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2050年のメディア

第4回 秋田魁新報の挑戦 新聞の〝常識〟「前うち」からの脱却=下山進

2019年6月5日付 秋田魁新報朝刊 防衛省の調査文書が、他の候補地の山の仰角を誇大に捏造していたことを、「秋田魁」自らの調査で明らかにした

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

「あれが、北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃する地上イージスが配備される予定だった陸上自衛隊の新屋(あらや)演習場です」

 そう、編集委員の松川敦志が言うのを聞いて、まじまじとその森を見てしまった。

 4階にある編集局長席、その後ろの南側の窓から、木々がすぐそばまで迫っているのが見える。えっ、秋田市のどまんなかにある秋田魁(さきがけ)新報社の目の前に、新屋演習場というのはあるのか。

 住宅街に隣接する形であるこの演習場が、北朝鮮から発射されるミサイルの盾となるイージス・アショアの基地になる。その報(しら)せは、政府がある日、突然発表をしたわけではない。

 じわじわと情報を小出しにしながら、観測気球を飛ばし、地ならしをしようとしていたことだったのは、今ならば、わかる。

 最初の異変は、2017年3月17日に秋田県男鹿市で行われた「日本で初めての弾道ミサイル着弾の避難訓練」だった。県からの報せを受けとって現地に出向いた松川は度肝を抜かれる。北浦集落という人口わずか1000人ほどの寒村で行われる訓練にもかかわらず、東京から全国紙やキー局の取材陣が駆けつけ、現場はごったがえしていたのだ。松川は取材をしながら「なぜ、そもそもこんな訓練を秋田で、しかもこんなに報道陣を集めてやるのか」という思いがぬぐえなかった。

 この後、防衛省記者クラブ発とみられる記事がさみだれ式に観測気球をあげるようにして出てきた。4月29日 共同通信「地上(型)イージス優先導入・ミサイル迎撃態勢を拡充」。9月24日 朝日新聞「男鹿・佐渡など政府検討」。

 そして、強力なレーダーと迎撃ミサイルをそなえたイージス・アショアの基地として、秋田が候補となっていることが、11月11日の読売朝刊「陸上イージス 秋田・山口に 政府調整、陸自が運用へ」の記事によって明かされるのである。

 これらの記事は、業界の中で「前うち」と呼ばれる類いの記事だ。つまり記者クラブに所属している記者が、夜回りや朝駆けをして、官僚からとってきた情報をつかんで書く。だから「前うち」。官僚にとってのメリットは、政策の観測気球を飛ばせることだ。

 日本の新聞社は、この「前うち」報道でなりたってきた。が、秋田魁の記者たちは、「前うち」にあえて疑問をていし、自分たちの頭で考え、自分たちの足をつかって取材をし、「なぜ新屋なのか」をさぐろうとした。

 最初に動いたのが政治経済部。部長の泉一志と県庁詰めの石塚健悟を中心に、「比較」でこの問題を考えようとした。限られた取材予算を工面し、すでに「イージス・アショア」が配備されているルーマニアのデベセル基地と配備計画の進むポーランドのレジコボ基地に行く。海外の支局などないから、手さぐりで人を紹介してもらい、通訳を工面し、現地に入った。

 デベセルの地元紙の編集局長に、新屋の衛星写真を見せると、編集局長はこう言い放つ。

「こんな近くに学校があるのは信じられない。ルーマニア国民だったら、受け入れられない。反乱を起こす」

 2018年7月からは、松川が取材に加わることになる。

 松川は、朝日新聞から、新卒時に入社した秋田魁新報に、いわば「出戻って」きた記者だったが、朝日時代に那覇総局を経験しており、基地の問題は、日米安全保障の中からとらえていかないと決してわからないことを肌身で知っていた。

 日本政府や防衛省は、男鹿の訓練の時から、北朝鮮のミサイルから自国を守るため、という理屈を唱えてきたが、イージスが決して自国の防衛だけではない、むしろアメリカのためということが、米国のシンクタンクの文書からわかる。なんせその文書の副題は、「巨大なイージス艦としての日本」だったのた。1980年代に当時の首相の中曽根康弘が日本を「不沈空母」になぞらえたことからとった副題だった。

 そして決定的になったのは、防衛省幹部が、県知事を訪問した際に出した報告書だった。この報告書を松川は徹底的に読み込み、ある矛盾を発見する。他の候補地が適さない理由の一つを、レーダーを遮断する山があるからだと、断面図をつけてその文書は報告していた。それらの山の仰角は「15度」以上とある。これが本当か? 松川らは、現地で実測し、実際には「4度」であることを突き止めたのである。

 「前うち」ではなく、自分たちの頭と足で問題の本質に迫ったこれらの「報道」の結果は?

 2019年7月の参議院選挙で、これまで一人区を独占してきた自民党の候補が負け、イージス・アショアの新屋選定撤回を主張する野党連合の候補が勝つ。

 そして、年末には、政府は、地元理解困難と判断し、新屋への配備を見直す検討を始めたのである。

 新聞協会賞も受賞した「イージス・アショア」の報道をきっかけとして、今、秋田魁新報は、後退する新聞の部数を、「前うち」報道を脱却することで、克服していこうという新しい動きがある。

 松川を中心とした若手の勉強会が全社的な動きとなり、その講演会に私は呼ばれ、魁がとりくむこの新しい「挑戦」のことを知ったのだった。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

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