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東京へ ともに歩む

毎日新聞

標高1750メートルの湯の丸高原に整備されたプール(手前左)と陸上トラック(同右)=東御市提供

Together

「湯の丸からセンターポールを」高地トレーニングの聖地誕生 長野・東御 メダル量産期待

 「東御(とうみ)」という地名が最近、スポーツ関係者の間で盛んに使われている。長野県東部の東御市にある標高1750メートルの湯の丸高原に、陸上と競泳の高地トレーニング施設が整備され、東京五輪を目指す日本のトップ選手が集まっているのだ。合言葉は「湯の丸からセンターポールに日の丸を」。メダル量産と地方創生を同時に掲げる日本初の試みは吉とでるか。「無謀」と言われながらも計画を進めた関係者を訪ねた。【小林悠太】

 東京から北陸新幹線で約80分。JR佐久平駅から車で約1時間かけて浅間連峰を登ると、湯の丸高原に着いた。「花高原」と呼ばれるように、初夏には朱色のレンゲツツジが山を彩り、冬はスキー場となる。夏でも最高気温は22~23度で湿度も低く、年間雨量も少ない。アスリートにとって、好条件の練習環境がある。

 高地トレーニング施設「GMOアスリーツパーク湯の丸」。高地トレーニングは米国など海外に行くことが主流だったが、2017年秋に日本で最も高い位置にある陸上の400メートルトラックができ、今年10月には日本初となる高地の競泳用50メートルプールが完成した。起伏のある2・5キロのトレイルランニングコースやトレーニング場もある。計画を担ってきた身体教育医学研究所(東御市)の岡田真平所長(46)は、こう振り返る。

日本初の高地の競泳用プールで開かれた水泳教室に来た子供たちに声をかける岡田真平・身体教育医学研究所所長(中央)=長野県東御市で2019年11月10日午後2時8分、小林悠太撮影

 「人口3万人の市がプールをつくった。相当の覚悟を伴う決断でした」

 いま施設は、陸上の実業団長距離チームの合宿地となり、9月の東京五輪代表選考会「マラソングランドチャンピオンシップ」の前には、3位に入った日本記録保持者の大迫傑(ナイキ)らが利用した。競泳日本代表も11月25日から半月ほど合宿を行い、五輪前の調整場所としても検討している。

 なぜ、トップスポーツに縁の無かった東御に施設ができたのか。始まりは10年前後のこと。湯の丸高原から車で約40分の距離にある標高2000メートルの高峰高原(同県小諸市)を、陸上の名門として知られる地元の佐久長聖高が練習場所にしていた。近くには高地トレーニングに適した場所が集まる。浅間山麓(さんろく)がまたがる長野、群馬両県の自治体が連携し、高地トレーニング拠点を整備する構想を打ち立てた。小諸市が陸上トラック整備を目指し、東御市は国設のプール誘致を掲げた。

17年に設置された陸上トラックで走る地元の子供たち。冬はスキー場となるため、後ろの斜面にはリフトが見える=長野県東御市で2019年11月10日午後2時22分、小林悠太撮影

 「プールは、維持費がかかるリスクがあって誰もやりたがらないが、五輪に向けて必要性は高い」

 08年に就任した花岡利夫市長(68)の考えだった。山口県出身の花岡市長は約40年前、進学先の信州大で知り合った妻の実家の菓子店に就職。「競争率の高い分野を避けた方が生き残れる」と、東御のクルミを使った独自の菓子を考案して成功した。その原体験から花岡市長は「誰かのまねでなく、地域の特徴を生かす。メダル量産に貢献できれば、地域の誇りになる」と手を挙げた。

 20年東京五輪招致が決まった13年9月、日本水泳連盟にプール誘致への協力を求め、12月に視察が実現した。16年完成を目指して国への要望活動を行ったが、東京・味の素ナショナルトレーニングセンター拡充棟の計画などを進めている最中で、スポーツ庁の返答は「プールの建設費は出せない」。何も動かぬまま時間だけが過ぎた。小諸市の陸上トラック設置構想も難航した。それでも花岡市長は「地方が生き残るため」と意志を貫いた。

陸上トラックやプールに隣接した宿舎内のトレーニング場の説明を行う施設推進チームリーダーの佐藤照友旭さん(右)=長野県東御市で2019年11月10日午後0時48分、小林悠太撮影

 事態は突然動き出す。16年秋、トップ選手の強化拠点を検討するスポーツ庁の有識者会議が一区切りした。有識者メンバーでトレーニング科学が専門の大学教授、杉田正明さん(53)に連絡すると「現地をすぐ見たい」と返答が来た。視察した杉田さんは「プールより、まず陸上トラックをつくりませんか」と提案した。

 東御市職員で施設推進チームリーダーの佐藤照友旭(てるゆき)さん(42)。元アルペンスキー日本代表で、日体大助教時代に「ウインターリゾート論」を教えていた。欧州のスキー場が夏場には陸上のクロスカントリーコースになる。その知識を生かし、陸上拠点の図面を作製した。予算1億2000万円の陸上トラックの設置は16年11月、国の地方創生加速化交付金事業として認められた。17年6月に着工すると、11月に完成。指導者らの声も聞き、クロスカントリーコースに間伐材のウッドチップを敷き詰めた。

 陸上の動きに背中を押され、プールも実現へかじを切る。花岡市長は国設プール誘致を一時的に断念し、独自に多目的体育館をつくり、仮設プールを置く方針を17年の市議会で宣言した。プール建設費の約13億円は市民の税金を使わず、日本の五輪成功のための決断として、全国から寄付を募る「ふるさと納税」に託した。

 陸上は18年5月から受け入れを開始。初年度は延べ700泊の見込みだったが、7倍超の5165泊と好調な滑り出しを見せた。だが、頼みのふるさと納税が集まっていない。ある企業から数億円のふるさと納税の話があったが、経営状況が一変して頓挫。18年度は1億円超が不足した。19年度は8億6200万円必要だが、9月末現在で7870万円にとどまり、このままでは赤字が続く。

 だが、関係者は悲観していない。東京五輪前は日本代表だけでなく、米国代表からの利用希望もある。東アジアを代表する高地トレーニングの拠点として評判が世界中に広がれば、プールの恒久施設化も夢物語ではない。佐藤さんは「湯の丸から多くの金メダルが生まれ、『なくてはならない施設』と多くの人に思わせたい」と力を込めた。

日本初の高地の競泳用プールで泳ぐ地元の子供たち=長野県東御市で2019年11月10日午後2時14分、小林悠太撮影

高地トレーニングの効果

C1・GMOアスリーツ.eps

 高地トレーニングは、低圧、低酸素の環境で練習することで持久力向上などを図る目的があり、世界各国の陸上長距離や競泳などのトップ選手が取り入れている。

 高所トレーニング環境システム研究会会長の杉田正明・日体大教授らがまとめた「高地トレーニング利用の手引き」によると、最大酸素摂取量は標高2000メートルで平地に比べて96%、同3000メートルでは90%。低酸素に対応しようとすると、赤血球やヘモグロビン、血液量が増え、血液中で酸素を運ぶ能力が向上するほか、筋肉内で酸素をより効率的に利用できるようになるため、持久力が向上する。

 16年リオデジャネイロ五輪女子200メートル平泳ぎ金メダルの金藤理絵を育てた加藤健志・東海大ヘッドコーチ(53)は「平地なら6000~7000メートルを泳ぐところ、呼吸がきつくなる高地は4000~5000メートルに減らしても同様の効果を得られる。距離を短くする分、一本一本の質が上がる。気圧が下がるため、体が浮いて泳ぎやすい。今までの次元を超える究極の泳ぎを目指すことができる」と話している。

小林悠太

毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。