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2050年のメディア

第1回 ニューヨーク・タイムズ社員数激減の衝撃=下山進

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

下山進氏

 昨年十月末に出版した『2050年のメディア』という本で、一時は倒産しかかったニューヨーク・タイムズが、デジタル有料版に社の経営基盤を集中していくことで再生した、という話を書いた。そのこともあってか、日本の新聞社からの講演依頼が続いている。

 その中で、必ず、本に書いていなかったニューヨーク・タイムズ・カンパニーの従業員数の推移についての話をするようにしている。

 このことに気がついたのは、やはりデジタル版で成功をしている日経の幹部から、タイムズの社員数のことを聞かれたからだった。日経は、持続可能な体制というものを現在考えており、それには、今の社員数が多すぎるのではないか、という問題意識があった。

 毎年ごとのアニュアルレポートを調べてみて驚いた。

 ニューヨーク・タイムズ・カンパニーでは、二〇〇〇年には一万四〇〇〇人いた正社員の数は、二〇一三年には三五二九人にまで減っている。

 だから、日本の新聞社もリストラをしろ、という単純な話をしようとしているのではない。ニューヨーク・タイムズは日本で言ういわゆる「リストラ」だけで正社員数が減ったのではない。余計な事業を次々に売却し、ニューヨーク・タイムズというコアの価値に経営資源を集中していくことで、従業員の数は減っていたのだ。

 リーマン・ショックがおこった二〇〇八年に一挙に苦境が訪れるが、まず二〇〇九年には、ニューヨーク州全域をカバーするラジオ局のWQXRを売却、さらに二〇一三年にはボストン・グローブ紙を売却した。このことで正社員の数は、がくっと減っている。

NYT社の正社員の推移。1万4000人(2000年)から3529人へ(2013)年。その後、2018年には社員数が4320人までに増えるのはデジタル有料版が成功し、売上が反転して上昇したため。

 ひるがえって日本の新聞社はどうだろう? むしろ結婚紹介業やバーチカル・メディアという無料広告サイトなど、難局を多角化でのりきろうとしている。

 業界でも「不動産があるから大丈夫だ」という声がまだある。

 そうだろうか?

 たとえば朝日新聞の不動産事業の売上規模は二〇一八年で三七〇億円。メディア・コンテンツ事業三三四三億円の約十分の一にしかならない。釣瓶(つるべ)落としのように落ちていく紙の部数による収入源を到底カバーはできない。

 答えは紙をデジタルにおきかえていくこと、つまり有料デジタル版をとってもらうことにしかないが、朝日の有料デジタル版の契約者数はここ数年ずっと伸び悩んでいる。

 それはなぜだろうか?

 その理由は、記者も編集幹部も、人々がどんな記事をもって有料デジタル版をとり続けるかという点に関して無自覚だからだ。それはふたつの点から無自覚になってしまう。

 ひとつは、同じ社内で無料広告モデルのサイト(バーチカルメディア)を次々に乱立させ、記者たちがそれらに出す記事にひっぱられてしまっていること。ヤフーやラインニュースにも記事を供給することで、無料でPV(ネットへのアクセス数)を稼ぐ記事のモデルにひっぱられてしまっていることもその一因だ。

 そしていまひとつは、日経以外の全ての日本の新聞社を覆う「前うち報道」主義を脱却できていないことだ。

 日本の新聞社では、入社するとまず地方の支局に配属される。そこでたたきこまれるのは県庁なり、県警なりの記者クラブに所属して、昼間は発表を聞き、朝、夜は、官僚や警察官、検事などを夜うち、朝駆けをして、情報をとってくることだ。それが本社にあがってもずっと続く。こうして書く記事を「前うち」と呼ぶ。が、この「前うち」の記事は、官の情報をはやくとってくるにすぎない。たとえ、朝刊でぬいても、すぐにおいつかれる。こうした記事は、すぐにコモディティ化してしまう。つまり、ヤフーニュースやラインニュースの無料のニュースで人々は十分と感じている。

 人々がお金を払うのは、その媒体でなければ読めない、独自の切り口をもった記事だ。

 日経新聞は、イブニングスクープといって翌日の朝刊の目玉記事を前日の夕方六時には電子版に出しているが、それらの記事をずっとみていくと、そのことがよくわかる。

 たとえば、二〇一九年の年末に出した「チャートは語る」の地方空港をテーマにした四回の記事。これは日経の編集者が、地方空港の伸びに気がつき、その理由について独自に調査をしたものだ。その結果はこの十年、インバウンド需要で、アジアの各国から地方空港へ直接の入国が増え今では四人に一人が地方空港から入国していること、また地方と地方を結ぶ路線が活況を呈していることが明らかにされている。こうした記事はたとえ、三カ月後に出したとしても古びない。地方紙の読者にとっても切実な記事だろう。

 そうした独自の切り口の記事に集中していくと、官僚や検事、警察官への夜うち、朝駆けの人員はいらなくなってくる。そうした意味もあって、冒頭の日経の幹部は、ニューヨーク・タイムズの社員数を気にしていたのだが、日本の新聞社全体の記者の数をみてみると、一九九九年の二万二三二人から二〇一九年は一万七九三一人と一割程度しか減っていない。

 が、今後は、そうした「前うち」報道にはりついてきた記者の数は減らざるを得ないだろう。その代わりに重要になってくるのは、現在の新聞社にほとんど不在である「編集者」の役割である。そのことについては次回以降書くことにしよう。


しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

サンデー毎日

サンデー毎日は毎日新聞出版から毎週火曜日に発行されている週刊誌。1922年に日本で初めての総合週刊誌として創刊されました。

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