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親と子のトリセツ

実録 父と娘の事件簿 老親に運転をやめさせる方法

【免許返納】自転車に乗っていた母子2人が亡くなる多重事故が発生した現場を調べる警視庁の捜査員ら。高齢ドライバーによる交通事故が多発している=東京都豊島区で2019年4月19日、宮間俊樹撮影

 <1冊丸ごと 親と子のトリセツ>

 昨年11月、警察庁が高齢者の運転に関する相談を受ける全国統一のダイヤルを設置した。車の〝やめ時〟あるいは〝やめさせ時〟に悩める人には朗報だが、それだけで解決するほど現実は甘くない。運転を巡り認知症の父親と格闘したライターが、経験から得た最善策とは。

 道路交通法の改正により、75歳以上のドライバーに認知症などの対策が強化されるようになったのは2017年3月から。それにもかかわらず昨年4月には、87歳の高齢ドライバーによる東池袋自動車暴走死傷事故が発生、今年に入ってからも、1月に茨城県で80代男性の運転する軽トラが認定こども園のマイクロバスに衝突したり、2月には福岡県で79歳女性がブレーキの踏み間違いから病院に突っ込む事故が起きている。

 警察庁の「運転免許統計」によると、75歳以上の高齢ドライバーによる運転免許の自主返納は増加傾向にあり、18年には29万3000件にのぼった(下グラフ)。それでもなぜ事故を防ぐことはできないのか。

 それはドライバーの運転が危うかったり、心身に問題があったとしても、本人がやめる気にならない限り、家族や周囲が運転を諦めさせることは想像以上に難しいからだ。75歳以上でも免許更新期間は3年に1度で、その間に一定の違反や事故を起こさなければ臨時の認知機能検査を受ける必要もほぼなく、75歳未満であれば検査の機会すらない。さらには認知症と診断されてもなお、運転をやめようとしないケースがある。まさに筆者の父親(当時81歳)がそうだった。

「免許を自主返納する人は増えていますが、それができるのは人の意見に耳を傾けたり、自分の状況を客観的に判断できる人。認知機能が低下したり、適切な判断ができなくなった人ほど、人の話を聞かず自分を過信し、運転に固執する傾向があります」

 こう分析するのは、医療法人ブレイングループ(岐阜県土岐市)の長谷川嘉哉理事長。自身も認知症専門医として月に約1000人の認知症患者を診察する。

 実際、筆者の父親は80歳の声を聞く頃には、同乗した親戚から「道が分からなくなることがある」と報告を受けるなど、運転が危うくなっていた。その都度、父親には「もう運転はやめたら?」と勧めていたが、「平気だ」と全く聞き入れない。03年に母親が亡くなってからというもの、毎日数回、ハンドルを握って近所に出かけることが社会との接点であり、生きがいでもあったのだ。だからこそ筆者も、父親を止める気持ちにブレーキがかかってしまった。

 そのうち父親に認知症を疑う症状が出始めた。何十年も前に引っ越し、すでに消滅している親戚の家を車で探し、周辺をさまようなど奇怪な行動が増えてきたのだ。もう限界だと、筆者が本格的に運転をやめさせる決意をしたのは17年の初めのことだった。

 その時、父親の車をチェックした時の衝撃は忘れられない。外れたライトはテープで留めてあるし、車体はへこんで傷だらけ。父親と同居しながら、自分が運転しないのをいいことに、車体に無関心でいたことを大いに反省したものだ。

 とにもかくにも筆者は、父親に自発的に運転をやめるよう説得を試みたが、いきなり壁に直面した。繰り返されるのは「平気だ。自分のことは自分が一番分かっている」。車の傷に言及しても「ぶつけてなんかいない」と言い張り、しまいには筆者に殴りかかってくるようになったのだ。前出の長谷川医師に尋ねると、間髪を入れず「運転NG」の診断を下された。

「危ない運転を自覚できず、家族の真摯(しんし)な説得にも耳を貸さず、殴りかかってくること自体、認知症の疑いがあります。たとえ認知症でなくても理性のコントロールができない方が運転するのは危険。車に複数の傷があることも含め、早急に運転をやめた方がいいケースです。実は認知症でも、車の傷を『知らん、勝手についた』などと認めない方は少なくありません。傷は写真を撮って保存し、資料にすることを勧めています」(長谷川医師)

 筆者には当時、写真に収めておく知恵もなかった。ひたすら父親の説得に血道を上げ、近くに住む妹にも協力を要請したが、「大げさな」と非難まで受ける始末。並行して筆者が試みたのは、父親に認知症検査を受けさせることだった。「診断が下りれば医師が止めてくれる」と信じていたからだ。

 だが、そこからも一山待っていた。元教師であるプライドと診断が下りる恐怖ゆえか、父親は「失礼だ」と言い張り、病院に行くことを断固として拒んだのだ。男親を力ずくで引っ張っていくこともできず、ようやく妹の夫の同行で、かかりつけ医に行ったのは、説得から半年後のことだった。

 日本医師会では、かかりつけ医による認知症の診断を推奨している。同会の常任理事である江澤和彦医師は「かかりつけ医は患者さんと長い関係性があり、患者さんの変化も分かりやすい。それに信頼関係のある医師の説得は患者さんも受け入れやすい」と話す。

 確かに父親もそうだった。それまで頑として「病院には行かない」と言い張っていたのに、かかりつけ医から専門外来を受診するよう言われると、素直に従ったのだ。筆者は「これで父親が車を諦め、私の苦しみも終わる」と心の底から安堵(あんど)したものだ。

 ところが――。

 筆者は神経内科の専門医に、父親の日々の奇行と運転をやめさせたい旨を書いた手紙を託したが 、その医師は父親を認知症と診断しながら、「私には権限はありませんが」と前置きし、軽く…

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