帰することを決めていた。金戸は驚き、コーチから「2人でやってみないか」と勧められた。「(渋沢は)相当な覚悟で戻ってきたはず。私でいいのだろうか……」。金戸の心は再び揺れた。

     渋沢にも後悔の念があった。「(リオ五輪出場を逃した)W杯では高校生だった華に、先輩としてしてあげられることがあったはず。再び組むとなれば、どう引っ張っていけばいいのかを考えていた」。約2年半ぶりにペアを組んだ2人だったが、「演技を合わせるのは簡単だった」と口をそろえ、互いを思いやる気持ちで演技に磨きを掛けた。

    世界選手権日本代表の妹凜(左)の活躍に刺激を受けている金戸華=金沢市の金沢プールで、2019年9月21日午後6時4分、村上正撮影

     それから1年。9月の日本選手権では、安定感ある演技で最終5回目を迎えた時点でトップに立った。ラストは3年前に失敗した時と同じひねり技。呼吸を整え、ゆっくり助走を始めた2人は鮮やかに宙を舞った。7月の世界選手権代表の榎本、宮本葉月(18)=近大=組を1・20点上回り優勝。リベンジを誓う東京五輪出場に向け、一歩を踏み出した。

     金戸は「優勝したことで五輪がはっきりと見え、めちゃくちゃ自信になった」。妹凜が7月の世界選手権高飛び込みで日本代表に選ばれるなど、きょうだいの存在も刺激になり、「3代目」としての葛藤も解消できた。「一人の選手として見てくれる人もいる。応援してくれている人がいると思うと、つらいことはない」。今は、そう言い切る。

     来年2月の国際大会派遣選手選考会で優勝したペアは、同4月のW杯(東京)に出場できる。シンクロ種目の代表選考はその結果を基に、日本水連が「総合判断する」としている。

    村上正

    毎日新聞東京本社運動部。1984年、神戸市生まれ。2007年入社。舞鶴支局、神戸支局を経て、大阪本社社会部では府警などを担当。東京運動部では17年4月から水泳やサーフィンを担当。16年リオデジャネイロ五輪を取材した感動から、長女に「リオ」と命名した。